第8話:モモワインと小人

 モモでできた酒はもの凄く美味しかった!

 転生前はお酒が飲めなかったが、この身体はお酒を楽しめた。

 甘味と酸味、ほんのわずかな渋味と苦味、何より旨味の詰まったお酒だった。


「甘くて美味しい、こんな美味しいお酒初めて!」


 サ・リが絶賛してくれる。

 もの凄く美味しそうに飲んでいる。

 サ・リ、ありがとう、君が木の深皿を貸してくれなかったら飲めなかった。


「私もこんな美味しいお酒は生まれて初めて飲みました!

 まるでモモのジュースを飲んでいるようで、酒精の強さもあります。

 人間の国に持って行ったら、一杯で金貨10枚にはなります。

 いえ、金貨20枚、20枚にはなります!」


「聖女ジャンヌ、ほめてくれるのは良いが、金で評価して良いのか?

 神様から選ばれた聖女なのだろう?

 お金の事を口にするのは、はしたないのではないか?」


「教会で造ったワインは売り物になっていました。

 ワインを高く売るために、教会以外でワインを造るのを禁止していました」


 聖女ジャンヌが悲しそうな表情で言った。

 どの世界も同じで、宗教というのは腐敗して金に汚くなるのだな。

 いいぞ、いくらでも飲め、飲んで嫌な事を忘れろ。


 たくさん飲み食いしたら、必ず出る物がある。

 俺1人なら何も気にする事はない。

 少女たちだけでも気にする事はない。


 だが、俺たちが一緒になると色々問題になる。

 中身が70を越えているとはいえ、今は健康な若い身体だ。

 酔ったサ・リと聖女ジャンヌが、少し離れた場所で用を足すのを見て思った。


 ありがたいことに、酒に酔っても気持ちが良いだけで理性がある。

 前後不覚になって、酒の過ちを犯すことはなさそうだ。


 ただ、酔いがさめた後のサ・リと聖女ジャンヌがかわいそうだ。

 とても恥ずかしい思いをするはずだ、するよな?

 その辺の常識が違っていたら嫌だぞ。


「おい、こっちを向け、俺の言う事を聞け」


 いつの間にか俺の横に小人がいた!

 1メートルくらいの身体で、しわくちゃな顔をしている。

 鼻がとがっていて、目は輝いており、あごはごま塩のひげだ。


 着ている服は比較的きれいだ。

 銀ボタンのついた赤いジャケット、茶色の半ズボン、銀の留め金がついた黒ブーツをはいている。

 

「何か用かい?」


「その酒を飲ませてくれ」


「飲ませてやっても良いけれど、聖女ジャンヌの話だと1杯金貨20枚だそうだ」


「それは高い、高すぎるぞ」


「そうは言われても、物にはふさわしい代価がある。

 それを無視したら、同じ様にお酒を造っている人が困る。

 安すぎる値段で売って、酒造りの職人さんを失業させられない」


「くそ、わかった、金か20枚だな、これでいいんだな」


「ああ、いいぞ、どうぞ」


 俺は自分の深皿八分目にシードルを入れて渡してやった。

 ケチケチする訳ではないが、モモワインはとても貴重だと思う。


 赤の他人、それも、いきなり表れて酒を寄こせと言う奴には飲ませられない。

 ケンカは嫌いだから、比較的に安いと思われるシードを飲ませてやる。

 金貨20枚の価値がないと思うなら、飲まなければいいのだ。


 地球でも、温暖なとろろでしか育てられないブドウのワインは、中世ではとても貴重だった。


 ブドウに比べて寒い所でも育てられる、リンゴを原料にしたシードルは、中世ではブドウのワインよりも安かったと思う。


 聖女ジャンヌが言っていたように、この世界で造られた事のないモモワインは、値段がつけられないくらい貴重なのだろう。


 そんな貴重なモモワインを、怪しい小人には飲ませられない。

 それに、小人と言えば妖精だ。


 妖精と言えばいたずら好きと相場が決まっている。

 酒に酔ってとんでもないいたずらをされては困る。


「もし金貨20枚に見合わない酒だったらいたずらするからな!」


 思っていた通りだった!

 いたずらをする妖精でまちがいない!

 さっさと飲ませて帰ってもらおう。


「うぉお、おいしい、もの凄く美味しい、シードルがこんなに美味しいなんて!

 もっとだ、もっと飲ませてくれ!」


「いいけど、1杯金貨20枚だぞ?

 後で高過ぎだからいたずらする、そんな事言わないだろうな?」


「言わない、約束する。

 いたずらもしない、約束する。

 だから飲ませてくれ、金貨20枚払うから飲ませてくれ!」


 小人、妖精が頼むから、もう1杯飲ませてやった。


「もう1杯だ、もう1杯飲ませてくれ」


 おい、おい、おい、たった2杯で禁断症状か?


「金貨20枚だよ?」


 そんなやり取りをしながら、100杯もシードルを飲まれた。

 人間よりも小さい身体なのに、どこに入るのだろう?

 1度もトイレに行かなかったし、とても不思議だ。


「リねえちゃん、どこ?

 ジャンヌおねえちゃん、どこにいるの?」


 2時間ほどして幼い子の1人が起きていた。

 家の中に子供たちしかいなくて怖かったのだろう。

 とても不安そうにサ・リと聖女ジャンヌを探している。


「ここよ、ここにいるわ」

「ええ、だいじょうぶですよ、私たちはここいいますよ」


 幼い子の声を聞いて一気に酔いがさめたのだろう。

 酔い潰れていたサ・リと聖女ジャンヌ起きた。

 2人が起きたとたん、隣にいた小人が消えた。


 聖女ジャンヌは魔術で水をだした。

 出した水を聖属性の魔術で浄化してから子供に飲ませた。


 サ・リは、聖女ジャンヌが子供のトイレを手助けしている間に家に入った。

 子供たち起こすのかと思ったら、そのまま寝顔を見守っていた。

 本当のお姉さん、いや、小さいお母さんに見えた。


 他の3人の子供が起きるたびに、2人で手分けしてトイレを手伝っている。

 俺はその度にマナーを考えて巨木の反対側に移動した。

 2人も子供たちもあまり気にしていないようだったが、俺が気になる。

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