19「Absolute Ally」

 2組の取調が終わったのは、ほぼ同時だった。フランス人3人は渋谷、日本人3人は臨海副都心と、それなりに離れている。2組の連絡役は流雫とアルス。

 誰も銃を持っていないことは、今に限ってはリスキーだ。しかし、プリィさえも見ていられないほど沈んでいるセバスを思えば、今は分かれたままでいることが最善策だと、流雫とアルスが思った結果だった。

 プロムナードの端に並ぶ3人の表情は暗い。アルスからのメッセージが、暗い影を落としていた。

 誰も殺されないように戦った自分を褒める……、そうやって無理矢理明るく振る舞うことはできない。人の死を目の当たりにし、どうやって自己肯定感を上げろと云うのか。

「流雫……詩応さん……」

と、澪は呼ぶだけだ。

「澪……」

とだけ声に出す詩応の隣で、流雫は脳にタスクを与えていた。それで紛らわせるしか、方法は無い。


 ……三養基が殺されるべき理由が有るとするなら、それはクローンのデータを持ち出したこと。しかし、犯人はラボなどではなく繁華街で、それも白昼堂々犯行に及んでいる。そして、秋葉原の時のように自爆しなかった。

 最初から逮捕される前提だったのか?もしそうだとすれば、何故……?

「……逮捕されるメリット……」

と流雫は呟く。その隣で詩応は

「メリット……?」

と続く。

 犯人にとって逮捕されることは、デメリットでしかない。生活に困窮した末、刑務所で過ごす方がマシだとして犯行に及ぶケースも有るが、それは稀だ。それ以外のメリットは何なのか……。

 「あ……まさか……」

澪は思わず口にした。刑事の娘だからこそ、ほんの数秒でその答えに辿り着いたと言える。

 流雫と詩応、2人の目に捉えられた刑事の娘は、軽く頷いた。

「……クローンの存在を……供述で明るみにできる……」

その言葉に、2人は目を見開いた。


 渋谷での通り魔殺人。それ自体、社会が関心の目を向ける。捜査の過程でクローンに関する実績が明らかになるのは、時間の問題だろうか。

 そして、もし犯人が犯行動機として、アリスのクローンについて触れたのなら。マスメディアは挙って、トップニュースで報じる。太陽騎士団が、何よりメスィドール家が最も怖れていることが、現実のものになる。こればかりは、3人には止められない。

 「……どうすれば……」

流雫は呟いた。

 総司祭一家にとっては、或る意味自業自得だ。だが、アリスやセブに罪は無い。プリィやセバスも、言わずもがな。

 ……ご都合主義だと言われても構わない。4人を護りたい。日本人ではないことを理由に疎まれてきた流雫にとって、教団内の思惑に翻弄される4人は、見ていられないのだから。

「……あたしがついてるよ」

と言葉を被せたのは、澪だった。

「4人を護りたい。護れるよ。流雫とあたしなら」

その声に詩応も

「……アタシもな」

と続く。

 どうすればいいのかは判らない。しかし、今は馬鹿の一つ覚えだろうと、こうして絶対的な味方がいることを感じていたい。それだけで、何が有っても屈しない……そう思えるようになる。何度でも。


 シブヤソラ。流雫曰く東京のトゥール・モンパルナス。超高層ビルの屋上が、屋外展望台として開放されている。地上230メートルの絶景が愉しめる。

 アルスは流雫と訪れたことが有るが、確かに此処からの景色は魅力的で、フランス人2人を案内することにしたのだ。その隣でプリィは、漸く束の間の安寧を手にした気がした。

 今日起きたことを忘れたい、しかしそう云うワケにはいかない。アルスはセバスに顔を向け、問うた。

「……アリスや総司祭に連絡していたのか?」

アルスの問いに、セバスは怪訝な表情を浮かべ、答えた。

「総司祭への連絡はしていた。毎日。そう云う決まりだった。怠ったことは一度も無い」

 「アリスには?」

「連絡先を知らされていない。常に教会にいる者同士、知る必要は無いと云う総司祭の方針だ」

「総司祭はアリスに過干渉だったから」

とプリィは口を挟む。時々、セブからその愚痴を聞かされていた。

「連絡先を知られると不都合が有ったからか?だが、戸籍上は姉弟だろ?過干渉どころの話か?」

とアルスは問う。ただ、そうできる理由が一つだけ有る。アルスは少しだけ俯いて呟いた。

「……本当の父親じゃないからか……」

 クローンの培養には、プリィやセブのデータが使われた。一方、父の精子や母の卵子は一切使われていない。つまり、対外的には総司祭と姉弟は親子だが、血が繋がっていないのだ。……アリスを自分の道具として扱えるのは、そう云う理由からか。

 「じゃあ、お前の動きを知っていたのは総司祭だけか」

「動きと云うよりは、ただ収穫の有無だけだ」

「プリィの渡航は?」

とアルスは問う。

「知らされた。1週間前に。もし出会せば、身柄を確保しろと云う命令も出た」

「だから、ルナを追ったワケか」

と言ったアルスに、セバスは問う。

「ルナ?」

 「ルーンの正体はルナ。俺のフレンドに変わりは無いがな」

とアルスは答える。あのセーラー服調の少女はルナと云うのか。セバスはそう思った。ただ、少女ではないが。

「トラッカーを追って、プリィを襲撃しようとする集団に遭遇した。だから身を案じたルナが、身代わりになった。まさか引っ掛かったのが、メスィドール家の子息とは思わなかったがな」

引っ掛かった、その言葉が聞き捨てならないセバスは、無意識にアルスを睨み、問うた。

「連中の正体は!?」

「俺も知らん。昼前の連中は自爆し、先刻の連中は逮捕されたようだが、何を話しているかは知らん」

とアルスは答える。

 海外の映画で目にするような司法取引は、日本では個人に対しては適用されない。語弊を招く言い方をすれば、減刑されないのに自供して報復を怖れるよりは、黙秘を続けた方がマシ。そう思われても、不思議ではない。

 今日だけを見ても、秋葉原で流雫が戦ったのはプリィを捕まえたい側、そして渋谷で戦ったのは三養基を始末したい側。双方の狙いは、真逆に思える。

 言い方を変えれば、その双方と戦わなければならない可能性を十分孕んでいる。厄介にも限度が有るが、避けられないことは判りきっている。

 ……経緯が経緯とは云え、またしてもルナが銃を手に戦い、苦しみを抱えることになる。それは悪魔と踊るようなものだと、悲壮感を湛えたオッドアイの少年は言っていた。

 悪魔の手を握った、邪教と手を組んだ。全ては護りたい人のため。そうやって身の丈よりも大き過ぎる思いを背負った戦士に、私利私欲に塗れた連中が敵うとは思わない。

「……俺はあいつらの味方だからな。あと、お前らも」

と言ったアルスに、セバスは漸く、僅かながら表情を緩めた。


 アリスを死産した母は、その3週間後に病死した。しかし、そのことはトップシークレットだった。2人目の培養が成功したタイミングで、セバスを産んだ直後に死去したと発表した。

 戸籍上は別として、2人には肉親がいない。強いて言えば三養基が生みの親だったが、それも殺された。血縁と呼べるのは、それぞれのオリジナルだけだ。

 メスィドール家の人工的生命体にとっては、フリュクティドール家の姉弟だけが家族のようなものであり、味方だった。尤も、2人を道具として扱うだけの総司祭にとっては、プリィとセブの存在は教育上好ましくなかったが。

「まさか総司祭が、此処まで腐っているとは……」

と毒突くアルスに、セバスは言う。

「総司祭の座が現実味を帯びてきた頃から、露骨になった。全てはアリスの功績でしかないと云うのに」

「……東部教会の二の舞を望んでるのか?」

とアルスは問う。聖女がその座に相応しくない、と云う理由で資格を剥奪され、失脚したことは、東部教会にとって最大の汚点だった。

「そうはならない、と総司祭は思っている」

とセバスが答える。

「総司祭が聖女に課したのは、恐怖政治そのものだ。血の旅団と話していること自体タブーだ、バレれば処罰は重い」

その言葉に、アルスは道理で……と思った。あの時の露骨な拒絶は、総司祭から植え付けられた影響が強いか。

 だが、ドクター・ミヤキの死が、聖女を大きく揺さぶった。今頃、セブに遣り場を失った怒りや悲しみを吐露しているだろうか。否、そうであってほしい。人間らしく在ってほしい。

「……アリス……」

とプリィは呟く。

 プリィが空港で、流雫との予想外の再会に驚くより早く、拒絶の言葉が出たのは、聖女候補としての教育の成果だった。アリスの身代わりに相応しい聖女候補になることを、求められていたからだ。

 そのアリスが、今となっては不憫に思えてくる。できることなら、抱きしめて慰めたい。

 この展望台を下りて十数分も歩けば、教会には着く。しかし、聖女が2人いると云う事実を知られてはいけない。動けない。

 もどかしさに、プリィは俯く。その隣で、セバスは総司祭のことを思い出していた。

 総司祭、クロード・メスィドール。年齢差はアリスと30。但し、これは公称で、実際は31。死産の1年後にアリスが生成されたからだ。

 母オリヴィア・ルイ・メスィドールがいない2人の世話は、教会の従者が担ってきた。そして、2人に不干渉どころか家族として無関心だったクロードに、父と云う感情を抱いた事は一度も無い。

 不意に鳴ったアルスのスマートフォンが、2人を現実に引き戻した。

「どうした?」

その第一声に被せてくる恋人の、少し低めの声は、不穏に満ちていた。

「レロワ・マルティネスが死んだわ」

その名前に、アルスは心臓の鼓動が大きくなる。何度か聞いた名前だ。それも悪い方で。

「レロワ・シュルツ・マルティネス……?ストラスブールのか!?」

僅かに焦燥感を帯びたアルスに、アリシアはあくまでも冷静を装って告げた。

「そう。太陽騎士団の元総司祭よ」

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