第30話 魔物と言えば魔物
身体を起こしたじーさんは目を見開いて荒く呼吸をする。
生きていたのか……。
驚いた俺は腰を抜かして地面へ尻もちをつく。
そんな俺にシュリアノが胸を押し付けて抱きついていた。
「や、柔らかい感触が……」
「はっ!? な、なにを抱きついているんだ貴様っ!」
「い、いや、抱きついているのは君のほうなんだが」
「くーっ! このような仕掛けまでしてわたしの胸に触れたいとは本当にスケベな奴っ! スケベ男だお前はっ!」
「はい」
仕掛けは濡れ衣だが、スケベ男はその通りなので肯定した。
「意外に怖がりなんだな?」
「怖くなどないっ。驚いただけだっ」
そう言ってシュリアノは俺から離れる。
変な子だけど、年相応のかわいいところもあるようだ。
「生き返ったわ。ほら言ったでしょ。叩けば治るって」
「いやまあ、そうですね」
誇らしげにレーティは言うが、たまたまだと思う。
「はあ……はあ……うん? おめえさんらは誰だんべ?」
呼吸を整えたじーさんが俺たちを見回す。
「俺はテンラーだ。ここの大臣をするよう国王様から仰せつかった」
「おお。ということはようやくオラも引退できるべな」
「引退?」
「んだ。とっくに定年なんだが、後任がなかなか来ねーんで引退ができねんでいたんだわ。こんで肩の荷が降りたってもんだべさ。んじゃオラは出て行くべ。あとはよろすくな」
「い、いや、それはわかったけど、行く前に引継ぎを頼むよ」
「引継ぎ? んーあんまねーぞ」
「そうなの?」
まあレーティの話を聞いたときから、仕事がほとんどないのはわかってたけど。
「と言うか、なんでこの部屋はこんなにゴミだらけなんだ? あんたひとりでここまでひどい状態にはならないような気がするけど?」」
「あーみんながここにいらねーもん放り込んでくんだわ。ゴミ捨て場まで持ってくのめんどくせーってな。ほんでこの有り様よ」
「そ、そうだったのか」
ひどい理由であった。
「ずいぶん扱いが悪いんだな。この魔物対策室って機関は」
「たいした仕事もねーからな。閑職ってやつだべ。手柄も上げられねーし給料も安いからって誰もやりたがらねーからぜんぜん後任が決まらなかったんだ」
つまりは閑職の後任に困っていて、それを都合良く押し付けられたわけか。
まあ、魔王の魂が宿っていると民衆に疑われている俺には、名誉を挽回するのにおあつらえ向きではあるが。
「んだから引継ぎらしい引継ぎもねんだけんど……っと」
立ち上がったじーさんが棚から一冊の本を持って来る。
「それは?」
「ここ最近に発生した魔物関連の事案を書いてまとめたもんだ。引継ぎったらこんくらいだな」
ノート一冊くらいほどしかない厚さの本を手渡される。
「魔物の事案か……」
ゴブリンが巣穴を作ってるとか、オークの集団がこの近辺に生息し始めたとか、そういう事案が書かれているのだろうと思いながら、俺は本を開く。
……露出魔発生8件
最初のページに書かれていたのがそれだった。
「えっ? なにこれ露出魔? 魔物じゃないじゃん」
「露出魔も魔が付くから魔物みたいなもんだべ」
「拡大解釈が過ぎるっ!」
なにが魔物対策だよっ! 相手人間じゃねーかっ!
「まあ、魔物と言えば魔物ね。変態という魔物」
「そういう魔物は想定してないんだけどなぁ。もしかして全部こんななの?」
ページを捲るも、2ページ目は覗き魔。3ページ目は放火魔。4ページ目は、
「野良猫が増えて困ってる? これこそ魔物関係無いでしょ?」
「爪があるから魔物みたいなもんだべ」
「じゃあ次のページにある隣家の出す騒音をなんとかしてくれってのは?」
「音で攻撃してくる魔物いるべ?」
「……」
全ページがこんなようなのばかりである。
そこで俺は気付く。
ここは魔物対策なんて名ばかりの、雑用をやらされるだけの機関だと。
「んじゃ引継ぎはこれで終わりだべ。あとはよろすくー」
そう言い残してじーさんは部屋を出て行く。
「なんだか碌でもないこと押し付けられちゃったなー」
「そうじゃな。まあしかたない。片付けを続けるかの」
「そうだね」
やれやれとため息を吐きながら、俺は他の3人と片付けを再開した。
……とりあえずゴミをすべて外へ出し、ほうきで埃を掃いて今日のところは終わりにする。続きは明日でもいいだろう。
「それでここの活動はどうするんじゃ? あのじーさんの様子からして、なにもせんでも咎められたりはせんじゃろうが」
「国王様から役目を受けたんだし、なにもしないわけにはいかないだろう」
とはいえ、やることと言えばこの本にある交番のお巡りさんがやるような地域で発生した軽犯罪の解決や、市役所が対処するような地域の問題解決くらいだが。
「とりあえずこの露出魔でも捕まえたら? かなりの通報があるみたいだし、捕まえればあんたの印象も多少は良くなるんじゃない?」
「そ、そうかなぁ」
魔物対策まったく関係無いけど……。
「露出魔……はっ!? 今わたしの裸を想像したなっ! 破廉恥な奴めっ!」
「残念ながら今だけじゃない。俺は常にお前の裸を想像しているぞ」
「な……っ」
驚きの表情を見せるシュリアノ。
俺は自他ともに認めるスケベだ。
こんな巨乳美少女に囲まれているのに、裸を想像しないなどありえないことだ。
「む、むう……さすがはさすがはテンラーだ。わたしの想像を超えていやらしいとはな。今日のところは負けを認めておこう」
「なんの戦いをしてるのよ。そんなことより今日はもう終わりにしましょう。もう片付けで疲れたし、なにをやるにしても明日からでいいでしょ」
「うん」
ということで今日のところは解散となった。
……屋敷に帰った俺は、当然だが決闘の結果を両親に伝えた。
すでに知っていたのだろう。書斎で俺の報告を聞いた父は特に驚かず、ただ静かに頷き、母はなにも言わず父の側に立っていた。
怒りも悲しみもしない。感情的な様子など一切見せず、厳格に態度を崩さない2人はまさに誇り高い貴族と思える存在だった。
「父上、フリードはまだ……」
「わかっている。死亡は確認されていないのだろう。しかし決闘でお前が勝利したことにより、フリードの言葉は虚偽となる。ローランエン家の名誉を傷つけたあいつを、家に戻すわけにはいかない」
そう言って父は話を終え、俺は書斎を出る。
そのまま私室へ戻ると、ベッドの上に座るアナテアが俺を出迎えた。
「……なあ、フリードを元に戻すことはできないのか?」
イスに座った俺はアナテアにそう尋ねる。
「無理じゃな。元の魂に上書きをしているようなもんじゃから、元へ戻すことはできん。お前も同様にの」
「そうか……」
元へ戻すことができれば、両親に頼んでふたたびローランエン家の次男として生きれると思ったのだが。
「そもそもスキル『G』の一撃を食らったんじゃ。生きている可能性は低い」
「そうか。そうだな」
しかし生きていれば復讐に来るような気がする。
元に戻すことはできない以上、そうだった場合は確実に仕留めなければならないと思った。
「さあて、今日は疲れたしもう寝るか。明日も早いしな」
あんな役目でも国王から任された仕事だ。
それなりにがんばろうと、俺は明日に備えて早く寝ようと床へ転がる。
「テンラー……その、こっち来るのじゃ」
「えっ? なに? どうしたの?」
起き上がった俺がアナテアの座るベッドへ近づくと、
「わほっ!?」
不意に頭を掴まれ、柔らかく大きな胸へと抱かれた。
――――――――――――
お読みいただきありがとうございます。
魔物対策室は本来の魔物を相手にする仕事は少ないようです。露出魔や覗き魔も魔物と言えば魔物……ですかね。
フォロー、☆をいただけたら嬉しいです。
感想もお待ちしております。
次回は幼馴染の騎士(男)が登場します。
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