第26話 大ピンチ。しかし

 ただでさえ少し腹痛気味だったのに、そこへ拳の一撃だ。

 咄嗟にうしろへ跳んだとは言え、殴られた瞬間に恥ずかしい音が出てしまいそうであった。


 こんな大勢の前でおならをするなど赤面ものだ。それは避けなければ。

 あと、腹にダメージを食らったことで足にきてしまい、次の攻撃を避けられるか怪しいのもある。


 ……いや、どちらかと言えば足にきているほうがマズいか。


 しかし恥を心配できるようなら、まだ自分は諦めてはいない。

 

 まだ大丈夫。俺には勝てる可能性が残っていると、フリードを睨む。


「ふん。てめえなんでまだそんな目ができんだ? もうてめえは死ぬしかないんだぜ? わかってんのか?」

「さあ、どうかな。死ぬのはお前かもしれないぜ」


 虎の子の一撃。スキル『G』を当てることができれば勝てる。

 その可能性で俺の心は支えられているが、当てるのは容易ではない。


 ほんの少し。少しだけでいい。

 あいつの気を散らして動きを止めることができれば……。


「だったらもっと絶望的な状態にしてやるぜっ!」


 フリードが姿を消す。

 ……そして次に現れたのは、俺が見下ろす先だった。


「足を斬り落としてやるっ!」


 足首を狙って剣が薙がれてくる。


「くっ」


 跳んで避けようとするも、腹部へのダメージが足にきていて遅れる。


「ならっ!」

「うおっ!?」


 俺は咄嗟に風の魔法フウアを放つ。

 と、フリードはその風に飛ばされて後方へ転がる。


「カッ……はっ、なるほどな」


 すぐに立ち上がってフリードは卑しく笑う。


「武神に魔法防御を上げる効果はねえ。魔法を使えば俺を倒せると考えてやがるってことか」

「……」


 フウアはダメージを与える魔法じゃない。

 ゲームでは食らった相手に1度だけ攻撃をミスさせる魔法となっているが、現実ではこのように風で吹き飛ばして攻撃をミスさせるようになっているらしい。


「けど無駄だぜ」

「む……」


 フリードが袖を捲るとそこには金色の腕輪が嵌められていた。


「女帝の腕輪。魔法防御力を50上げる装備品だ。てめえの貧相な魔法じゃ、ダメージなんて与えられねーぜ」

「とことん準備をして来ているってことか」

「もう諦めなてめえは俺に勝てねえ。その場しのぎの風魔法なんていつまで使えねーだろうしな。なによりてめえの攻撃はなにひとつ俺に通じねーんだ。逆に俺はこのレクイエムソードでてめえをちょっとでも傷つけりゃ、半分の確率で殺せる。これほど絶望的な状況で諦めねーのは馬鹿だぜ。それとも土下座すりゃこの場は逃げれるとでも思ってるのか? カカッ、いいぜ。地面に額を擦りつけてみっともなく許しを請えよ。そしたら1日くらいは殺すのを待ってやるぜ。カーカッカッカッカッカッ!」

「……ふっ」

「ああ?」


 俺が鼻で笑ってやると、フリードは不快そうに見返してくる。


「ビビってるのはお前のほうじゃないか?」

「なんだと?」

「ガチガチに準備してきたのに、まだ俺を殺せていないことに焦りを感じているんじゃないか? そうやって自分の優位を口にするのも、俺が怖いから降参させようとして言ってるんだろ?」

「てめえ……」


 確かにフリードは強い。

 しかし戦闘経験が豊富な戦士ではなく、中身は平和な世界で部下をいじめていただけの単なる下衆野郎だ。

 傷つくのが怖い。死ぬのが怖い。だから完璧に準備をしてきた。その完璧に少しでも綻びが見えてしまったとき、平和な世界で生きていた人間なら嫌でも恐怖が湧いてきてしまうはず。


「俺が負ける要素なんてひとつもねぇ。ビビるわけねーだろ」

「なら早く俺を殺してみろ」


 俺はフリードを煽る。


 慎重な奴だ。

 この状況で俺が煽れば、不審に思ってしばらく攻撃を躊躇う。


 そのあいだに疲労とこの腹の痛みを少しでも回復しようと考えた。


「……カッカ、わかったぜ。てめえは疲労とダメージを回復するために俺を煽ってやがるんだ。自分に逆転する手段があると思わせれば、俺が慎重になって攻撃を躊躇うと思ってやがるんだな」

「……っ」

「カカッ、てめえの浅い考えなんてお見通しだぜ。回復なんてさせねぇ。すぐに終わらせてやるぜっ!」


 姿を消すフリード。

 気配に俺は背後を振り返って剣を構えるが、


「あっ!?」


 剣は弾かれて手を離れ、その衝撃で俺は尻を向けた状態で仰向けに倒れる。


「マヌケな格好だぜ、無能なてめえの最後にはお似合いだなっ!」


 剣が振り下ろされる。その瞬間、


「あっ」


 ――ぷうう、ボア。


 屁とともに尻から炎が舞い上がる。


「な、なんだぁっ!? どこから火がっ!? てかくせーっ! な、なんだこの臭いっ! てめえなに食ってやがるっ! オエ……め、眩暈が……」」


 今だっ!


 俺はアナテア、シュリアノ、レーティがいる方向へ向かって手をかざす。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 倒れて屁をかますという醜態をさらしてしまったテンラーですが、この屁でフリードが怯んだ瞬間にチャンスを見出した様子……。


 フォロー、☆をいただけたら嬉しいです。

 感想もお待ちしております。


 次回はスキル『G』発動です。

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