第19話 正義の主人公様

「……なんだ?」


 俺は警戒しつつ振り返る。


「そう警戒すんなよ。なにもしねーから」

「どうだか? そう言って俺の腹を殴ったことが何度かあったよな?」

「カカッ、そんなこと覚えてねーよ」


 そうだろう。そういう奴だ。


「で、なんの用だ?」

「ああ。俺が15歳になって神紋を得られるのは1ヶ月後だ。神紋を得れば俺は武神のスキルを発現する。効果は知ってるか?」

「ああ」


 ゲームに関して細かいとこまで知ってるわけでも、正確にすべてを覚えているわけではない。だが主人公のスキルは明確に覚えていた。


「はっ、まあそうだよな。ここにいるってことは、てめえも俺と同じゲームをやってたってことだ。主人公様のスキルはご承知だろうよ」

「……」

「スキル『武神』は攻撃力、防御力、素早さを一定時間、10倍まで引き上げる。そうなったらてめえは瞬殺だ。それはてめえもわかってるな?」

「どうだかな」

「強がるなよ。けど、いくらテンラーが評判の悪い奴でも、理由無く殺したら俺は悪人だ。悪人って思われるのは不愉快だろ? 正義の主人公様がよ」


 どの口で言ってるんだこいつ?

 ……いや、冗談とかではなく、本気で言っているのだろう。


 自分が下衆カスの悪人だなんて微塵も思っていない。悪だと思わずに平気で悪事を行える生粋の悪人なのだ、こいつは。


「だからよぉ、『武神』のスキルを手に入れてもすぐには殺さねえよ。まずは舞台を整える。主人公様が悪を成敗するっていう最高の舞台をな」

「舞台? なんだそれは?」

「それはあとのお楽しみだ。舞台が整うまで殺しはしねーから安心しろよ」

「信用できないな」

「なら勝手に警戒してろ。じゃあな兄さん。カーカッカッカッ!」


 下衆な笑いを残してフリードは去って行く。


 舞台とはなんだろう?

 わからないが、どうせ禄でもないことを考えているのだろう。


 その禄でもないことに不安を覚えつつ、俺は私室へ戻った。


 ……それから1ヶ月後、ゲームの進行通り、フリードの手には神紋が浮かび、同時に『武神』のスキルを発現した。


 紋章は神と魔を合わせて数多あるが、スキル名に神または魔の文字が入っているものは特別で、レアスキルと言われる。そのひとつがフリードの得た『武神』というスキルであった。


「おい、ローランエン家の次男に神付きのスキルが発現したらしいぞ」

「マジかよ。神付きスキル持ちって、女神様の寵愛を受けている奴にしか発現しないんだろ? あの気弱そうなフリード様がねぇ……」


 町はフリードの話題で持ちきりだ。

 この雰囲気はゲームの序盤あたりにあったので知っていた。


 武神のスキルを得る前にあいつを殺せていれば……。


 奴も警戒をしていたのだろう。常に屋敷の中におり、寝るときは側に使用人を置いたりと俺が手を出せない状況を作っていた。

 奴も馬鹿ではない。予想はできていたことだが、やはり武神スキルを得られる前に仕留められなかったのは痛かった。


 しかし得られてしまったものはしかたない。

 武神スキルを持つ奴を倒せるようにこちらもできる限り備えておかなくては。


「俺のスキルはレアじゃないの?」


 町へ買い物へ来た俺は、隣を歩くアナテアに問う。


「お前のスキルは強力じゃが、使い勝手が悪い。女の乳にちょっと押されたくらいで最高潮まで性的興奮ができるなど、お前くらいのものじゃ」

「そ、そうか」


 魔紋の場合、レアスキルならスキル名に魔が付くのでわかってはいたが……。


「そういえば武器屋ってどこだっけ?」


 これから戦いをしていくにあたり、良い剣を買っておこうということになって、町へ出て武器屋へ向かっているわけだが。


「なんじゃ? 知らんで歩いておったのか?」

「ゲームでは町中を歩いたけど、実際に歩くとわからないもんだよ」


 ゲームの知識だけで武器屋を探していたが、ぜんぜん見つからなかった。


「まったく違う方向に歩いて行くからおかしいとは思ってたんじゃ。こっちじゃ」

「うん」


 アナテアの歩く方向について行く。


「おいテンラーだぜ」

「ああ。女なんか連れて、呑気に歩いてやがる。

「呑気そうに見えるけど、弟に神付きスキルが発現して内心は心穏やかじゃないだろうな。あいつの紋章は普通の魔紋らしいし」

「こりゃローランエン家の後継ぎが変わるかもな。まああんなクズ野郎なんかどうなってもいいけどよ。やけになって嫌がらせでもされたら面倒だぜ」

「噂じゃ、ちょっと前に弟を殺そうとしたらしいぜ」

「マジかよ。本当にどうしようもないクズだな。あんな奴、死ねばいいのに」


 ……ひそひそと聞こえないように話しているつもりのようだが、感情的になっているのか声が大きく、まる聞こえである。


 ひどい言われようだが、元のテンラーは機嫌が悪いと町の人を捕まえて、嫌味を言ったり暴力を振るったりしてたようなクズなのでしかたないと思う。


「気にせんでいいぞ。お前のことではない」

「わかってるよ」


 とは言え、今は俺がテンラーだ。

 あの嫌悪の視線は間違い無く俺へ向けられているものなので、ちょっと辛かった。


 やがて武器屋を見つけて中へ入る。


「なんか良い武器はあるかな?」


 しかしここはゲームで言えば最初の武器屋だ。

 それほどのものが置いてあるはずはなかった。


「まあ、家にある安物の剣よりはマシかなぁ」


 ともかく店で1番良い剣をと、店内を回る。


「お、おおっ! あなたはっ!」

「えっ?」


 不意に背後で声を上げられ振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。


「あれ? あなたは確か森で盗賊に捕まってた……」

「はい。あのときは本当にありがとうございました」

「いや……」


 盗賊の半分くらいはシュリアノが殺して、ボスは俺がスキルで始末したが、残りは覚えていないので助けたという実感は薄かった。


「あなたがたに助けていただかなけれな今ごろどうなっていたか……。本当に感謝しております」

「無事でよかったですよ。それで、あなたも武器を買いに来たのですか?」

「ええ。けれど正確には仕入れでしょうか」

「仕入れ?」

「はい。私は商人として世界各地を回っておりまして、今はこちらの地方でしか手に入らない品を調べて仕入れをしたり、他の地方で得た商品を販売しております」

「へえ、そうなんですか」


 世界各地を回って商いとは、大変なそうな仕事だ。

 営業であっちこっち行かされた昔を思い出す。


「しかし盗賊に襲われた件で、今している仕事が危険であることを身に沁みて知らされました。護衛は雇っていたのですが、皆、殺されてしまいまして、やはり安全に生きていくにはどこかで店を構えて落ち着いたほうが……おっと、申し訳ありません。話が長くなってしまいますね。あなたは武器を買いにですか?」

「ええまあ」

「でしたら……」


 商人の男は背負っている大きな鞄からなにやら取り出す。


「よろしければこちらをお持ちください」

「こ、これは……」


 俺はそれを見て目を見開く。


 商人が取り出したのは剣だ。しかもこの店に置いてあるものなんかとは比べ物にならないほど攻撃力の高い高価な剣であった。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 フリードはなにやら企んでいる模様です。企みに不安を覚えつつ、テンラーは戦いに備えますが、はたして主人公のスキルに勝つことができるのでしょうか……。


 フォロー、☆をいただけたら嬉しいです。

 感想もお待ちしております。


 次回はテンラーがなんかすごい武器をもらいます。

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