第18話 レーティ姫の神紋スキル『瞬』

 4人で城の修練場へとやってくる。

 騎士団や兵隊の者だろう。修練場では鍛錬に励む人たちが何人かいた。


「てか、その女は誰よ?」


 レーティの言うその女とは、アナテアのことだ。


「わしのことは気にせんでいい」

「なんか失礼な奴ね。まあいいわ。高貴な人間にとって、庶民なんてその辺を飛んでる羽虫みたいなものだしね。気にしないわ」


 器がでかいのか、性格が悪いのか、なんにせよアナテアのことをいろいろ聞かれるのは面倒なのでこれでよかった。


「それじゃあさっそく始めましょうか。先に言った通り、真剣を使うからね。絶対に」

「う、うん」


 なぜか嬉しそうな様子で、レーティは壁にかけてある剣を選んでいる。


 なぜこれほど真剣にこだわるのだろう? いやちょっと待て、まさか……。


「な、なあシュリアノさんや、もしかしてお姫様は俺を殺す気では……?」

「そうだろうな」


 それを聞いて俺はゾッとする。


 そもそもレーティは俺を殺そうとしていたんだ。事故に見せかけて俺を殺害しようと考えてもおかしくなかった。


「レーティは剣の達人だし、この状況ってまずいんじゃ……」

「平気だ。やってみればわかる」

「そうなの? そうかなぁ……?」


 俺を暗殺しようとした実行犯に言われても、安心はできなかった。


 とはいえ、シュリアノは平気と自信満々に言う。

 ならばとここは信じてみることにした。


「さて俺も剣を選ぶか」


 と、手ごろな剣を掴む。


「ん? なによその剣?」


 俺が手に取ったのは刃引きして先を丸めた練習用の剣だ。それを見てレーティは疑問を声にする。


「いや、やっぱりあぶないですからね。姫様を傷つけたら大変ですし」

「ふん。いらない心配ね」


 と、レーティは剣を構える。


 ……堂に入った構えというのだろうか。レーティの構えには隙が無い。

 アナテアから剣術を習った今だからこそ、レーティの実力を推し量れた。……ゆえに攻撃をしようにも、どこから攻めたらいいかわからない。


「あら? ド素人かと思ったけど、なかなか良い構えを見せてくれるじゃない」


 俺の構えを見て、レーティはニヤリと笑う。


「でもそんな程度じゃダメ。わたくしには勝てないわっ!」

「えっ!?」


 レーティの姿が視界から消える。


 そうだ。思い出した。

 レーティが神紋を得て発現したスキルは『瞬』。これは一定時間、素早さが飛躍的に上昇するスキルだ。


 なるほど。これほど素早ければ、フリードの武神対策にはなるが……。


「悪く思わないでね。実戦形式ならアクシデントは付き物なんだから」

「えっ? ちょ、待っ……」


 背後に現れたレーティの持つ剣の先が俺を目掛けて伸びてくる。


 殺される。


 ……そう思ったが、


「あれ?」


 突き刺さるかと思った剣先は俺の身体をわずかにはずす。


 はずれた? いや、はずしたのか?


 わからないが、これを隙と見た俺は刃引きされた剣で、レーティの頭をポコンと叩いた。


「いたいっ!」


 頭を押さえたレーティが俺を睨む。


「ちょっとなにするのよっ! 痛いじゃないっ!」

「あ、すいません」


 叩いたとは言っても、ほぼ撫でるような衝撃だ。言うほど痛くはないだろう。


「なんでよっ! なんではずれちゃったのよっ! 心臓を一突きにしたつもりだったのにっ! むきーっ! むかつくわーっ!」


 ひとりで喚き立てるレーティ。


 やっぱり殺すつもりだったのかと、俺は冷や汗をかく。


「だから言ったろう。平気だと」

「シュリアノはこうなることをわかっていたのか?」

「ああ。姫様はああいう性格だが、血を見るのが怖いのだ。だから相手を傷つけることは絶対にできない」

「そ、そうなのか……あ、いや」


 そういえばそんな設定だった。

 剣術は達者だが、血を見るのが苦手で実戦はまるでダメ。のちになんかのイベントで克服するのだが、今はまだ苦手な状態だ。


「わたくしの突きを避けるなんて、なかなかやるじゃないのっ! でも次はないわよっ!」

「う、うん」


 しかも自分では血が苦手なことに気付いていない。血を見たくないという心理が、無意識に攻撃をはずしているのだ。


 ……そのまま俺はレーティと剣を交え続ける。


 スキルを使用したレーティの動きは恐ろしく素早い。しかし少しずつだが、高速の動きに目がついていき始めているような気がした。


「はあ……はあ……こ、こうまで避けられるなんて……。ムカつくけど、あんたのことちょっとだけ見直したわ」


 俺がほとんど動いていないのだが……。

 いや、むしろ動いたほうが攻撃を受けてしまうかもしれなかった。


「あの、もう遅いので終わりにしましょう」

「そ、そうね。今日は疲れたわ。けど、明日も遊んであげるから必ず来なさい。次は絶対に殺してあげるから」


 アクシデントということを忘れて、もう殺すって言っちゃってるよ。


 本気なのは怖いが、攻撃が当たらないのはわかっているので安心ではあった。


 ……屋敷へ帰り、家族で夕食を始める。


 フリードはいつも通り……いや、そう装っているのだろう。

 今はとりあえずおとなしくしていた。


「テンラー」


 父であるヤットン・ローランエン公爵が俺の名を呼ぶ。


「フリードと揉めたらしいな。なにか事情があるのだろうが、お前はローランエン家の跡取りなのだ。軽率な行動は取らぬようにな」

「……肝に銘じておきます」


 俺がそう言うと、ヤットンは満足したように頷いて食事を再開する。


 息子2人の中身が変わっているなどとは夢にも思っていないだろう。


 跡継ぎとして育ててきた息子が別人になっているなどと知ったら、この厳格な父はなにを思うだろう? 嘆き悲しむのでは? そう考えると、なんとも申し訳ない気持ちになるのだった。


 食事を終えて食堂を出る。……と、


「待てよ兄さん」


 部屋へ向かって歩く俺にフリードが声をかけた。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 臆病なのか実はやさしいのか、レーティ姫は血を見るのが苦手な様子で、テンラー君は無事に修練を終えて帰宅できました。身体に触れることが無いとはいえ、ものすごい速さで剣が自分に迫るのは怖いものがありそうです。


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 感想もお待ちしております。


 次回はフリードとの戦いに備えて剣を買いに行きます。

 武器屋で再会したのはあのときのあの人……。

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