第17話 剣の達人はあの御方

 ……はっきりとは覚えていない。

 覚えているのは盗賊のボスを殴ったところまでで、そのあとに暴れ回って盗賊を殺しまくったことはさっぱり覚えていなかった。


「十分にやれるじゃないか。あれなら覚悟はもう十分だろう」

「う、うん」


 屋敷の私室に戻り、覚悟についてシュリアノに太鼓判を押されるが、今ひとつ実感が湧かなかった。


「俺が殺したのかなぁ?」


 しかしかすかだが、人を斬った感触が手に残っている。


 間違いなく連中を殺したのは俺だ。

 しかし罪悪感はまったく無い。むしろあんなゴミどもを始末して、捕まっている人たちを助けられてよかったと思う。


「どうやら覚悟は得られたようじゃな」

「そう思う?」

「自分が殺したと知っても、表情に恐れも迷いも見えない。スキル使用後の殺しは覚えておらんかもしれんが、盗賊のボスは間違いなくお前の意志で攻撃して殺したのじゃ。もう大丈夫じゃろう」

「そうだな」


 いざとなればやれる。

 盗賊退治でその経験を得たのは大きいと思う。


「しかしあのスキルはなんだ? 殴られた敵が消し飛んだぞ。あんなに強力なスキルがあるなら、剣術など必要無いと思うがな」

「あれはそんなにポンポンと使えるようなものじゃないんだ。使用に条件があるし、使用後は10分間のクールタイムがあるしね」

「あれはクールタイムなのか? わたしはてっきりバーサーカーモードに移行したのかと思ったぞ」

「?」


 なんでバーサーカー?


 シュリアノの言っていることがさっぱりわからなかった。


「しかしその使用条件とはなんなのだ?」

「それはその……俺の性的な興奮が最高潮になることで……」

「はっ!? まさかわたしの乳房かっ! 乳房が触れたことでスキルの使用条件を満たしたのだなっ!」


 相変わらず変に理解が早い。


「なるほど。破廉恥でいやらしいお前にはぴったりだなっ!」

「はい」


 その通りなのでなにも言い返すことがなかった。


「しかし覚悟はよいとして、フリードの武神対策が必要じゃな」

「武神対策って?」

「武神は攻撃力と防御力と素早さが倍になるスキルじゃ。攻撃と防御はともかく、相手の素早い動きを捉えられなければ、戦ったときに一瞬で殺されるじゃろう」

「素早い動きを捉えるって……どうやって対策したらいいだろう?」

「単純に動きの速い相手と戦って慣れるといい」

「動きの速い相手……あ、じゃあシュリアノに戦いの相手を頼もうかな」


 盗賊を瞬殺したシュリアノと実戦形式で修練をすれば、素早い動きを捉えることができるような気がした。


「いや、素早い動きを捉える修練をしたいなら、わたしより適任がいるぞ」

「そうなの?」

「うん。じゃあ今から頼みに行くか」

「えっ? けどいきなり行って大丈夫かな?」

「平気だ。どうせ暇をしているだろうからな」


 ならとりあえず会いに行ってみるかと、俺とアナテアはシュリアノと一緒に屋敷の外へと出掛けた。


 ……そしてやって来たのは王城だった。


「なんで城? あ、騎士団の人とか?」

「いや、騎士ではない」


 騎士じゃない。

 じゃあどういう立場の人だろうと考えながら、城の中を歩く。

 ……通ったことのある通路だ。このまま行くとあの人の部屋へ着くが。


 まさかと思いながら俺はシュリアノへついて行く。


 ……残念ながらそのまさかであった。


「なんでわたくしがこいつと剣を交えなきゃいけないのよ?」


  王女の部屋に入ってシュリアノがここへ来た目的を話すと、レーティは不機嫌な表情でそう返した。


「よいではないですか。どうせ姫様は1日中、お部屋でドーナツ食べながら鼻をほじっているだけなんですから」

「ドーナツなんか食べてないわよっ! 人を食いしん坊みたいに言わないでちょうだいっ!」


 否定するべきはドーナツを食べていることではなく、鼻ほじりのほうだ思うのだが。


「だいたい、なんで急にわたくしと剣を交えたいなんて言い出したのよ? そもそもあんた、剣なんて使えるの? 聞いたことないわよ?」

「いやまあ、それなりには……」


 事情がややこしい。

 理由をなんて説明したらいいものか、考えあぐねていると、


「テンラー様は姫様と剣術を通じて仲を深めたいそうです」

「えっ?」


 仲を深めたい?


 想定していないシュリアノの言葉に、俺は小さく疑問の声を上げる。


「仲を深めたい? そいつがわたくしと?」

「ええ。望まぬとはいえ、お2人は婚約をされている間柄です。剣術を通じて仲を深めるのもいいでしょう」

「嫌よ。そいつと仲を深めるなんて」


 それはそうだろう。暗殺しようとしていたくらいだし……。


「せっかく姫様のお好きな武芸で交流をしたいとおっしゃられているのです。そう邪険にせず、お付き合いされたらいかがでしょうか?」

「嫌だったら。わたくしは絶対にそいつと剣を交えて仲を深めるなんてしないわ。とっとと帰りなさい」


 そう言い放ち、レーティはそっぽを向く。


 これはダメそうだ。


 俺は諦めて帰ろうとするが、


「しかし姫様、剣術には危険がつきものです。思わぬアクシデントがあるやもしれませんよ。本気でやれば尚更です」

「アクシデント?」


 そう聞いてしばらくキョトンとしていたレーティだが、やがてニヤリと笑顔を見せる。


「……なるほど。そういうことね。わかったわ。わたくしたちの仲を深めるために剣を交えましょうか」

「えっ? いいんですか? あれほど嫌がっていたのに」

「ええ。気が変わったの。けど使うのは真剣よ。緊張感のある本格的な実戦形式で剣を交えて仲を深めましょう。ふふふ」

「それはどうも……」


 嫌がっていた様子から一転、剣を交えてくれると言うレーティに、俺は不穏なものを感じた。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 剣の達人である姫様と剣の修練をすることになったテンラーですが、なにやら不穏な様子……。はたしてテンラーは生きて修練を終えることができるのか?


 フォロー、☆をいただけたら嬉しいです。

 感想もお待ちしております。


 次回はテンラーに命の危機が……。

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