第14話 下天して魔王となったアナテア

「くそっ! あの野郎っ!」


 フリードたちが去ったあと、俺は地面に拳を打ち付ける。


「ああいう奴だってわかってたっ! もっと早く殺してれば……」

「それは無理じゃな」


 アナテアは俺へ向かってそう言い放つ。


「お前は殺すことを躊躇していた。あのまま戦っていたとしても、あの男に剣を突き立てることもスキルで消し飛ばすこともきっとできなかったじゃろう」

「そ、そんなことは……」

「しかしあの男はお前を殺せた。戦えばあの男は躊躇無く、お前の身体に剣を突き立てて殺していたじゃろう。それを考えると、この結果はよかったかもしれんの」

「……」


 ……アナテアの言う通りかもしれない。

 言葉では意気込んでいても、実際にその瞬間がきたときは躊躇してしまうような気がした。


「じゃあ、だったらどうしてあいつはこの場で俺を殺さずに引いたんだ?」

「お前はこの1年、剣の鍛錬を積んできた。剣の腕では奴より上じゃ。構えを見てそれを悟った奴は、分が悪いと見て引いたのじゃろう。奴もお前の覚悟が足りないことは見抜いておったが、万が一を考えてこの場での戦いは避けたのじゃな」

「つまり1年間の鍛錬は無駄じゃなかったってことか」


 もしも1年間をなにもせず、剣術で奴を上回っていなかったら今ごろは殺されていたということか。


「しかしお前の覚悟では、いかに強いスキルを持っていてもいざというときに躊躇して返り討ちに遭うかもしれんな。それを知れたのは収穫……むっ」

「えっ?」


 アナテアの目が俺ではない方向を見る。

 そちらへ目をやると、そこには若い女が浮いていた。


「わっ!? な、なんだっ? 誰っ?」

「ふん。ようやく出てきおったか」


 この浮いている女を、アナテアは知っているようだった。


「あんたが時間を巻き戻してこいつを転生させるなんてくだらないことをやっていなければ、人間界になんてくる必要はなかったんだけどね」

「わしはもう疲れたのじゃ。二度と魔王をやる気は無い」

「それはダメ。あんたにはまた魔王になってもらうんだから」

「ちょ、ちょっと待って。この人は誰なんだ? アナテア」


 なにやら因縁がありそうな様子だが……。


「この世界の女神じゃ」

「め、女神っ!?」


 女神というより、チャラついた女子高生のようだが……。


「じゃあこの世界を作った神様ってことか」


 ゲームということは置いておいて。


「半分はそうじゃ。しかし半分は違う」

「どういうこと?」

「この世界はわしとそいつ、2人の神が作ったのじゃ」

「か、神? でも君は魔王でしょ?」

「元は神じゃった。世界を創造したのち、わしが魔物を作り、そいつが人間を作った。そして互いに争わせた」

「なんでそんなことを?」


 どちらも神様が作ったのならば、争わせずに仲良くさせたらいいのにと、平和なことを俺は考えるが。


「わしは人々の恐怖を得ることで快楽を得る神であった。そいつは人々から信仰心を得ることで快楽を得る神なんじゃ。わしは魔物が人々に与える恐怖で快楽を得て、そいつは魔物の恐怖から人々が信仰を強めることで快楽を得ていた。つまり神が快楽を得るのに、人間と魔物は争わせる必要があったんじゃ」

「そ、そうだったのか」


 なんともひどい理由だが、神にとって人間と魔物なんて自分たちが楽しむためのおもちゃみたいなものなのかなとも思う。


「わしが快楽を得るために魔物たちは人間と戦って死んでいる。そのうちにわしはそんな日々に嫌気がした。神とは自分で創造した者らのしあわせを考え、そのために存在するべきじゃ。じゃからわしは神をやめて下天し、魔王となって魔物の長として人間と戦うことにしたのじゃ」

「馬鹿な奴。不死身である神をやめて定命になるなんてね。しかも人間に何度も殺されて復活と死亡を繰り返してる」

「な、何度も? そうなの?」

「うむ。魔王は死の間際に力の核を残す。年月と共にその核へ力が集まり、魔王像となって世界のどこかへ出現する。転生した魔王の魂をその像に捧げれば、魔王が復活するというわけじゃな」

「へー」


 この世界ってそういう設定だったのか。

 設定とか見てないから知らなかった。


「だけどあたしにとってはこいつが下天して魔王になってくれてよかったんだよね。おかげで人間たちはより恐怖するようになって、信仰も多く得られるようになったしさ。魔王が復活ってなればまたたくさん信仰を得られる。そして女神の信託を得た人間が魔王を討伐すれば、その瞬間は最大のエクスタシーを得られるほどの信仰を得られる。だからそいつにはまた魔王をやってもらわなきゃ困るの」

「そのつもりは無い。魔物たちには悪いが、わしはもう疲れた。今後は人間か魔物に転生を繰り返して、凡庸に生きていくつもりじゃ」

「そんなことは許さない。嫌でもあんたには魔王として復活してもらう。そのためにあの男をフリードの中に転生させたんだから」

「ハ、ハラボンをフリードに転生させたのはお前かっ!」

「そう。元の転生者じゃあんたを殺すには甘いからね。あいつなら欲深いし、報酬を与えればどんな手を使ってでも絶対にあんたを殺してくれるでしょ。あんたの知り合いだったのは偶然だけどね」


 ひどい偶然だ。あんなゴミクズとこんなところでふたたび会わなければならないなんて、まさしく神のいたずらである。


「もしかしてもう殺しちゃえるかもって思ったけど、やっぱ武神の紋章が無いとあぶないからここは引いて正解かな。でも次は殺しちゃうから覚悟してね」


 ニコッと笑顔で言われて俺はゾッとする。


 神様にとっちゃ、俺を殺すなんておもちゃを壊すくらいの感覚なのだろう。神とはありがたい存在であると同時に、怖い存在なのだと実感した。


「あんたも不幸だね。そいつのわがままで転生させられちゃってさ。ああ、今ここで自害してくれるなら、あいつを追い出してあんたをフリードに転生させてあげてもいいよ。あたしみたいな美しい女神様のためになれるなら嬉しいでしょ?」

「……」


 俺は女神をじっと見つめる。……主に胸を。


「……いや、俺はこのままアナテアに協力するよ」

「は? てか、あんたどこ見てんのっ!?」


 女神は胸を両手で覆うが、俺の目はすでにそこを見ていない。


「おっぱいは神より偉大。乳の無い女より、俺は巨乳の女に協力するぜ」

「は、はあっ?」

「巨乳最高っ! 貧乳に神の裁きをっ!」

「あたしが神なんだけどっ! なんなのこいつムカつくっ! あんた絶対に殺してやるからねっ! 首洗って待ってなよっ!」


 そう言い残して女神の姿は消えた。


「なんかすごい怒ってたけど、俺なんか悪いこと言ったかな?」

「お前もまあまあ下衆な男じゃな」

「?」

「まあよい。しかしこのままでは武神の紋章を得たフリードに殺されてしまうな。剣やスキル『G』を当てるための鍛錬はもちろんじゃが、相手を倒す覚悟を得るために実戦経験も必要じゃ」

「実戦経験か……」


 となると魔物退治とか盗賊退治だろうか。

 そうするのが無難かなと思った。……そのとき、


「――話は聞かせてもらったぞっ!」

「えっ?」


 木の影から声が聞こえ、そこからひとりの女性が姿を現した。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 下天して魔王となったアナテアと女神エクスタには因縁がありますね。巻き込まれたテンラーはただただ気の毒です。フリードに転生したクソ上司のほうは不老不死になれるとウキウキのようですが。


 フォロー、☆をいただけたら嬉しいです。

 感想もお待ちしております。


 次回は盗賊退治に向かいます。

 ※前回は予告を1日間違えていました。すいません。次回こそ盗賊退治です。

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