第13話 クソ上司の襲撃
「フ、フリード……?」
襲い掛かって来たのはフリードだ。
転生者に入れ替わる前のフリードは気弱で、こんなことができる人間じゃない。 すでに入れ替わっていたとしても、中身の転生者は正々堂々とした人間で、やはりこんなことはしないはず。
一体どういうことなのか?
不思議に思いつつ、俺はフリードへ近づく。
「待て。そいつはフリードではない」
「えっ?
アナテアの制止を聞いて俺は足を止める。
「すでに中身は転生者と入れ替わっているようじゃ。……しかし、本来の転生者は正々堂々とした男で、こんなことはしない。お前……何者じゃ?」
「カカカッ……」
フリードは笑ってアナテアを見る。
「その通りよ。かしこいじゃねーの。そこの馬鹿と違ってよ。カカカカカッ」
「そ、その笑いかた……」
この下衆い笑い声、あのクソ野郎を思い出す。
しかしいや、まさかそんなこと……。
「い、いや、ありえない。フリードの中身にハラボンが転生したなんて……」
「ハラボン?」
ハラボンと聞いてなにを思ったのか、フリードはじっと俺を睨む。
睨まれた俺はその目に嫌なものを思い出し、気分が悪くなって両手を地面へつく。
「カッカッカッ……。あーなんとなくわかったぜ。俺をハラボンって呼ぶのは会社の誰かだ。そんでその情けねー雰囲気は……1年前に死んだあいつ。無能だ」
「っ!? や、やっぱりハラボンなのかっ!?」
まさか本当に?
だが、俺を無能と呼ぶこいつはやはり……。
「カーカッカッカッ! なんだてめえかよっ! 見た目は変わっても、その情けねーツラは変わんねーなぁっ! カカカカカッ」
「な、なんでフリードの中身がハラボンに……」
「おいおい偉大な上司様に向かってハラボンはねーんじゃねーの? 無能のくせによー」
「くっ……。も、もう上司部下の関係じゃないんだ。あんたにへつらう理由は無い」
立ち上がった俺はフリードを睨みつける。
「はん。上司部下の関係は無くなっても、てめえが無能なことには変わりねーだろ。カカカッ」
「なんであんたがフリードの中身になっているんだ?」
「女神様のお願いよ。てめえを殺せってな。てめえを殺せば俺は不老不死になれるんだ。不老不死になったらこの世界で好き放題やって生きてやるぜ」
「女神じゃと?」
女神と聞いてアナテアの表情が険しくなる。
「なるほど。わしの動きを察知して、向こうも対策を打ってきたか。いや、想定通りじゃな。奴が黙って見ているはずはない」
「つーわけで死んでくれや。てめえみてーな無能のカスが、偉大な上司の俺様のために死ねるなんてよぉ、最大限の光栄だろ?」
「ふざけるなっ! お前なんかのために死んでたまるかっ!」
こんな奴のために死んでたまるか。
俺は剣を持って構える。
フリードも剣を構えるかと思いきや、眉をひそめただけだった。
「まあいい。俺は部下思いの優しい上司だからよぉ。今回は見逃してやるよ」
「なに?」
自分から奇襲をしてきて見逃すだと?
ハラボンは人を人とも思わないドぐされゴミ野郎だ。
見逃すのは優しさなどでは絶対に無い。
「ふん、武神の紋章を得ていない今に戦うのは不利と悟ったか」
「……ちっ」
アナテアの言葉に、去ろうと背を見せたハラボンが舌を打つ。
「武神のスキルを得てからでは厄介じゃ。今のうちにこちらのスキルで仕留めてしまったほうがよいじゃろう」
「おいおいマジか? 中身は変わっても俺はてめえの弟だぜ? 殺せんのかよ?」
「主人公として転生した本来のフリードが中身なら殺せなかった。けど、いずれ俺を殺しに来る下衆野郎が中身ってわかってるなら、安心して仕留められるっ!」
「はっ、そうかよ」
そうだ。武神のスキルを得てからでは倒すのが厄介になる。
本来のフリードには悪いが、こいつはここで仕留めるべきだ。
「逃がさないぞ。お前にはここで死んでもらう」
「カカッ、てめえ人を殺したことあんのかよ? 手が震えてるぜ」
「うるさいっ!」
殺人の経験はもちろん無い。
相手がゴミクズクソ野郎のハラボンでも、やはり緊張はした。
「てめえが俺をここで仕留めるって? そいつはやめといたほうがいいぜ」
「どういう意味だ?」
「てめえは自分がどういう立場かわかってねーな。今のてめえはテンラーだ。この世界じゃ下衆クズの悪役が今のてめえなんだぜ? それに対して俺は品行方正な主人公様で、てめえの弟だ。てめえにとって状況は最悪だぜ?」
「なにを言っている?」
「だからてめえは無能なんだ」
ハラボンは持っている剣を振り上げる。
それに対し、俺は身構えた。
……しかしハラボンは俺のいる方向とは真逆のあさってを向き、剣を遠くへ放り捨てた。
「な、なにを……」
「てめえに背を向けて走って逃げるなんてダセェからよぉ。迎えを呼ぶぜ」
「迎え?」
行動を疑問に思う俺を前に、ハラボンは大きく息を吸い込み、
「う、うわあああああっ!!!」
大声で叫ぶ。
「兄さんやめてっ! どうしてそんなことをするんだっ! うわああああっ!」
「お前、一体なにを……?」
子供のように叫び続けるハラボン
やがてこちらへ多くの駆ける足音が向かって来た。
「なるほど。なかなかの下衆野郎じゃの」
「えっ?」
足音ともにやってきたのは屋敷の執事やメイドたちだ。
「フリード様、一体どうなされ……あっ」
執事の視線がハラボンから俺へ移る。
俺は剣を持っており、ハラボン……フリードは無防備。
この状況に執事やメイドたちがなにを思ったかは、想像に難くない。
「テンラー様、フリード様に一体なにをなされようと……」
「い、いや俺は……」
「兄さんを責めないでっ! ぼ、僕が悪いんだ。僕があんまりにも弱くて情けないくて、ローランエン家の人間に相応しくないから。それで兄さんは……」
この野郎……。
そいつは偽物だ。フリードじゃない。
……などと言っても信じてもらえるはずはない。中身はゴミカスのハラボンでも、身体は間違いなくフリードなのだから。
「テンラー様、お戯れが過ぎます。申し訳ありませんが、この件はお父上様にご報告させていただきます。さ、フリード様、参りましょう」
フリードを連れて執事たちが去って行く。
その最中、フリードはこちらを振り返って悪魔のような表情でニヤついた。
――――――――――――
お読みいただきありがとうございます。
クソ上司ハラボンには逃げられてしまいました。戦いはお預けですが、武神の神紋が発現してしまえば、テンラーは不利になってしまいそうです。
フォロー、☆をいただけたら嬉しいです。
感想もお待ちしております。
次回はテンラーたちの前に女神が現れます。
※1月10日修正。盗賊退治は次々回でした。すいません。
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