第10話 クソ上司の夢にうなされて……

 ……ゲームの世界へ転生して1年が経つ。

 シュリアノからの暗殺を回避して以降、特に事件も無く、俺は異世界の生活に慣れつつ鍛錬もしながら無難に日々を送っていた。


 まもなく主人公であるフリードが15歳となり、彼にスキルが発現してようやくゲームの本編が始まる。

 その日が迫ったある日の夜、俺は悪夢にうなされた。


「う、うう……うーん……」


 床で寝転がって呻く俺の夢に現れたのは転生前の光景。それだけなら悪夢では無いのだが……。


「おい無能」


 クソ上司が俺をそう呼ぶ。


 無能はクソ上司ことハラボンが俺につけたあだ名だ。俺の名字と語呂が同じだからと、社内では常に俺のことを無能と呼んでいた。


「最近、ジムに行っててさー。おうっ! あ、ごめーん。サンドバックと間違えて蹴っちまった。でもサンドバックのほうがお前より有能だと思うわ。お前は蹴り応えすらない無能だしよー。カーカッカッ!」


「ごめん。お前は悪くないわ。悪いのはお前みたいな無能を捻り出した親だわ。今まで悪く言ってごめんな。お前は悪くない。悪いのはお前を産んだ馬鹿親だもんな。カカカカカッ! てめえは死んで生まれ直したほうがいいわ。カカカッ!」


「先月、中途で入ってきたデブスのババアさー。あれなんだよ? あんなの職場にいたらめっちゃモチベ下がるわー。辞めてくんねーかなー。あ、無能、てめえあいつと結婚しろよ。そしたら寿退社すんだろあのクソデブスババア。てめえみたいな無能のカスゴミにはあのデブスのババアがお似合いだよ。カーカッカッカッ!」


「なに? もう酒は飲めねえだと? うるせえっ! 無能のてめえは上司の俺が飲めっつったら飲めばいんだよっ! カカカッ! おい無能、てめえ裸踊りしろよ。全裸でやんだよ。貧相なチンポコをみんなに晒して踊り回れよ。やんねーとクビだぞてめえ。クビになったら路頭に迷うぞ、てめえみたいな無能はどこも雇わねーからよ。わかったらとっとと裸になって踊れよ無能、カカカカカッ!」


「無能無能無能無能無能っ! カスカスカスカスカスっ! 死ね死ね死ね死ね死ねっ! ゴミゴミゴミゴミゴミっ! カーカッカッカッカッカッカッカッカッ!」


 あの邪悪な笑い声が頭の中で木霊する。


「ううう……クソ……いつか殺してやる……うう……」


 夢にうなされながら俺は寝言を呟く。


「おいテンラー。テンラー大丈夫かの?」

「うう……ハッ!?」


 身体を揺さぶられて目を開く。

 見えたのは、心配そうに俺を見下ろすアナテアの顔だった。


「ひどくうなされておったぞ。嫌な夢でも見たのかの?」

「ああ……」


 最悪の悪夢だ。

 以前にも何度か見てうなされたが、転生してからは初めてだった。


「転生前に勤めてた会社の上司が夢に出てきてさ。本当にひどい上司で、あいつにはどれだけひどい目に遭わされたか……」


 夢に見ただけでストレスが蘇って吐きそうになる。


「ふむ。お前は上司からのひどいパワハラで苦しんでいたそうじゃな。けどもうそいつに会うことは無いんじゃ。忘れることじゃな」

「うん」


 そうだ。俺はこの世界に転生したので、あいつに会うことは二度とない。勝手に転生させられたわけだが、少なくもそれだけはよかったとはっきり言える。


「クッソあの野郎、1発でいいからやっぱぶん殴っときゃよかった」


 俺の人生はたいして良いものではなかった。だから転生してしまって惜しいという思いは無いが、あのクソ野郎をぶん殴れなかったのはやはり心残りであった。


 ……朝になり、朝食を終えた俺はアナテアと一緒に裏の林へ向かう。


 アナテアとは1年も同じ部屋で暮らしており、両親には事情があって住まわせている友人とは説明している。両親は信じてくれたが、使用人たちは娼婦を連れ込んでいると思っているらしく、彼らがテンラーをどう見ているのかが窺い知れた。


 まあ本来のテンラーは下衆クズなのでしかたないが……。


 今は俺がテンラーなので複雑な思いであった。


「ふんっ! ふんっ!」


 剣を持って日課の素振りをする。


 転生してから1年間、毎日のように鍛錬を重ねたのでそれなりに剣は使えるようになった。アナテアに言わせると、ようやく新人兵士くらいの実力にはなったそうだが……。


「まあまあものにはなってきたのう」

「1年間も毎日、走ったり剣を振ったりしてるんだ。ものぐらいにはなってないと困るよ」

「ふむ。しかしまだまだじゃ。そんなもんではすぐ魔物に殺される」

「そうだろうね」


 鍛錬をしていてわかる。

 こんなんで魔王復活を目論む魔物たちと戦えるとは思えない。


「とは言え、お前にはスキル『G』がある。当てる身体能力と、10分間のクールタイムを凌げる強さがあればよい」

「スキル『G』は魔法にも適用されるのか?」

「うむ。魔法攻撃力にも適用される。ふむ。敵が集団の場合、スキル『G』で魔法を使えば一気に殲滅できて便利じゃのう。魔法を教えとくか」

「お、それはおもしろそうだ」


 走ったり剣の鍛錬ばかりで飽きていたところだ。

 魔法なんて異世界らしいものを教えてもらえるのはおもしろそうだった。


「うむ。では教えてやろう。まずは意識を集中するのじゃ」

「うん」


 俺は意識を集中する。


「教えるのは炎の魔法じゃ。頭に炎を思い描け」

「炎を……」


 頭に炎のイメージが浮かぶ。


「そして地面に両手をつくのじゃ」

「えっ?? 地面に両手を?」


 なんだかわからないが、言う通り地面へ手をついて、犬のような四つん這いの格好となる。


「そして尻に力を込めるのじゃ」

「尻に力を。ふんんん……って、なにさせてんだよっ?」

「理論的には尻からも魔法は出るはずじゃ。わしは自分の理論を証明したい」

「それは自分の身体で試してください……」


 尻から魔法を放つなど恥ずかしい。

 できたとてやらないだろう。


「うん?」


 向こうにある木の裏でなにか動いたような……。

 気のせいかとそう思った瞬間、茂みの中から剣を持った何者かが飛び出す。


「うわっ!?」


 何者かに奇襲をされた俺だが、慌てつつ相手の剣を自分の剣で受け流す。

 その何者かは軽く舌打ちすると、振り返ってこちらを睨んだ。


「お、お前は……」


 そこにいたのはテンラーの弟にしてこのゲームの主人公。勇者と持て囃され、最後に魔王を討伐するフリードであった。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 転生してもクソ上司はテンラーを苦しめているようです。はたして復讐をすることはできるのか……。


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