第9話 テンラーの秘策に屈する姫様

 そういえばこのお姫様、性格悪いくせに根は素直なのか、嘘が思いっきり態度に出るんだよな。本人はこれで隠せてると思っているらしいが。


「いえ、実は先日、シュリアノに寝込みを襲われまして。以前、姫様がシュリアノを暗殺に使っているという噂を聞いたのでもしやと思ったのです」


 実際はゲームをやっていたから知っているのだが、それを言ってもしかたない。


「む、むう……」


 レーティは眉間に皺を寄せ、やがてため息を吐く。


「……まあいいわ」

「あ、じゃあ……」


 意外にあっさり諦めてくれたか。


「わたくしと決闘をして勝ちなさい。そうしたらシュリアノに命令したあんたの暗殺を撤回してあげるわ」


 やはりそう簡単にはいかない。

 ゲームでもこうだった。フリードはこの決闘でレーティに勝利し、命令した暗殺を撤回させたのだ。。


「ふふ、決闘であんたを殺せば婚約は強制的に解消できるわ」

「い、いや、決闘なんてそんなことをするつもりはございません。そもそも私と結婚をしたくなければ、婚約を解消されたらよろしいでしょう」

「婚約は国王であるお父様の命令よ。そう簡単に解消できるわけないでしょ」

「でしたら私のほうからなにか理由をつけて解消させていただくのは?」

「なんでこのわたくしがあんた如きから婚約を破棄されなければならないのよっ! わたくしのプライドが許しませんわっ!」


 ……面倒なお姫様である。


 まあ婚約の解消に関してはどうでもいい。

 いずれにせよ、主人公であるフリードに武神のスキルが発現すれば、テンラーとの婚約は解消されてレーティの婚約者はフリードになるのだから。


「いいから決闘をなさいっ! それともわたくしが怖いかしら? 女との決闘から逃げるなんてとんだ腰抜けね。だったらもうこの話は終わり。屋敷に帰って眠れぬ夜を過ごしていなさい」

「そういうわけにはまいりません」


 ここで帰っては死亡する未来を回避できない。

 先日は勘違いを妄想して躊躇ってはいたシュリアノが、姫様の命令は絶対だ。このままではいずれシュリアノは俺を殺すだろう。それを回避するにはやはりあの秘策を使うしかない。


「どうか願いをお聞き届けください。お願いいたします」

「だからもう話は終わりって……ふぁああああっ!!!?」


 俺は土下座をした。

 これ以上ないくらいの綺麗な土下座をレーティの前に晒したのだ。


「ちょ、なにそれっ!? なによその綺麗過ぎる土下座っ!? やめてっ! なんかダメっ! なんかダメよそれっ!」

「お願いします。シュリアノに命令した俺への暗殺を撤回してください」

「その体勢でお願いしないでーっ! お願いだからっ!」

「お願いします」

「くううう……っ! く、口が勝手に……動、いて……わ、わかったっ! わかったわよっ! シュリアノに命令したあんたへの暗殺は撤回するわっ!」

「ではこちらに誓約書がございますので、誓約を結んでください」

「せ、誓約? そ、そこまでは……」

「お願いします。この通り」


 俺は額を床へと打ち付ける。


「うぐうううああ……く、口があああ……わ……った。わかあああ……ったっ! わ、わわ……わかったわよっ!」


 ブチ切れながらも誓約を承諾するレーティ。


 それから俺は誓約をレーティに結ばせて部屋を出た。


「終わったか。どうじゃった?」


 問いに対し、俺は誓約書を見せる。


「おお。まさかあの姫様にこんな誓約を結ばせるなんて……一体どうやったのだ?」

「ふふん、なあにレーティだってまだまだ子供さ。大人の俺が言葉で一喝してやればこんなものだよ」

「なんか額のところ赤くなっとらんか?」

「そ、そんなことないし……」


 ともかくこれで暗殺の不安は無くなった。

 死亡する未来を回避した俺は、安堵の心地で屋敷へ帰った。


「ゲームが始まるまで1年くらいあるし、しばらくはのんびりできそうかな」

「いや、魔物に備えていろいろ鍛えておくべきじゃろう。命の危険は去っても、のんびりはできん」

「それもそうか」


 そもそもの目的はアナテアを守って魔王の復活を阻止することなのだ。のんびりと時間を無駄に過ごすわけにはいかなかった。


「そのゲームとはなんなのだ? はっ!? まさか破廉恥は話題かっ! よくわからんが破廉恥な話題なのだなっ! 汚らわしいっ!」


 もう暗殺をする必要は無いので、荷物を持って帰るかと思いきや、シュリアノはまだローランエン家でメイドをしていた。


「もう暗殺の必要は無いだろ? なんでまだここでメイドをやっているんだ?」

「わたしはいつかダンスパーティに出て王族や貴族の男たちからいやらしい目で見られるのだ。そのときのためにいやらしい視線に耐えて屈しない精神力を身に着けておこうと思ってな。そのためにはお前のその視姦力が必要なのだ」

「し、視姦力?」

「くっ、そ、それだ。その破廉恥でいやらしい視線に耐えてこそ、わたしは優れた精神力を持ってダンスパーティに望める。いいぞっ! もっとわたしをいやらしい視線で見つめろっ! しかし身体の関係は持って子供を産んでも、墓には一緒に入らないからなっ! ふははっ! 思い通りにはならんぞっ!」


 まずダンスパーティで王族や貴族の男たちがいやらしい目で見てくるという思い込みはなんなのだろうか? 俺がいやらしい目で見ているのは事実だが。


「うおーっ! なんていやらしい目だっ! だが耐えるっ! 耐えて見せるぞっ! わたしは決して屈しないぞっ! ふははははっ!」


 喚くシュリアノ。そんな彼女を俺は生温かくいやらしい目で見つめていた。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 必殺の神土下座で王女レーティに誓約を結ばせ、暗殺を回避したテンラー。一件落着ですが、物語はまだ始まったばかり。新たな危機がやがて迫ります。


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 感想もお待ちしております。


 次回はついに前世のクソ上司が現る……。

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