第7話 テンラーを殺せない理由(シュリアノ視点)
……深夜、シュリアノはスキル『隠』を使ってテンラーの部屋へと忍び込む。
万が一のため下着は替えてきた。
これでもしものときも安心だ。
広い部屋の中、膨らんだシーツが載るベッドを見つけてそこへ近づく。
そして懐から短剣を取り出し、先端を下へ向けて膨らみの上へと掲げる。
これをこのまま突き下ろせばテンラーは絶命する。
……しかし手が動かない。シュリアノは震える手で短剣を持ち続けていた。
なぜだ?
こんなふしだらで破廉恥な、女をとっかえひっかえするような下衆クズ男など心を痛めず容易に殺せるはず。それなのに心は迷っていた。
「んが、うーん……」
「!?」
捲れたシーツから顔が覗く。
そこに見えたのはテンラーではなく、林で彼と一緒にいた女であった。
「や、奴はどこに……?」
「う、うう……」
「えっ?」
足元から声。
見下ろすと……
「お、重い……。ん? 誰か俺の上に乗ってる……? アナテアか?」
「テ、テンラーっ!? なぜそんなところにっ! ハッ!? そ、そうかっ! そこへそうやって潜んでいて、わたしが1日中穿いていたパンツを奪おうとしていたのだなっ! しかし残念だったなっ! パンツは穿き替えたばかりだっ! ふはははっ! 残念だったなこの破廉恥男めっ!」
「すいません、なに言ってるかわかりませんが、とりあえずどいてください」
シュリアノがそこから退くと、倒れていたテンラーが立ち上がる。
「いたた……って、うおおっ! シュ、シュリアノっ!? も、もしかして俺を殺しに来たのかっ!? は、早くないかっ!?」
「察しがいいな。覚悟しろ強姦魔め」
「ご、強姦魔? なんの話だ?」
「わたしを犯しただろうがっ! このレイプ魔めっ!」
「お、犯した? レイプ魔? と、とりあえずそんなあぶないものはしまいなさいってっ! 話そうっ! 話せばわかるってっ!」
「問答無用っ! 覚悟ーっ!」
「うわああっ!」
逃げ出すテンラー。それを追うシュリアノ。
広い部屋をグルグルと2人で走り回った。
「なんじゃうるさいのう。眠れぬではないか」
ベッドで寝ていた女が起きる。
暗殺を見られてしまうがしかたない。
こうなってはもうテンラーを殺すしかなかった。
「助けてアナテアーっ!」
「なんじゃもう暗殺が来たのか? おかしいのう? 予定では1年ほど先のはずなんじゃが?」
「早く助けて殺されるーっ!」
「うむ。ではわしの魔法でなんとかしてやろう。今のわしではたいした魔法は使えんが、人間ひとりを殺すことくらいはできるじゃろう」
「こ、殺す? ちょっと待ってっ! 殺すのはダメっ! うわっ!?」
テンラーが足をもつれさせて転ぶ。
すかさずシュリアノは追いついてテンラーの頭上に短剣を掲げた。
「死ねっ!」
「も、もうダメだっ!」
目を瞑るテンラー。
胸もとを目掛けて短剣の先端を突き下ろすが……。
「ぐ、うう……」
先端は胸へ触れる寸前で止まる。
「やっぱりわたしにはできないっ!」
「えっ?」
テンラーは目を見開いて不思議そうにシュリアノを見上げていた。
「貴様に無理やり犯されたとはいえ、お腹の子供の父親を殺すなんてことはわたしにはできないーっ!」
「お、犯されたって……」
「なんじゃお前、そんなことしたのか? 悪い奴じゃのう」
「す、するわけないだろっ! 俺は、だけど……」
気まずそうに視線を逸らすテンラーを、シュリアノはキッと睨む。
「しらばっくれるなっ! 犯しただろうがっ! 今朝、そのいやらしい視線でこのわたしの身体をっ!」
「えっ? し、視線で? なにを言ってるんだ君は?」
「言葉通りだっ! このっ、そのいやらしく破廉恥な目でわたしを見るなっ! この期に及んでまだわたしを辱める気かっ! クズ男めっ!」
「とりあえず落ち着こう。まず人間は見られただけじゃ妊娠しない」
「なに? そうなのか? 知らなかった……」
「素直な女じゃ」
女は男からいやらしい目で見られただけでも妊娠すると思ってた。
なんて勘違いだ。恥ずかしい。
「そ、それでもお前がわたしをスケベな目で見て視姦したことには違いないっ!」
「それはなんとも否定しにくい……」
「ふん。妊娠をしていないなら心おきなく殺すことができる。覚悟ーっ!」
「しまった余計なこと言ったっ! うわあああっ!」
「うう……やっぱりできないーっ!」
「な、なんでーっ?」
意外そうな表情で見上げてくるテンラーから視線を外して、ベッドの上にいる女のほうへ目をやる。
「あの女にはお前の子が宿っているんだーっ! お前に罪はあっても子供に罪は無いっ! 子供の父親は殺せないーっ!」
「良い奴じゃ。けどそれはなにかのかんちが……おっと」
女は口を手で覆って目を逸らす。
「じゃ、じゃあ殺すのはやめにしてくれる?」
「それは……しかし……」
これは姫様からの命令だ。背くことは……。
「レーティ姫からの命令なんでしょ? だったらその……俺がなんとか説得してみるからさ」
「し、知っていたのか。むう……」
しかし相手はあのわがまま姫のレーティだ。
説得が可能かどうか……。
「大丈夫。俺に任せて。秘策があるから」
「秘策だと?」
「ああ]
「……この場から逃げたくて適当なことを言っているんじゃないか?」
「そこにいる女の子は魔法を使える。逃げたいだけなら、その子の魔法で君を殺せばいいだけだ。俺は君を救いたいんだ」
「む、むう……」
信じてもいいのだろうか?
しかしこの男は下衆クズで有名なテンラー・ローランエンだ。なにか思惑があるのかもしれない。
「はっ!? も、もしかして姫様を説得するのと引き換えに、わたしのパンツを寄こせというのだなっ! そのいやらしい目を見ればわかるぞ変態めっ!」
「えっ? い、いやまさかそんなつもりは無いけど」
「しかしパンツ1枚で姫様に許されるなら、安いものではないかのう」
「なに?」
「えっ? ちょ、なに言ってんのっ?」
パンツ1枚で済むこと。
考えてみれば安いような気が……。
「いやその、あの子が言ってることは気にしないで……」
「よしわかった。パンツ1枚で説得を頼もう」
「えっ?」
「しかし1日中穿いたパンツはダメだ。半日だからな」
「は、はい……」
複雑な表情で返事をするテンラー。
はたして本当に説得ができるのか?
正直、あんまり期待はしていなかった。
――――――――――――
お読みいただきありがとうございます。
タイトルを少し変更しました。
シュリアノの勘違いで暗殺は回避できました。パンツはともかく、はたしてテンラーはレーティ王女の説得ができるのでしょうか……。
フォロー、☆をいただけたら嬉しいです。
感想もお待ちしております。
次回は王女の説得へ向かいます。
王女の説得に、テンラーが秘策を繰り出す……。
「かつて異世界で最強の魔王をやってた平社員のおっさん ダンジョンで助けた巨乳女子高生VTuberの護衛をすることになったけど、今の俺はクソザコなんで期待しないでね」
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