第5話 普通のサラリーマンだった男に剣術は難しい

 ……10分ほど喚き続けた俺は、ハッと我に返る。


「あ、あれ? 俺は今までなにを……」

「うん? 元に戻ったかの?」


 目の前に屈んでいるアナテアが疲れ切った表情でこちらを見上げていた。


「アナテア? どうしたんだ? なんかすごい疲れてるみたいだけど?」

「目の前で破廉恥だふしだらだ胸をしまえだの、10分近く喚き続けられれば、そりゃ疲れもするわい」

「喚く? 誰が?」


 アナテアの指が俺を指す。


「俺が? そんなわけないだろ」


 アナテアの素敵な巨乳にそんな暴言を吐くわけはない。

 俺はこの巨乳の谷間を目にするだけで、しあわせな心地になれるのだから。


「……まあよい。スキルの効果は確認できたしの」

「スキルの効果? あ、そういえば音声が聞こえて木を殴って……あれ? 殴った木はどこいっちゃったの?」

「そこじゃ」


 と、アナテアが向いた方向を俺も見る。

 そこには上の部分が無くなっている木の根元だけがあった。


「あ、あれなの? あれを俺が? でも殴り倒した木は?」

「消し飛んだ」

「け、消し飛んだっ!?」


 木が消し飛ぶってどんな状況だ?

 自分でやったのにその光景がまったく想像できなかった。


「想像以上の威力じゃ。このスキルを使えば、どんな敵でも一撃で倒すことができるじゃろう」

「おお」


 事前に聞いていた通りやはりものすごいスキルのようだ。


 もしかして俺ってこの世界で最強かも。


 なぜか途中で記憶が飛んでいるので、その実感はまったくないが。


「しかし使用にはネックがある」

「ネックって?」

「一度、使用すれば10分ほどのクールタイムがあることじゃ。相手がひとりだけなら問題無いが、複数と戦うときにはそのクールタイムがネックになる。ぎゃんぎゃん喚いてうるさいのも鬱陶しい」

「? その喚くってのはよくわからないけど、確かに1回使うごとに10分のクールタイムがあるのは弱点になるな」

「そうじゃ。スキル『G』はここぞというときに使用する必殺技としてとっておくとして、やはりスキルを使わない通常の戦闘能力も身に着けておく必要があるの」

「うん」


 シュリアノから身を守るためにも、それは必要だった。


「ではそうじゃな……ほれ」


 アナテアは足元に落ちていた木の枝を拾って俺へ渡す。


「それを剣に見立てて少し振ってみるのじゃ」

「わかった」


 言われた通り俺は木の枝を剣に見立てて振ってみる。


「おおっ!」

「えっ? なに? もしかして俺って剣の才能もあり?」


 鍛錬すれば剣の達人になれちゃうかもと期待する。


「いや、珍しい虫が飛んでたんじゃ」

「まぎらわしいなっ!」


 勘違いしちゃったよ。


「剣の才能はまったく無いのう。今までなにしてたんじゃ?」

「戦いなんかとは無縁で普通にサラリーマンとして生きてましたよ」

「そうじゃったな。なんか得意な武器とかないのかの?」

「うーん。取り引き先からクレームがあったときに先輩と一緒に土下座して謝ったんだけど、そのあとお前の綺麗な土下座は武器になるって先輩に言われたけど」

「そう……」

「なにその憐れみに満ちた視線? 見せようか俺の土下座? 土下座して3秒で取り引き先に許されたこともある俺の神土下座を」


 絶対に休みをくれないと有名なクソ上司から、この土下座で休みをもらったこともある。土下座だけは誰にも負けないという自信があった。


「そういう武器ではなく、槍とか弓とかそういうものは使えんのか? 格闘技とかでもよいぞ」

「武器も格闘技も使えるわけないだろ。ただのサラリーマンだったんだから。運動らしい運動すら学生のころにやった体育で最後だよ」

「……つまり現状はスキル『G』しか戦う術が無いということじゃな?」

「まあそういうこと」


 実際そうなのだからしかたない。


「ふむ。では大変じゃろうが1から鍛えてやるかの」

「アナテアが? 大丈夫なの?」

「舐めるな、魔王としての力は無くても、魔王の知識はある。戦いの術ならばいくらでも知っておるわ」

「おお」


 こうなったら土下座でなんとかしようと思っていたが、どうやらそれなりに戦う術は身につけられそうだ。


「じゃあなんか技を教えてよ。斬撃が飛ぶような剣技とかあったよね? あれがいい。あれ教えて」

「馬鹿者。どんな技を使うにも、基本が大切じゃ。基本がなっていなければ、基本を応用した技など使えるわけはない」

「つまり?」

「まずは基本を鍛えるのじゃ。とりあえずその辺を1時間ほど走ってこい。体力をつけるのじゃ」

「い、1時間? 走るの? まずは歩くことから始めたほうが……」

「甘えるな。とっとと行ってくるのじゃ」

「俺マラソンは苦手なんだよなぁ……」

「鍛えて備えんと死ぬことになるぞ」

「わ、わかったよ」


 しかたなく俺は走り出す。


 走るのは嫌だが、しかしこれは自分の身を守るためでもある。

 疲れるから嫌だとは言っていられなかった。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 そして明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。


 スキル『G』のクールタイムにアナテアは辟易の様子。そして剣術を始めますが、普通のサラリーマンだったテンラーにこっちの才能はなかったようです。


 次回は暗殺者シュリアノ視点でのお話です。

 クールな外面に隠された意外な内面はテンラーと相性がいいかも……?


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