第2話 白田純

「サイドミラーよし、バックミラーよし、ガソリンの補充も十分、と…」


俺はピカピカの新しい真っ白なタクシー専用カーについて、会社で決められた基本的な注意事項リストを確認した。


俺の後ろには、いつもニンマリとした笑顔を崩さない、頭の先から足の先まで青一色のスーツ姿の上司が手を前で結んで立っていた。


ちなみに俺は、全身白一色のスーツ姿である(胸に薔薇を刺したらまるでお笑い芸人の狩野〇孝である)。


「どうですか、白田さん。初めてのお車は」


俺の上司、青田聖史郎はいつも運転手の帽子を目深に被っているので、スッと通った鼻とニンマリとした口元しか見えない。

怒る時だけは、鋭い視線が送られるが、基本穏やかで優しい上司だった。


「まあまあ…すね。俺タクシー運転手ってやったことねえし。車も詳しくねえし…別にっていうか」

「そうですか。それは良かった」

「あ、はあ…」

何に良さを感じたのかわからないが、青田はニッコリと答えた。


「そうそう、本日G班の会合では、あなたの顔合わせがあります。G班班長の紫水 晶(しみず あきら)様も来ますので、”決して”遅れないように」

「そうすか。了解っす」

青田は青い手袋で、白い俺の車のドア部分をなんとなしに触りながら言った。


「決して」を物凄く強調したように聞こえたが、俺はめんどくせえな、と思いながら、頭を軽く下げた。

「…めんどくせえな、とかお思いになったら、紫水様はすぐ見抜きますので」

「え?」

青田は声をワントーン低くして言ったと思ったら、すぐにニンマリとして、バカ丁寧なお辞儀をした。


「それでは、10分後、必ずお越しくださいますよう」

「ちょ、え?」

今心の中を読まれたような気がして振り返ったら、青田はもういなかった。

「…何なんだよ、あの上司…」




俺は白田純。21歳。新卒で受けた就職活動が上手くいかず、どこにも当てがなく、つい最近までホームレス同然の生活をしていた。


そんなある日、虹色に輝くタクシーが俺の前に突如現れた。


「なんだあの痛車」

どうせ派手好きな馬鹿が乗ってるんだろ、と思った瞬間、俺はその車に強引に吸い寄せられた。体が勝手に動くのだ。


「ちょ、これ、どうなって、おま!」


通行人も不審な顔で見ていた。まるで透明人間に押されているようだった。


そしてドアが開き、その車に半強制的に乗せられた。

「は?なんだよこれ・・・」


俺はドアを開けようとした。しかし全く開かない。どこかに拉致されるのではないか?と身の危険を感じ、ドライバーのいる運転席をみると、そこには肌以外”全て”が青色に染まった、明らかに不審なドライバーが座っていた。


超怪しい奴おる!と思うと、そのドライバーはハンドルを青い手袋で握りながら、こう俺にいきなり質問してきたのだ。


「あなたのお好きな色は何ですか?」


へ?と思った。車に強制的に乗せられていきなりなんだ、その質問?


「ななな、なんすかその質問…」

「お好きな色は何ですか?」


そのドライバーはまた同じ質問を繰り返した。


「答えないと発車できませんので」

「ねえっすよ…。しかも、なんすか、強制的に乗せられたんすけど」

「白田さんが呼んだのですよ?」

「は?なんで俺の名前…」


俺は急に寒気がした。めちゃくちゃ怖くなった。


「もう一度お聞きします。あなたのお好きな色は何ですか?」

「いやだからなんで俺の名…」


俺はまたドアを開けようとした。

「無駄でございますよ」

ドライバーは振り向きもせず言い放った。若干口元が薄ら笑っていたように感じたが、気のせいか。


「このタクシーは虹色タクシー。あなたのお好きな色で発車いたします」

「タクシーなんすかこれ!?」


タクシーというからには、タクシー代が必要なんだろう。俺はポケットを探った。


「降ります。俺、金…」


すると、ドライバーはくくくっと笑った。


「お代金はいただきません。白田様のお好きなところまで、どこまでも無料でお連れ致します。もちろん元の場所にもお返しいたします。あ、忘れていました。わたくし、虹色タクシー専属ドライバーの青田と申します。怪しいものではありませんよ。以後お見知りおきを」

「いや、だから…」

「お好きなお色は?」


このドライバー、相当しつこい人だと思った。この状況をいまだ理解できないが、俺は堪忍して、いやいや好きな色を考えることにした。


実は俺は生まれつきアルビノであり、白い肌と髪の毛をしている。それくらいしか俺には特徴がない。だから、この色だけが俺のチャームポイントだった。


「はあ…。えっと…し、白すかね…」

「お!いいですねえ、白ねえ…。では、白で」


青田がそう言うと、運転席に無数にある色々な色のボタンの中から、白のボタンを選んで押した。すると、なんとそれまで青一色で塗られていた車内が、白一色に変わったのだった。


「ちょ!え、これ、え!?」

「弊社オリジナルのちょっとしたサービスでございます。お気に召しましたら光栄です」


仕組みどうなってんだよ!と心の中で俺は呟いた。


「仕組みは企業秘密でございます」


心の中を読まれたようで、俺はドキリとした。


「さて、お好きなお色も伺えたことですし、あなたの行きたい場所をお聞きしたいと存じます。どこでも、そうですねえ、地獄の果てでも構いません。どこに向かいましょう?」


「え?」


「行きたい場所が、あるんでしょう?」


「俺の、行きたい、場所?」


「はい~」


そりゃあハローワークだよ、と思ったが…。


「…。本当にどこでもいいんすか?」


「はい~」


「どこにでも行けるんすか?」


「はい~」


「じゃあ…」


俺は青田に行きたい場所を呟いた。青田はまたニヤリと不敵な笑みを浮かべたが、快く了承した。


「では、発車いたします」



俺は白田純。

青田の運転で行ったのはーーーーーーーーーーー。

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虹色タクシー @medamaya666nui

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