25 優等生、夜に背中を押される
"私を選んで"
小日向さんからそう言われた。しかし、俺はすぐに彼女を選ぶことができなかった。選べばよかったのに……迷いが生じたのだ。もし、小日向さんを選べば夜とどうなってしまうんだろうって。
そんなことを考えていたら、答えなんて出せる訳もなかった。
『ごめん、まだ選べないんだ』
俺は小日向さんにそう言うとその場を逃げた。怖かった。だからって、逃げるなんて最低な行為だった。お前は最低だ。お前はクソ野郎だ。
心の中で、自分を責める言葉ばかり生まれてくる。
小日向さんは何も言わなかった。けれど、小日向さんが泣いている声が聞こえてきた。
俺たちの関係は、これで終わりなのかもしれない。
寂しいと感じるな、辛いと感じるな。全部全部お前が悪いんだから。
俺は一度教室に戻ると、荷物を持ってそのまま早退した。
学校に居るのがすごく苦しかったからだ。苦しくて、心臓をかいてしまいたかった。かいてかいてかいて、その先に何があるのだろうか?
逃げれば逃げるほど、俺は自分自身が分からなくなっていく感覚にさいなまれていた。きっとどんどん麻痺していくのだろう。麻痺をしていき、苦しい感覚が分からなくなっていって、自分の理想からかけ離れていくのだ。
痛む心を抑えながら、俺はいつものホテルに戻った。そしてベッドに横になると、そのまま眠った。眠らないとやっていけなかったからだ。眠って、眠って、起きた頃には外が真っ暗になっていた。時計を確認すると、夜との待ち合わせ時間が近い。
俺はどうしたらいいか分からなかった。このまま夜に会っていいものかと悩んでいた。しかし、夜に会いたいという気持ちが強かった。会って話をしたかった。相談にのってほしかった。
財布だけを持って、いつもの自販機の前に行った。
自販機の前には、相変わらず夜が立っていた。夜は寒いのか、手を擦り合わせながら立っている。約束はしてないが、待たせてしまったのが申し訳なくて、俺は夜に声をかけた。
「夜、もう来ていたんだな」
すると夜は、ふふっと口元を緩めて笑った。
「正人くんに早く会いたかったから、来ちゃった」
「嬉しいこと言ってくれるな」
「だって、本心だし」
「うっ」
「ふふっ照れた?」
「照れてない」
「嘘、耳が真っ赤だよ」
夜の指摘に、俺は慌てて耳を隠した。
さらにそれを見て、夜が笑った。
「ごめんごめん。嘘だよ」
「……」
「あははっそんなにふてくされないでよ」
夜は人差し指を伸ばすと、ツンツンっと俺の顔を突っついてきた。俺はされるがままだった。
すると夜は手を止めると、ジッと俺の顔を見てきた。まるで俺の心を見透かしているかのようなその目にドキリとした。
「どっちかというと、今日の君の顔はひどく辛そうだったよ。何かあった?」
「……」
「言いたくないならいいよ。いつでも、相談に乗るから。離したい時に話してよ」
「……たんだ」
「ん?」
「夜と繋がっていたことが、小日向さんにバレたんだ」
「そっか」
夜はどこか落ち着いていた。落ち着いた態度で、俺の話を聞いている。
「もしかして、キスマークでバレたかな」
「やっぱり夜がつけたんだな」
「あぁ、私が意図的に付けたよ」
夜はサラリと言った。
「どうして……」
俺はそう言いつつも、理由はなんとなく分かっていた。何となく分かっていたけど、答えが知りたくて聞いた。
夜はというと、俺の目をまっすぐ見て、何か決心したかのようだった。
「君が好きだから、私はキスマークをつけたんだ。君に私を刻みつけたかったんだ」
やっぱりという感情が、心の中を占めていく。
夜から告白されたことはとても嬉しかった。だって俺は夜のことも好きだったから。けど、どんどんと追い詰められていく感覚になった。まるで追い詰められて、後一歩で崖から転落しそうな……そんな危なさ。
「ふふっ私の告白を聞いて、どうして君はそんなに不安そうな顔をしているんだい?」
「……夜、いつから俺のことを好きになったんだ?」
「えっ?」
「答えてほしい、頼む」
夜は驚いたように目を丸くさせると、困ったような顔をしながらゆっくりと話してくれた。
「私が君を好きになったのは、私の過去を受け止めて、そして君が助けてくれた時かな。それまで君のことは知人程度にしか思えなかったんだ。けど、あの日を境にだんだんと君のことが知りたくなっていったんだ。それと同時に真昼との恋を応援することがとても嫌になっていったんだ。応援しておいて、自分勝手なんだけどさ」
「そう、だったのか」
「ごめんね、君に好きな子が居たのに体の関係を迫ったり、キスマークをつけたりして。すべては私の醜い嫉妬心なんだ」
夜はそう言うと顔を伏せた。夜がどんな表情をしているのか分からなかった。
「なぁ、夜」
「ん?」
「俺は、どうしたらいいと思う?」
「ふふっそれを私に聞くって君は残酷だな。真昼が好きなら真昼を選べばいいと思うよ。真昼を選んで、君は幸せになるんだ」
夜は顔を上げるといつもみたいにニコリと笑った。笑っているけど、目は少し潤んでいるようにもみえた。
「……」
「どうかした? 何か悩んでいるみたいだけど? 私が相談に乗るよ」
「夜、実は俺……夜のことも好きになっちゃったんだ」
「……なるほど、だから君は辛そうだったんだね」
「俺は自分がどうすればいいか分からないんだ。そのせいで、小日向さんまで傷つけてしまったんだ」
「……」
夜は俺の言葉を聞いて何も言わなかった。もしかすると、呆れられてしまったのかもしれない。いや、それでいい。こんな最低な俺なんだから呆れられた方が良いのかもしれない。
しかし夜は俺を呆れるどころか、どこか優しい笑顔を浮かべた。
「馬鹿だな君は」
「夜……」
「君は単に私と離れたくない、いわば依存心で好きだと錯覚しているだけなんだ。だから、君が好きなのは小日向さん……ただ1人だけなんだよ」
「で、でも」
「だから君は最低な父親とは違うんだ。君は元々ただ1人の人を愛していたんだよ」
夜の言葉はたしかに正しいのかもしれない。俺は夜に対して依存しているところがあり、それが好きだと錯覚してしまったから混乱してしまった。つまり、夜のことは勘違いで好きになったと錯覚しただけだということだ。
しかし、この答えに心はモヤモヤした。本当にそうなのかって。俺は夜に本当に恋心を抱いていなかったのか……。
「もし、夜の話したことが本当だとしよう。俺は君に対して依存心を抱いていたと」
「あぁ、そうなるね」
「……君は俺のことを好きだと言ってくれたけど、それでもずっと隣に居てくれるのか?」
「……居るよ。だって、君が好きだから。だから、私は応援したい。君が真昼と付き合うことを」
「……」
「行っておいで、それで真昼にちゃんと謝るんだ」
夜に背中を押される。夜は強い瞳で俺のことを見つめていた。
「真昼の手を離しちゃダメだ、君の好きになった女の子なんだろ? 初めて恋をした女の子なんだろ? だったら行かなくちゃ。そして、ちゃんと告白するんだ」
「……ありがとう、夜。俺、行ってくるよ」
俺は夜に背を向けると駆け出した。駆け出す時、夜の声が聞こえた気がした。
「ーー」
何を言っているのか分からなかったけど、俺はそのまま止まることなく走り続けた。
「さようなら、正人くん」
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