23 優等生は嫉妬する

 学校が終わり、いつものように繁華街へと向かう。夜と会うってだけで緊張してしまうが、あまり態度に出さないように気をつけようってそう思った。


「(学校で調べたことも、一瞬でも思ったことも、無しだ。無し。何にもなかったんだ)」


 もう一度頭を振り、いつもの待ち合わせ場所へと向かう。

 待ち合わせ場所には、夜がいた。


「よ……」


 しかし、そこには夜だけではなかった。夜の隣には見知らぬ男が居たのだ。

 夜がナンパ男に絡まれていると俺は思った。助けようと思った。

 けどよく見てみると夜の表情は穏やかで、男と一緒に笑顔を浮かべてるじゃないか。


「(一体誰なんだ? 夜の知り合いか?)」


 モヤっとしたものが心を埋め尽くしていく。


「(夜は俺以外に、男の知り合いが居たのか……)」


 あり得ないことではなかった。夜は一時期この繁華街で知り合った人たちが居ると言っていたし、それに仕事の人かもしれない。


 ……それか俺以外に体を重ねている男か。


 自分はとことん最低で嫌なやつだと思った。親友が誰と話していてもいいのに、モヤモヤとした感情を抱えるなんて。この感情を持つのは何回目だろう。よその家を羨ましいと感じた時か? 母親がいる生活を羨ましく思った時か?


「(俺はなんで、こんな感情を持つんだよ)」


 もう分かりきっているのに、この感情を持つ自分に目を当てたくなかった。だって目を当てれば当てるほど自分のことが嫌いになっていくからだ。


 今すぐこの場から逃げ出したかった。でも、逃げ出したくなかった。


 夜が知らない男と仲良くするのが嫌だった。


 俺だけを見て欲しかった。


 俺だけを求めて欲しい……。


 最低だと、罵られた方がどんなに楽か。


 俺は早歩きをすると、2人の元へと向かった。

 そして、

 

「ってな訳で」

「そうなんですね」


「夜、お待たせ」

「あっ正人くん」


 楽しげに話す夜と男の話に割って入った。男は俺を見ておどろいたかおをしていた。


「あっさっき言ってた、待ち合わせの相手?」

「はい、親友の正人くんです」

「初めまして、夜ちゃんと同じ職場の小田です。よろしくね」


 ヒラヒラと手を軽く振りながら、挨拶をしてきた小田さん。俺は小田さんに軽く頭を下げた。


「初めまして、多田 正人です。いつも夜がお世話になっております」

「正人くん、君の挨拶なんか母親みたいだよ」

「そっかな、つい」

「ついって」

「そっか、夜ちゃんにも春が来たんだね」

「小田さん!? な、何を言ってるんですか」

「さてさて、邪魔者は退散しようかな。夜ちゃん、正人くん仲良くねー」


 小田さんはニヤニヤと笑いながら手を振ると、そそくさと離れていってしまった。


「はぁー、どうやら小田さんに誤解されたみたいだね。まったく、君の態度が原因だよ」

「えっ?」

「親友って紹介しただけなのに、あんなに敵意むき出しの顔されたら、誰だって2人はいい仲だったって勘違いしちゃうよ」

「俺、そんな顔してた」

「うん、それはもう彼氏面してた」

「……」


 まさか、自分がそんな顔をしているなんて思わなかった。結構感情を抑えながら話しかけたんだけど、顔は嘘をつけなかったみたいだ。


「正人くん、どうかしたの? 体調悪い?」


 いつもと違う俺を心配して、夜が顔を覗き込んできた。夜の柔らかな唇が目に映る。柔らかくてとても美味しそうだった。


「正人く……んっ!?」


 俺は自分の感情をぶつけるように、夜にキスをしていた。何度も何度も角度を変えて、舌を絡ませてキスをした。普通人が通る道で俺はこんなことをしない。だって、恥ずかしいから。けれど、今は恥ずかしさとかどうでもよかった。夜に触れたい、夜を独占したいという気持ちが溢れて仕方がなかった。


「なぁ、夜」

「はぁ、はぁ、何?」

「今すぐ夜を抱きたいんだけど、いいかな?」

「……」


 夜は思案しているのか黙ってしまう。それは、そうだよな。最近まったくやってなくて、それなのにやりたいって言ったことがないおれがこんなことを言うんだから。


 っと思っていたら、


「いいよ」

「早っ!?」


 アッサリと夜の許可が降りた。驚く俺に対して、夜はくすりと笑った。


「だって、君がやりたいって言ったんでしょ? 私だって君としたかったし、いいよ」

「……今日は、優しくできないかもしれない。それでもいいのか?」

「構わないよ。君が急にこんなことを言うなんて思わなかったけど、何かあったんでしょ? 私が受け止めてあげるから」

「っ!」


 なぜ夜はこんなに優しくしてくれるんだろう。ただ俺は勝手に嫉妬して、その嫉妬の気持ちを夜にぶつけようとしているだけなのに。


「じゃあ行こっか。いつもの場所でいいよね?」


 夜はそう言いながら俺の手をとった。手をとり、どこか嬉しそうな顔で笑う。


「なんで、そんなに嬉しそうなんだ」

「ふふっ秘密」

「?」


 俺たちはいつも行くホテルに行った。そして俺はいつもより激しく夜を抱いた。こんなことしちゃいけないことだって分かっている。分かっているはずなのに止めることができなかった。


 嫉妬で狂う俺を、夜は優しく包み込んでくれた。夜の優しさに触れ、罪悪感が増していくばかりだった。


 夜を抱いた後、夜はいつもより激しい行為に耐えられなかったのか眠っている。眠っている夜に毛布をかけ、俺は1人風呂場に向かった。風呂場に行くと俺は、自分の体にシャワーをかけながら感じていた。


「(俺は、夜を異性としてみてる)」


 親友だと思っていた。唯一、分かり合える関係になれると思っていた。

 でもあの日見た夢をキッカケに、俺は夜に対して好意があったことを自覚してしまった。


「はは、最低だな俺」


 小日向さんのことも異性として好きで、なんなら夜も異性として好き。

 最低な男だと思った。なぜなら俺の心情として、1人の女性を愛することが正しかったからだ。


 だって、それじゃあ"父親と一緒に"なってしまうから。


俺の父親は、彼女が居ながら別の女性と浮気していたことがある。

 母さんが亡くなり、父親は1年後恋人を作った。その人は美代さん。とても優しくていい人だったことを覚えている。俺にも親切に接してくれたからだ.

しかし父親は、そんないい人と付き合いながら、別の女性と付き合った。浮気だった。


 俺が学校から早く帰ってきた時だ。家の前に父さんの車が停まっていた。父さんがこの時間に家にいるのが珍しくて、何となく車をのぞいた。すると、車の中には彼女ではない別の女性……今の彼女である令子さんが居たのだ。2人でキスをしていて、俺は幼いながら見てはいけないものを見てしまったような気がしたのだ。

 その時から令子さんと父親は付き合っていて、二股関係だったという。


 それから父さんは恋人を捨てたと話を聞いた。

 恋人だった美代さんは父さんに浮気のことを問いただし、めんどくさいという理由で捨てられたのだという。

 その話を聞いた時、父親は最低な二股野郎だと思った。

 だって美代さんはあれから父親に捨てられてから、精神を病み、引きこもっていると話を聞いた。話してくれたのは、美代さんの友人と名乗る人が家に来たからだ。


 俺はその時、誓った。絶対に父親のような二股なんかしないって。


 でも、今の自分はどうだろうか?


 二股はしていない。しかし、2人の女性が好きと不誠実なことをしているようにしか思えなかった。


 自分は父親と同じなのか?


 違う、俺は父親とは違う!


 父親の言うことを聞くふりをして、俺は父親とは違うんだと思ってきた。そう思うだけで気が楽だった。けど、どうだ? 今は父親に似てきてしまっている。俺はあいつの息子なのだと思い知らされるような気がした。


「くそ! くそ!」


 俺は吐き捨てるように言葉を吐いた。吐いただけでは何も変わりはしない。シャワーの水が頭から体を伝っていく。だが、モヤモヤとした気持ちは一切流れなかった。


 シャワーを浴びて服に着替え、部屋の中に入る。


 部屋の中では、相変わらず夜が気持ちよさそうに眠っていた。俺は夜の近くに座ると、夜の頬に手を伸ばした。


「んっ」


 柔らかくて、とても温かい。もっと触っていたかった。

 けど、やめた。触ることさえ不誠実だと思ったからだ。


 俺はどうすればいいのだろう? どちらかと付き合うか? それとも、2人とは別れるのか?


 決められなかった。2人との思い出はどちらも大切で、手放せないものになっていたからだ。


 俺はどうしたらいい?


 気持ちの整理がつかないまま、朝を迎えたのだった。

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