21 優等生とキスマーク
風邪が治り、その日はいつも通り学校に行くことができた。いつものように学校へ行き、優等生として過ごす。が、いつも通り過ごすことはできないでいた。
「じゃあ、この問題を。多田、答えてくれ!」
「……」
「多田聞いているのか! 多田!」
「えっあっす、すみません!!」
慌てて俺は先生に謝った。先生は普段の俺との違いに驚いていて、戸惑っている様でもあった。
「今日はどうしたんだ。そんなにボーッとして」
「あはは、少し考え事をしちゃって。すみません」
「たくっしっかりしろよ。授業中は授業にしっかり耳を傾けなさい」
「はい」
しかしなかなか授業に集中することができなかった。夢のことばかり考えてしまい、上手く過ごすことができない。だからなんだろうな。
4限目の体育は、バレーボールだった。集中していればいつもみたいにボールを返すことができた。しかし、あまり集中することができなくってボーッとしてしまい、
「委員長!」
「へっ?」
そのまま顔面で、ボールを受け止めてしまった。体育館にバンッと衝撃音が響き渡る。
「委員長、大丈夫か!?」
「あ、あぁ、大丈夫」
「大丈夫じゃねーぞ!? 委員長、鼻血! 鼻血が出てるぞ!!」
「へっ?」
鼻のあたりからタラリと温かいものが流れるのを感じた。手を伸ばし触り、確認すると赤いものが付着している。どうやら本当に鼻血が出たようだ。慌てて俺は鼻血を止めようと、鼻を押さえた。しかし血は既に流れていて、体育着を濡らす。濡れて気持ちが悪かった。
「委員長、保健室行くぞ!」
「あ、あぁ」
クラスメイトの中田くんが俺を支えて保健室に行こうとした。
「多田くん!」
その時、となりでバスケットボールをしていた小日向さんが走ってきた。手には大量のティッシュを持っていて、俺の鼻に当ててくれた。
「小日向さん、どうして」
「さっき多田くんが鼻血出したって聞いて、体育館にあったティッシュかき集めてきた。私も保健室に連れていく!」
「でも……」
「委員長、連れてってもらえよ。ふっこれが恋か。いいね」
何故か中田くんは鼻の下を指でこすると、笑顔を浮かべて俺の背中を押した。
「小日向さん、委員長のことはまかせた! お幸せに」
「何が!?」
「うん、まかされた」
そのまま小日向さんに腕を引かれ、俺は保健室まで小日向さんと向かった。なぜかクラスメイトたちから温かい目で見られていたのだった。
*
保健室は体育館をまっすぐ行ったところにあった。保健室に入ると薬品独特の匂いがして、俺は保健室があまり好きではない。
「失礼します……」
横開きの扉を押して、保健室の中に足を踏み入れる。声をかけたが返事はない。辺りを見回してみたが、保健室の先生は居なかった。どうやら保健室の先生は不在のようだ。
「多田くん、イスに座って」
「うん」
俺は小日向さんに言われるまま、イスに座った。
「多田くん、まだ血出てる?」
「えっと」
小日向さんに言われてティッシュを外してみると、血がたくさんついていた。試しにそのままにして、鼻から血が出るのか検証してみたが、血は一切出なかった。どうやら来るまでの間に、血は止まったようだった。
「どうやら血は止まったみたいだ」
「よかった」
「ごめんね、小日向さん。付き合ってもらっちゃって」
「ううん、気にしないで。けど、体操服汚れちゃった」
「うん、たくさん血が出たからね。洗わないとまずいかも」
べっとりついた血を見ながら苦笑する。すると、小日向さんがイスに座った俺に目線を合わせるようにかがんだ。
「多田くん、上脱いで」
「へっ?」
「体操服、洗う」
「いや、自分で」
「いい、多田くんは休んで。顔にボールが当たったから」
たしかにボールが当たって、当たった部分はヒリヒリするけど……もう平気だった。
「大丈夫だよ、小日向さん。自分で洗えるから。それに他人の血液を触るのは良くないからね」
「たしかに、わかった。けど、今すぐ洗った方がいい。落ちなくなっちゃう」
「それもそうだね、今洗っちゃおうかな」
ちょうど保健室には水道も洗剤もあった。これなら血を落とせるだろう。
「多田くん」
「何かな、小日向さん?」
「多田くんの制服、教室からとってくるよ。だから、今のうちに洗ってて」
「……分かった、お願いします」
「うん」
小日向さんは頷くと、保健室から出ていった。後は小日向さんが来るまでに、体操服を洗うだけだった。
なので、体操服の上を脱いでみた。
「ゲッ」
しかし残念なことに、体操服の下に着ていたシャツまでもが濡れていた。仕方がないので、俺は上のシャツを脱いで、洗剤をかけ、水でゴシゴシと洗った。血が流れ、水が赤く染まっていく。なんとか体操服とシャツについた血が落ちた。これで大丈夫だろう。
体操服とシャツを絞っていると、後ろから扉が開く音が聞こえてきた。振り向くと、そこに居たのは小日向さんで、手には俺の制服を持っていた。
しかし、何故か小日向さんは目を丸くしたまま固まっている。一体どうしたのだろうか? 不思議に思っていると、小日向さんは顔を手で覆って、そのまましゃがみ込んでしまった。
「た、多田くん! 何やってる」
「へっ? 何が?」
「なっな、んで裸なの!?」
「あっ」
言われて気がついた。たしかにおれは肌がだった。俺は慌てて前を隠し、小日向さんにゆっくり近づいた。
「そっそのごめん! シャツまで濡れていたから洗ってたんだ。制服ありがとう。渡してもらえるかな」
「な、なるほど」
小日向さんは俺の裸を見ないように、制服を渡してくれた。俺は小日向さんから制服を受け取ると、小日向さんに背を向けて、制服を着替えようとする。
「あれ? 多田くん、背中が赤くなってるよ?」
が、小日向さんの指摘で、制服を着るのを止めた。背中が赤くなってる? 一体どういうことだ?
近くにあった鏡を確認してみると、言われた通り背中の一部が赤くなっていた。これは見覚えがあった。そう"キスマーク"というやつだ。
俺は慌てて服を着替えた。
「(えっいつの間にキスマークがついたんだ。全然やってなかったんだけど!? えっえっ!?)」
そこまで考えた時、ふとこの間のことを思い出した。夜に背中を拭いてもらった時に感じた柔らかな感触。そして、チクリとした痛み……まさかあの時夜はキスマークをつけたのではないか? そうとしか、考えられなかった。
「なんか、あれみたい」
「あ、あれ?」
「キスマーク」
「ぶっ!?」
「た、多田くん大丈夫?」
まさか小日向さんからそう言われると思ってなくて、俺は吹き出してしまった。もう完全に黒って言ってるようなもんだよな。
「風邪かな?」
だが、小日向さんは気がついていないのか俺を介抱してくれようとした。
「(小日向さん、優し過ぎないか)」
俺は喉を整えると、小日向さんに向き合った。
「ありがとう小日向さん。多分だけど、昨日背中をかいてたから赤くなったのかもしれない」
「……なるほど、だから背中が赤くなっていたんだね」
「うん、だからキスマークとかじゃないんだ」
上手く誤魔化せただろうか。正直、小日向さんの表情を見ても分からなかった。
「キスマークじゃなかったんだ。びっくりした」
「あははっなんかごめん」
「ううん、多田くんは悪くない。悪いのは間違えた私。けど、よかった」
「よかった?」
「だって、それがキスマークだったらそのっそれだけ親しい人が居るってことだから。それに……背中のキスマークってそういうことだと思うから」
「えっ?」
「な、なんでもない! とにかく、鼻血も止まったことだし、早く体育館に戻ろう。戻らないと、色々勘違いされそう」
「た、たしかに。よし、戻ろう」
俺たちは保健室を出ると、体育館に戻った。俺はさっき小日向さんが言っていた言葉が頭を埋め尽くしていた。
『それに……背中のキスマークってそういうことだと思うから』
もしかすると背中のキスマークには、何か意味があるのかもしれない。
俺は授業が終わったら、その意味を調べようと思った。
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