20 優等生は、夜の夢を見る

*正人視点


 体を拭き終え、夜を呼んだ。なぜか夜は暗い顔をしていたが、その理由を教えてくれなかった。俺はあえてその理由を聞かなかった。夜は聞いて欲しくないという顔をしていたからだ。

 けど俺は気になっていた。最近なぜ夜の表情が暗くなっていったのか。あえて聞かないようにしてきたけど、聞かないといけないような気がした。


「(また今度、話を聞こう)」


 俺は決意した。親友だからこそ、悩みを共有したいからな。


「正人くん、パジャマも着替えたし、そろそろ寝ないとダメだよ。薬も飲んで、そしたらきっと明日には治っているよ」

「ありがとう。たしかに、そうだな」


 俺は夜に言われるまま、ベッドの中に入った。


「夜、本当にありがとうな。色々看病をしてくれて」

「ううん、気にしないで。私がやりたくてやっていることだからさ」

「少し気になったんだけど、看病が手慣れているようにみえたんだけど。誰かの看病をよくしていたのか?」

「看病をしていたっていうより、されていたから看病の仕方が分かっていたって感じかな。昔私って体が弱くて、よく風邪をひいていたんだ。その時、看病をしてくれない両親に変わって、お姉ちゃんが看病をしてくれたの」

「なるほどな」

「お姉ちゃんの看病の仕方を何回も見ていたから覚えね。何が必要なのか、何をすればいいのか、だんだんと分かっていたんだ。そのおかげで、正人くんの看病もできたから良かったよ」


 夜は口元に笑みを浮かべて、そう言った。その顔がとても幸せそうで、もしかすると姉のことを思い出しているのかもしれない。


「まぁ、おかゆは初めて作ったんだけど、なかなか上手くできていたでしょ? ちなみにこのおかゆはお姉ちゃんのレシピから作ったんだ」

「へぇーそうだったのか! すごく美味しかったよ」

「でしょ? また機会があったら作ってあげる」


 夜はそう言うと、寝ている俺の手を握りしめてきた。


「? なんで手を繋ぐんだ?」

「ふふっ、これもお姉ちゃんがやってくれたんだ。風邪の時って人間、誰でも不安になっちゃうからね。こうして手を繋いでいたら安心できるでしょ? 私もこうやってもらって安心できたからさ」


 たしかに夜の言う通りだった。手を握りしめられていると温かくってとても安心できた。少し恥ずかしかったし、子どもじゃないんだからと言ってもよかったんだけど……俺はこの温もりを手放したくなかった。ずっとこの温もりを感じていたかった。


「おやすみ、正人くん」

「あぁ、おやすみ。夜」


 まるでその温もりは、今まで自分が失っていたもののようだった。失っていたからこそ、その温もりがもっと欲しくなる。欲しくて、欲しくてたまらないのだ。


 夜と少し話した後、俺はいつの間にか眠りについていた。眠りについて、夢を見ていた。


「正人くん」


 その夢の中には夜が出てきた。夜と俺は一面綺麗に咲きほこる花の中で、手を繋ぎながら歩いていた。夢の中で俺たちはとても幸せだった。幸せで、このままずっとこの幸せが続いていけばいいって俺は思っていた。歩いていた時、いきなり夜が足を止めた。俺は不思議に思いながら夜に「どうかしたのか?」って聞くと、夜は言った。目からは涙が溢れ、夜は悲痛な顔をしていた。


「正人くん、これで君とはさよならだ」

「えっ?」

「君は真昼と幸せになってね。私は、君といられ幸せだったよ」


 夜は俺の手を離すと、そのまま走り去っていく。


「夜!!」


 俺は夜が放ってはおけなくて、無我夢中で追いかけた。が、石に足をとられて転んでしまう。

 転んで傷を負った足から血が溢れ出し、血溜まりになった。やがて血はかたまり、身動きが取れなくなってしまう。


「夜! 待ってくれ、夜!!」


 夜は振り向いてくれない。夜はそのまま走り去ってしまった。俺はそのまま地面を見つめ、そのまま拳を地面に叩きつけた。


「夜、俺は君のことが……」


 そこでパッと目が覚めた。

 部屋の中は明るく、どうやら眠っているうちに朝になったようだ。

 俺はベッドから起き上がると、慌てて夜を探した。しかし、夜はそこには居なかった。

 胸がとてもザワザワした。もしかすると、夜は夢の通り居なくなってしまったんじゃないかって。


 俺は部屋中を探した。しかし、夜は居ない。


「夜はどこに行ったんだ」


 その時、ピロンとスマホが鳴った。俺は慌ててスマホを確認した。メッセージを送ってきたのは夜だった。


『さすがに長居するとまずいから帰るね。あまり無理せず今日は行動してね!』


「はぁ〜〜っ」


 俺はそのメッセージを見て安心した。どうやら夜は帰っただけみたいだ。


「よかった」


 自然に漏れた言葉に俺はギョッとした。何故俺はこんなにも夢であったことに安心したのか分からなかった。

 分からない、分からないけど、夜が目の前かは居なくなることはとても嫌だった。


「けど、ずっとって訳にはいかないからな」


 いくら親友とはいえ、いつかは離れなくてはいけない。ずっと一緒に居るとしたら夫婦や恋人くらいだろう。

 それは分かっている。分かっているのに、夜と別れるのが辛く感じる自分がいた。

 いわゆるこれは夢のせいでそういう考えになっているんだって、笑い飛ばせたらどんなによかったか。


「(多分これは俺の中の感情なんだろうな)」


 恐らくだけど、俺は夜と離れたくなかった。なぜなら、俺にとって互いの傷を分かち合えるのは夜しか居なかったから。


「親友になんちゅう感情を抱いているんだか」


 これ以上考えたらいけない気がした。きっと俺は後戻りができなくなってしまうから。


 この感情に名前をつけるならきっとそれは、【友情】だ。友情以外のものはない。


「気分転換に外に出るかな」


 熱は下がった。学校があるし、あまり無理は出来ないが、そのままホテルの外に出た。


 風がとても気持ちよかった。朝だから空気がとても澄んでいるように感じた。けど、自分の心は濁っている様にも感じた。


「汚いな自分」


 なんだか自分が汚く見えてしまい、とても嫌だった。けど、これは事実だ。事実だから、仕方がなかった。

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