19 優等生、風邪をひく

 小日向さんと夜と遊んだ数日後、俺は体にだるさを感じていた。頭は熱く、立ち上がると体がフラフラとした。


「(まさか、これは)」


 なんとかだるい体を引きずって、近くにあるドラッグストアへと向かった。ドラッグストアにある体温計と風邪薬、ゼリーを買ってホテルに戻る。


 ホテルに戻ると、俺は自分の体温を体温計で計った。計って気がついたのだが、38度も熱があったらしい。


「うぅ、どっかで風邪をもらってきちゃったかな?」


 これでは学校に行くことはできない。なので、すぐに学校へと休む連絡をした。担任の先生にそのことを伝えると、すごく驚かれていた。無理もない。高校に入ってから今まで風邪を引いたことがなかったからだ。優等生たるもの休んで授業を疎かにしたらいけないからな。


「(とりあえず学校には連絡をしたし、後はベッドに横になって1日を過ごそう)」


 しばらく寝ていると、さらに体はだるくなり、咳や鼻水、喉の痛みも出てきた。


 風邪を引くなんて久しぶりのことだった。最後に引いたのは小学生5年生の頃が最後かもしれない。その時は母さんが俺のことを看病してくれたっけな。

 氷枕を変えてくれたり、頭に濡れたタオルを置いてくれたり、薬を飲ませてくれたり、りんごをすってくれたり……。


 もしかすると風邪になったことで、感傷的になっているのかもしれない。現に心細くて、昔の記憶にすがっているのだから。


 昔の記憶にすがっていると、スマホが鳴った。

 スマホを確認してみるとメッセージを送ってきたのは夜だった。内容としては、今日もあそぼう! とのことだった。

 心細さから夜と会いたい気持ちはあった。けれど、熱を出している今、体の状態から夜と会うまでに風邪を治すのは不可能だと思う。


『悪い、風邪引いた。治ったらまた遊ぼう』


 そうメッセージを送り、俺はスマホを閉じた。とりあえず早く治すために寝ようと思った。早く風邪を治して、この心細さを早く無くしたかったのだ。


 だんだんと意識が虚になっていく、視界がボヤけて、そのまま俺は眠ってしまった。



ピコンピコンっと何かが鳴る音が激しく聞こえてきた。ボヤけた視線のまま、音が鳴る方へ手を伸ばす。音を鳴らしていたのはスマホだった。

 ホーム画面をタッチすると、大量のメッセージがきていて驚いた。メッセージの送り主をみると送っていたのは夜で、100件近く送られている。


「(な、なんだ? 何かあったのか?)」


 慌ててメッセージをタップすると、「大丈夫?」「今から向かう」「部屋番号何番?」っというメッセージの内容が送られてきた。

 どうやら夜は俺が風邪を引いたのを心配して、メッセージを送ってくれているようだった。


「(けど、夜って今日も仕事だよな? 今から向かうってどういうことだ?)」


 あまり頭がボーっとして、その時は深く考えることができなかった。とりあえず自分は大丈夫なことと、部屋番号を伝えた。


 それから10分後、ピンポンっと部屋のベルが鳴った。気のせいかと思ったけど何度も鳴るので気になって扉を開けると、そこに居たのは夜だった。口にはマスクをして、手にはたくさんのスーパー袋を持っている。


「よ、夜!? どうしてここに」

「さっき君から部屋の番号を聞いたからね、居ても立っても居られなくて来ちゃった」

「いや、来ちゃった! じゃないって! 俺今風邪を引いてるんだよ!? 移っちゃうって」

「ふふっそれは、心配無用さ。私は完璧に風邪対策をしてきたからね。とりあえずここで騒いだら、摘み出される可能性もある。中に入れてくれないか?」


 夜はなぜか上目遣いで、俺を見つめてきた。その瞳に見つめられるとどうも断りきれなくて、仕方なく俺は部屋の中に夜を入れた。


「じゃあ、数十分だけ。ってか仕事は?」

「あぁ、仕事は休んできたよ」

「えっ?」

「あぁ、ちゃんと連絡はしたよ? 家族が熱を出したから休ませてくださいって」

「いやいや、休むほどのことじゃないじゃん! ってか家族って嘘をついてるし!?」

「君はそうかもしれないけど、私にとっては一大事だったんだ。君は親友だからね。親友を放っては置けなかったんだ。ちなみに家族だって嘘はついてないよ? 正人くんは私にとって、親友以上家族未満の存在だからね!」

「……そっか」

「ちなみにホテルの人にも話をつけてきたから。私はやる時はやる女だよ」


 パチンと右目を閉じて、夜はウィンクをしてきた。その言葉にむず痒さを覚えた。誰かに自分を優先してもらう感覚は久しぶりだったからだ。


「とりあえず君はベッドに横になってほしい。あっ氷枕買ってきたから頭の下に置こうか」


 夜はそう言って、氷枕の準備を始めた。それからタオルを首に巻いてくれたり、替えのパジャマを買ってきてくれたり……その手つきは手慣れていて、誰かにやってあげたんだなって思った。


「よし、こんなもんかな。君は安心して眠ってくれ。眠らないと始まらないからな」

「あぁ、ありがとう夜」

「気にしなくていいよ。さぁ、ゆっくり眠るんだ」


 夜が俺の体に毛布をかけてくれた。ポンポンと一定のリズムで布団を叩かれるとなんだかすごく眠くなっていって……気がつけば俺はそのまま眠っていた。



 眠りから覚めた時、時刻は夕方の17時になっていた。かなり眠っていたらしい。まぶたをこすりながら、ベッドの上から起き上がる。


「あっ正人くん起きたんだね」

「夜!? まだ居たのか」

「いちゃ悪いのかな?」

「そうじゃなくって、俺結構な時間寝ていたのに。こんなに長時間そばにいてくれたのか?」

「当たり前だよ。もし目が覚めた時、近くに人が居なかったら寂しいだろ? その気持ちは痛いほど分かるからね」

「夜……本当にありがとう。すごく嬉しいよ」

「ふふっ、どういたしまして」


 夜が不意に俺の頭に向かって手を伸ばしてきた。そして俺の髪に触れると、優しく撫でてくれたのだ。その手つきがすごく気持ちがよくって、また眠ってしまいそうになった。

 眠ってしまいそうなギリギリのところで、俺の額に触れるとを、


「少し熱が下がったんじゃないかな? 会った時よりも顔色がよくなっているよ」

「たしかに、さっきよりも体が楽になったような気がする。現に少しお腹も空いてきたようだ。


「よし、じゃあおかゆを用意しよう。まぁ、私が作ってきたやつを持ってきたんだけどね」

「いやっ、ありがたいよ!」

「ふふっ。正人くんはおかゆになに乗せる? 梅干しや漬物もあるよ?」

「梅干しでいいかな」


 そう言うと夜は、丸く太い水筒の中からおかゆを取り出し、持ってきたお椀の中に入れた。そしてその上に梅干しとスプーンをのせて、俺に渡してくれた。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。これって、夜の手作り?」

「うん。まぁ普通に美味しいと思うよ? だから、安心して食べてね」

「いただきます」


 スプーンでおかゆをすくい、口の中に入れる。たしかに普通におかゆの味だったけど、すごく美味しかった。塩加減とかおかゆの状態とか。口に入れると溶けていき、何杯でもいけるような気がした。

 けど実際には一杯が限界で、そこで食べるのをやめた。

 あとは薬を飲んで、もう一度寝ようとしたのだけど……


「正人くん、パジャマ替えた方がいいんじゃないかな。汗で寝にくくなってるんじゃないかな?」

「そうだな、パジャマに着替えようかな」

「はい、ついでに買ってきたよ」

「でも、サイズが……」

「まぁまぁ、着てみれば分かるよ」


 夜に即され、ためしに上だけ羽織ってみた。着心地が良く、ちょうどサイズもピッタリだった。


「あれ? 俺、サイズピッタリなんだけど? すごいな、よくちょうどピッタリのサイズを見つけてきたな」

「まぁ、君のサイズは"把握済み"だったからね」

「えっ」

「ん?」


 シーンとその場が静かになった。無理もない。なぜなら、夜は俺のサイズを把握済みと言ったからにほかならない。


「(えっなんで俺のサイズを把握してるんだ!?)」


「ぷっくく」

「?」

「あはっ、もう我慢できない。あははっ」


 何故か夜は、お腹を抱えて笑い出した。意味が分からず首を傾げると、夜は笑いながら言った。


「君の服を何回か着る機会があったからね。興味本位でサイズを確認していたんだ。でっ覚えていたってわけだ」

「な、なるほど」

「ふふっ君の引き攣ったような笑顔、すごく面白かったよ」

「そりゃあそうだろ。教えてないのに、サイズを知ってるんだし」

「たしかにそれは怖いな。少し君をからかいすぎてしまったかもしれないね」

「わかったならよしっ」

「ありがとう」


 とりあえず夜が持ってきてくれたパジャマに着替えることにした。しかし、汗をかいているということで、体をタオルでふくことになった。

 ふいている間は、夜にシャワー室に居てもらおう。


「夜、悪いんだけど体を拭いている間はシャワー室に居てくれないか?」

「えっなんで?」

「えっ?」

「えっ?」


 何故か首を傾げて、部屋から出て行こうとしない夜。


「なんでって、その」

「君と私の関係をなんだと思ってるの。互いの裸なんて見慣れているし。だから、恥ずかしがる必要なんてないんだよ」


 たしかに夜の言い分は分かる。分かるが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 しかし、いくら夜に言っても頑なに部屋から出て行ってくれそうにないし……これは、要求を飲むしかないな。

 俺はため息を吐くと、パジャマの上を脱いで、素肌を夜に見せた。


「背中だけ頼むよ。後ろが拭けなくて困っていたんだ」

「えー別に全身だって……」

「後ろだけ、お願いします!」


 ということで、背中だけを拭いてもらうことになった。夜はシャワー室でタオルを濡らしてくると、俺の背中にタオルを当てた。

 そしてゆっくりとタオルを当て、優しい手つきで拭いてくれたのだ。


「熱くない? ぬるま湯で濡らしてきたんだけど」

「あぁ、ちょうどいいよ。ありがとう」

「いえいえ、正人くん気にしなくていいよ。しっかり拭いてあげるからね」


 会話はそこで途切れた。

 拭く音と、互いの息遣いが聞こえてくるだけ。

 なんだかとっても気持ちよくて、そのまま眠ってしまいそうになった。眠さを堪えながらなんとか必死に耐えていると、急に夜が俺の背中に手のひらを当ててきた。そしてそれと同時に柔らかな感触と、背中にチクリと痛みが走る。


「いっ!」

「あっごめんね。間違えて君の背中をかいちゃったよ」

「なるほどな。驚いたよ。いきなり痛みを感じるんだから」

「ごめんね、少し赤くなっちゃった」

「そんくらい大丈夫だ。ほっとけば直るしな」


 そう言うと夜は、再び「ありがとう」と言った。


「背中も拭き終わったし、私は一旦シャワー室に行ってくるよ」

「あ? あぁ、ありがとう」

「なになにその反応。まさか、私に見て欲しかったの?」

「ち、違うって! そう言う意味じゃないから!」

「ふふっ、分かってるよ。じゃっ、終わったら呼んでね」


 ヒラヒラと夜が手を振りながらシャワー室に入っていった。俺はそれを見届けてから、前の方を拭いた。


 汗をかいた時に体を拭くと、やっぱり気持ちが良かった。



*夜視点


 やってしまったと思った。気持ちが抑えることができなかった。

 君の幸せを願うなら、気持ちを抑えないといけないことも分かっていた。でも、できなかった。


 正人くんに私が好きだということを知ってほしかった。


 正人くんの心の中に、一生私を残して欲しかった。


 無理だということは分かっている。分かっているからこそ"あんな行動"をしてしまったのだろう。


 君の背中を見ていると、私を刻みつけたくなった。私を刻みつけて、私の思いを残したかった。


 無意識に口をつけ、強く吸った。真っ赤な花が、君の背中に咲いた。


 私はそれを見て、ダメだと分かっていても笑みを浮かべずにはいられなかった。


「あぁ、私はとことんダメなやつだ」

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