18.5 優等生、ラーメン屋に行く
夢のような時間でも、終わりというものはすぐに来てしまう。煌びやかな夜のパレードが終わり、遊園地に居た人たちはそれを皮切りに、出口へと向かっていく。
俺たちも他の人たちと同じように夢から覚めるために、動き出す。
「終わっちゃった」
「なんだかあっという間だったね」
「うん、もっと見たかった」
「また来ればいいよ」
「そうだね」
それから2人とも遊園地に来て疲れてしまったのかまったく喋らなかった。俺もなんだか体がだるくて、電車の外の風景を流れるまま見ていた。窓の外にはたくさんのビルが並び、人々が行き交っているのが見えた。
あの人たちは何をしているのだろう? 一体何を抱えているのだろうか?
世の中に人は沢山いて、一人一人考えを持っている。だからこそ、初対面では気づけない闇を持っている可能性もある。
……なんて、何を考えているんだろうな俺。少し感傷的になりすぎたのかな。
気がつけば降りる駅に着いていた。俺たちは電車から降りると、朝待ち合わせした場所まで戻ってきた。
「じゃあ、ここで解散しますか。とりあえず私が言えることは、正人くんは真昼を家まで送ってあげな」
「えっでも、夜ちゃんは?」
「私はここから家が近いから平気。それよりも家が遠い真昼を1人で返すわけにはいかないでしょ?」
夜の言い分はもっともであるが、夜を1人で返すのにも気が引けた。まぁ、いつも深夜に別れているけど、両親のこととかあるしな。
そんなことを考えていると、小日向さんがスッと手を上に上げた。まるで授業中に問題が分かって手を上げる子のようだった。
「私、親が迎えにくることになってるの。だから、多田くん夜ちゃんを送ってあげて」
「えっ? そうだったの」
「うん。親が心配性で、さっきからメッセージが鳴り止まない」
小日向さんが見せてくれたSNSには、沢山のメッセージが来ていた。「迎えに行こうか」「いまどこ?」「お母さん心配」などなど。
けどそのメッセージは温かみに溢れていて、見ているだけでなんだか微笑ましかった。夜もそう思ったのだろう。口元に笑みを浮かべていた。
「真昼、愛されてるね。いい、お母さんじゃない」
「心配し過ぎ! 少し困る。いつも誰と遊ぶとか、何時に帰ってくるか聞いてくる。私は子どもじゃない!」
「彼氏と居るってこと伝えてるの?」
「ぶっ!?」
「た、多田くんはまだ彼氏じゃない!!」
「へぇー、まだなんだ」
「うん、まだ!」
俺はすごく恥ずかしくて、顔が真っ赤になるのを感じた。小日向さんは拳を握って何かを決意してるし、夜はクスクスと笑っている。
「さて、真昼のお母さんが心配しちゃうからそろそろ解散しますか」
「うん」
「だな」
3人の意見が一致し、そのまま解散の流れになった。
「じゃあね、多田くん。夜ちゃん、またね」
「あぁ、小日向さん気をつけてね」
「真昼、バイバイ」
「うん!」
小日向さんは手を振ると、そのまま駅にある駐車場に向かって走っていってしまった。俺たは小日向さんが見えなくなるまで見送ると、2人同時に歩き出した。きっと夜は家には帰らないのだろう。現にいつもの繁華街に向かって歩き出していたから。
「いい子だったね、真昼。あんないい子滅多にいないよね。すごくびっくりした」
「……なんかあったのか、夜?」
「え、何が?」
「顔、なんか暗いぞ?」
不思議そうに俺の顔を見てくる夜。けど何故か暗い顔をしていた。気になって夜にそう問いかけると、夜はいきなりふふっと笑った。
「そりゃあ、今日あんなにアトラクションに乗ったからだよ。名一杯楽しんだから疲れちゃうでしょ」
「そうか、俺にはそうは……」
「はいはい、この話はもうおしまい」
パンパンと両手を打って、夜は話を遮ってきた。もしかするとこれ以上触れられたくないのかもしれない。俺はあえて触れなかった。触れられたくない話は誰にでもあるからな。
「ところでこの後どうするんだ? 疲れてるなら家まで送るぞ?」
「うーん、今は家に帰る気分じゃないかな。なんだか誰かと長く遊ぶのが久しぶりで、少し興奮してるかも」
「俺とは毎日遊んでるじゃん。それは違うの?」
「なんていうかな、正人くんは違うんだよね。友だち以上親友以上って感じだし。もう、恋人を飛ばして家族みたいなもんかな」
「まぁ、その気持ちは分からないでもないな。俺も夜とは家族以上に一緒にいるからな」
「じゃあ、結婚して家族になっちゃう?」
夜にそう言われて、少し想像してしまった。夜がいて、俺がいて、家庭はいつも賑わっていて、それはそれで楽しいと思った。
「いいかもな、俺たちなら上手くやれそうだし」
「ふふっけどダメ。君には真昼が居るでしょ? 私なんかを選んじゃダメだよ」
そう言いながら、夜は少し悲しい顔をした。眉毛を下げて、まるで泣くのを我慢している子どものようだった。なぜかその笑顔を見ていたら胸がギュッと苦しくなって、夜の手を握りしめたくなった。けど、手に触れる直前で俺は手を引っ込めた。
「たしかに、俺は小日向さんが好きだ。少し軽率な発言だったかも。ごめん」
「ううん、気にしないで。元はといえば私が話だしたことが原因だし……あっ見てみて、正人くん。ラーメン屋があるよ。ちょっとラーメンでも食べて行こうよ。お腹すいちゃったし」
夜がラーメン屋の赤いのれんを見て、いきなりはしゃぎ出した。なんだかラーメン屋から漂う匂いを嗅いでいたら、少しお腹がすいてきた気がした。
「(たしかに、お腹すいてきたかも)」
俺のお腹が微かにくぅーっと音を鳴らした。
「じゃあ、ラーメン食べるか」
「うん!」
俺たちはのれんを潜り、ラーメン屋に入ることにした。
*
夜と外食は行くのは何回かあった。朝、空いている牛丼屋や喫茶店、ファミレスに入って朝ごはんを食べたりすることがあったのだ。
しかし、2人でラーメン屋に入るのは初めてだった。
「私、ラーメン好きなんだ。ここのラーメン美味しいんだよ」
「へぇー、そうなのか」
「あっ私よく来るから正人くんの分も頼んでいいかな? すごく美味しい組み合わせがあるんだ」
「じゃあ、お願いしようかな」
「うん、まかせて」
夜はそう言うと、ラーメン屋に置いてあった発券機をものすごい速さで押した。ピピピピッとまるで音楽を奏でているかのようだった。唖然としていると、発券機から出てきた券をとって夜が言った。
「よし、これでオッケー! めちゃくちゃ美味しくてびっくりすると思うよ!」
「そうなのか、めちゃくちゃ楽しみなんだけど」
数十分後。
「えっ?」
野菜がもりもりに盛られたラーメンが出てきた。
突然のデカ盛りラーメンの登場に、俺は空いた口が塞がらない。
「それじゃあ、いただきます!」
当の頼んだ本人は美味しそうに野菜をパクパクと綺麗に食べていく。
「(た、頼んでいいって言ったのは俺だし、キレイに食べきらないと)」
後ろを振り向くと、席が空くのを待っている人たちがいた。
「(列もできてるし、早く食べないとな)」
俺は意を決して割り箸を持つと、野菜に箸を伸ばした。野菜をとり、口に入れる。野菜だけのはずなのに香ばしくてとても美味しい。
「(旨い! これなら食べ切れるかも!?)」
俺はパクパクと野菜を食べていった。それはもう早いスピードで。
数十分後。
俺の目の前にはどんぶりに盛られた野菜があった。そう、俺は野菜を食べ切ることができなかったのだ。
「(め、麺までたどり着けなかっただと!? うぅラーメンどうしよう)」
「ふぅ、ごちそうさまでした」
「えっ?」
隣から手を合わせる音が聞こえてきた。自分の食べているラーメンにしか集中していなかったが、夜はラーメンを食べ切ったのか!?
まさかと思いつつ横を見ると、夜はスープまで飲み干して、ペロリと完食していたのだ。まさか、夜が完食するとは思わなくて空いた口が塞がらない。
「ん? どうしたんだい正人くん。そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
「いや、その」
「ははん、私がこの量のラーメンを食べれたことに驚いているんだな。私、普段はあまり量を食べないからね」
「つまり、夜は大食いなのか」
「食べる時には食べる、食べない時には食べないって感じかな。今日は好きなラーメンだったからこんなに食べたんだ」
「はへー」
まさかの夜の新たな一面を見れたことに、俺は正直驚いていた。どんどん最初の時のミステリアスなイメージからかけ離れていってる気がする。
「(まぁ、それが逆に夜らしくていいのかもしれないな)」
「とりあえず君はラーメンを食べ切ることができなかったんだね」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ、もったいないし。私がパパッと食べちゃうよ」
夜はそう言うと、俺のどんぶりを自分に引き寄せて、ラーメンを食べ始めた。気持ちいいくらいラーメンに乗っていた野菜はみるみる無くなっていく。
「うんうん、やっぱりここのラーメンは美味しいね」
気がつけばさっきまで見えていなかった麺にまで到達していた。麺や具を食べ、スープまで飲み干し、夜はラーメンを完食した。
「君のがもったいなくて食べたけど、体重に反映されそうだな。当分は、抑えないとな」
夜が完食したと同時に、店中で拍手が巻き起こった。どうやら周りのお客さんも夜の食べっぷりを見ていたようだ。
「ふふっ、ありがとうございます」
夜は少し恥ずかしかったのか、顔を少し赤らめながら頭を軽く下げていた。
なんだか夜を見ていたら、ラーメンを食べていた姿がカッコよく見えてきた。
「夜、いやっ夜さんと呼んだ方が良いかな?」
「やめてくれ! めちゃくちゃ恥ずかしいから」
「夜にも恥ずかしいって概念があるんだな」
「あるよ! 私も人間だよ? 恥ずかしくなることはあるさ」
ラーメンはとても美味しかった。夜の新たな一面を知られて良かった。
「(友だちとラーメン、なんやかんやよかったな)」
また、ラーメンを食べたいと思った俺だった。
「(今度は完食できるようにしないとな!)」
「ふふっ、燃えてるね正人くん。まぁ、頑張れ)」
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