15 優等生は真昼に恋をしていた


 俺はもしかすると、小日向さんに恋愛感情を抱き始めているのかもしれない。正直父親とのいざこざがあり、俺は付き合った女の子に迷惑をかけたくなくて、誰とも付き合わないと決めていた。一生独身でもいいかなっと、考えたくらいだ。けれど、小日向さんのことを悩んでいた俺に、夜が言った言葉……


『たしかに君は特殊状況下に居て、相手に迷惑をかけてしまうんじゃないかって考えるのも当然だよ。だけどね、だからと言って"自分の幸せ"を棒に振ることはないんだ。君は悪くないんだからね。だから、でも俺はって自分を卑下する必要なんてないんだ』


 その言葉が自分の中で、後押しになったのかもしれない。だから、小日向さんに対して気持ちがどんどんと加速をしてきたのだろう。もうさっきからなん度も頭のなかで「まいったな」と呟いている。初めての経験だった。初めての感情だった。


 俺は戸惑いながらも、小日向さんと話しをしたり、簡単にできるゲームを遊んだりした。


「外が暗くなって来たね」

「そうだな」


 気がつけば外は暗くなり、助けが来ないまま夜になった。

 その時間になると、俺たちは喋り疲れて、窓の方を見ていた。


「人、来ないね」

「……寒くない?」

「うん、平気。お母さんそろそろ気がついたかな」


 小日向さんのお母さんが気がついて連絡をいれてくれることを願うしかない。


「へくち」


 なんて考えていると、隣から可愛いくしゃみが聞こえてきた。どうやら小日向さんは寒いのか手を擦り合わせている。寒くないとは言ったけど、やっぱり寒かったのかもしれない。


「やっぱり寒いでしょ?」

「寒く、へくち」

「小日向さん」

「少し肌寒いかな」


 にへっと小日向さんは笑った。俺はその笑った顔にキュンとしながら、着ていたブレザーを小日向さんにかけた。

 小日向さんは、驚いたような顔で俺を見てる。


「これ……」

「寒いんだろ? 俺のブレザーでよければ着てほしい」

「でも多田くん、冷えちゃう」

「俺は大丈夫だよ。少しくらい冷えたって……くしゅっ」


 かっこよく決めたはずが、俺はくしゃみをしてしまった。小日向さんに、寒いことがバレてしまった。かぁぁっと顔が熱くなる。


「ふふっ」

「い、今のは埃のせいで!」

「多田くん、強がりはダメ。はい、どうぞ」


 そう言うと、小日向さんは俺の体にぴったりとくっついて、ブレザーを半分かけてくれた。2人でブレザーをかけて座っている状態になった。


「こ、小日向さん、さすがにこれはまずいんじゃ?」


 主に心臓が。


「うん、たしかにまずい。心臓ドキドキいってるもん」


 小日向さんは顔を赤く染めて頷いた。


「けど、これで寒くない。むしろ、お得?」

「ま、まぁ、たしかにね」


 温かくなるからお得っちゃお得だけど、小日向さんと密着していると色々感じてしまう。小日向さんの甘い香りとか、当たっている体の感触だとか、小日向さんの息遣いとか……


「……」

「……」

「「あの!」」

「こ、小日向さんからどうぞ!」

「ううん、多田くんから」

「や、やっぱり、離れた方がいいと思うんだ。男女がこんな距離でいたら誤解されるし、それに良くないと」

「別に誤解されてもいい、多田くんとならいいよ」

「うっ、で、でも」

「多田くんは、イヤ?」

「そ、そんなことないよ! むしろラッキーというか!」


 つい出てしまった言葉を慌てて抑える。すると小日向さんは、嬉しそうな顔で俺を見た。


「今、ラッキーって言った?」

「……言った」

「やった。少しは私のことを意識してくれたんだね」


 いや、むしろそれ以上に君を意識しているかもしれない……なんて、言えない。恥ずかしくて。言えたら一番良いことは分かっている。けど、今ではないと思ってしまった。

 というか告白するならもっと素敵な場所でしないなって考えたり。


 頭の中に浮かんでくるのは、お花畑にいる俺たち。お花畑の中で俺は小日向さんに告白をする。すると小日向さんは嬉しそうに笑う。


「やっぱり離れるよ!」

「わっ! 多田くん」


 俺は耐えられなくなって、小日向さんから離れようとした。が、離れようとした時小日向さんが俺のブレザーを掴んできた。掴まれたことで、俺は床に倒れ込んだ。さらにその勢いもあって、小日向さんも倒れ込んでしまう。


「ご、ごめん。反射的に大丈夫!?」

「う、うん大丈夫だけど……」


 けど今の状況はまずかった。小日向さんが俺にのしかかるように倒れ込んできたのだ。俺の体に小日向さんの胸が当たる。柔らかなそれに、着痩せするタイプなのかと考えてしまう。って、俺は何を考えているんだ!?


「こ、小日向さん、申し訳ないけど離れてもらえるかな?」

「う、うん? 重かった?」

「重くない! むしろ軽いよ! けどさすがにこの態勢はまずいからさ」

「まずい?」

「その、色々とね」

「?」


 小日向さんは不思議そうな顔をしながら、俺から離れた。俺はというと床から起き上がると、もう一度扉に頭を打ちつけた。


「た、多田くん!?」

「再びぼん脳が浮かびそうだったので」

「ぼ、ぼん脳が」


 そんな時だった。体育館がキィっと扉を開ける音が聞こえてきた。誰かが来たのかもしれない。

 俺たちは顔を見合わせると、扉を叩いて叫んだ。すると何人かが走り寄ってくる音が聞こえてきた。そして扉がガチャンと開き、そこにいたのは先生たちだった。


「居たぞ!」

「多田、小日向、大丈夫か?」


 担任の鈴木先生が駆け寄ってきた。俺たちを見つけて安堵しているようだった。


「(よ、よかった〜)」



 それからの展開としては、俺たちは無事体育館倉庫から抜け出すことができた。


 話を聞いたところによると、小日向さんのお母さんが「娘が帰ってこない。連絡がつかない」と学校に連絡したらしい。そこから先生たちは他の生徒に聞いたり、学校の中を探して、俺たちをみつけてくれたらしい。小日向さんのお母さんが居なかったらどうなっていたか!


 とにかく抜け出す事ができた俺は安堵した。

 俺はバックからスマホを取り出すと、すぐさま夜に連絡した。時刻は20時。夜と待ち合わせするのは19時だったので、予定より時間が過ぎていた。


 メッセージを確認するとたくさんきていて、俺は簡単に事情を説明し、今から向かうとだけ送った。夜からはすぐ返事が来た。「わかった」とだけ返ってきた。


 夜にも連絡したし、後は帰るだけ。

 小日向さんは先生が親御さんに連絡したので、迎えに来るとのこと。俺の場合はというと、父さんに先生が連絡したらしいが一向に出なかったとか。父さんのことだ。どうせ恋人とイチャイチャしているんだと予想ができた。


「多田、先生が家まで送ってくよ」

「……ありがとうございます」


 本当は断りたかった。なんなら繁華街まで連れて行って欲しかった。

 けど優等生像が壊れるのはイヤだったので、大人しく家に帰ることにした。そっから繁華街に向かえば問題ないだろう。ただ繁華街とうちの方向が反対なので、行くのに時間は掛かってしまうが、しょうがない。


「よし、多田いくぞ」

「はい」


 先生にそう言われて、俺は小日向さんを振り返った。


「小日向さん、またね」

「うん、またね」


 少し照れ臭かったが、またねって言い合えるだけ嬉しかった。


「青春だな〜、2人は付き合ってるのか?」

「「つ、付き合ってません!!」」


 先生に俺たちはそう言った。まぁ、事実付き合ってないからな。ただ、小日向さんはしゅんとした顔をしていた。自分で言ってショックだったのかもしれない。


 小日向さんとは、そこで別れた。

 互いにヒラヒラと手を振り合い、先生の車へと向かう。

 そして先生の車に乗ると、家まで送ってもらった。


「じゃあな、多田。また明日」

「はい、ありがとうございました」


 先生の車が走り去っていくのを見ながら、俺は家を眺めた。予想通り家の電気はついていて、父さんが家に居るのが分かった。


 一様毎日家に帰ってきてるとはいえ、夜の家を見るのは久しぶりのことだった。俺はジッと家を見て繁華街の方に帰っていった。


 俺の今の家は、あっちだったから。



 繁華街にあるお店は深夜遅くまでやっていた。お店の中には化粧品やら生活用品、そしてキャンプ用品まであり、なんでもそろうこのお店はなんでも屋と呼ばれていた。


 俺はなんでも屋に入ると、おもちゃの棚に近づいていった。おもちゃの棚にはたくさんのパーティーグッツなどが並べられていて、その中にお目当てのオセロを見つけた。夜と遊ぼうって約束していたからだ。


 オセロを買うと、俺は店を出た。そして走って約束の場所に向かった。


「ぁっ」


 約束の場所の自動販売機の前に行くと、夜はそこに居た。自動販売機の前で寒そうに手を擦りながら待っていた。


「夜! お待たせ」


 俺が声をかけると、夜はこちらをクルッと振り返って、ムッとした顔をしていた。


「夜?」


 不思議に思って夜に声をかけると、夜は慌てていつもの顔に戻った。なんだかその動作がとても不自然だった。


「なんでもない。それより、よかったね。体育館倉庫だっけ? 脱出できて」

「あぁ、良かったよ。脱出できなかったら大変なことになっていたよ」

「小日向さんと2人っきりだったんだっけ?」

「うん、そうなんだよ。もうドキドキが止まらなくてさ」


 俺は夜に小日向さんへの気持ちは、既に話していた。小日向さんが気になる女の子で、小日向さんと居るだけで楽しいって。夜は俺の話をなんでも聞いてくれた。


「……」

「ん? どうしたんだ夜? そんなに難しそうな顔をして?」

「? 私、今そんな顔してる?」

「あぁ、眉間に皺が寄ってる」

「……そうか、私は今難しい顔をしているのか」


 ......けど最近、小日向さんの話をすると顔が暗くなっていた。どうしたのか聞いても、自分でも分からないみたいで困惑していた。一体どうしたのだろうか?


「きっと、仕事で疲れてるんだよ。だから、難しい顔をしちゃってるのかもしれないな。気分を悪くさせたならごめんね」

「なるほど、仕事で疲れてるのか。あんまり無理するなよな。それとも今日は解散する?」

「いや、いいよ。私は君と会うことで疲れをリフレッシュさせているからね。このまま帰ってしまったら逆にストレスが溜まりそうだ」


 ふふっと夜は笑いながら先を歩く。夜がそう言ってくれたことが、とても嬉しかった。


「いくよ、正人くん。今日はオセロを教えてくれるんでしょ?」

「あぁ、たっぷりしごいてあげるよ」

「お手柔らかに」


 俺たちはオセロをするべく、いつものホテルに向かって歩いていった。

 夜が俺と会うことでリフレッシュできているなら、とことんリフレッシュをさせてあげないとな。

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