14 優等生は真昼と夜を過ごす

 ガチャンと重い扉が閉まる音がした。振り向くと、体育館倉庫の扉が閉まっていた。それと同時にガチャガチャと何かをやっている音が聞こえ、静かになった。


「えっ? 何の音?」

「まさか……」


 俺は嫌な予感がして、扉を開こうとした。しかし、扉はびくともしない。


「……どうやら、扉の鍵をかけられたみたいだ」

「えっ」

「おーい! まだ、倉庫の中にいるぞ! 誰か居ないのか!!」


 ガンガンと扉を叩きながら、俺は中に人が居ることを知らせようとした。しかし、数分間叩き続けても誰も来やしない。


 もしかすると、体育館から出ていったのかもしれない。


「(俺の荷物置きっぱなしだったのに、なんで気が付かないんだよ!?)」


 なんて、文句を言っても仕方ない。このままじゃ、体育館で一夜を過ごしてしまう可能性がある。


「あっでも、部活の時間になったら、誰かが開けてくれるか。それまでなら……」

「今日部活ない」

「あ」

「先生たちの研修、みんな下校した」


 小日向さんの言葉に、黙ってしまう。そうだ、今日は先生の研修があるから午前中で終わりだったのだ。


「誰か居ませんか!!」


 俺は必死に声を出した。が、返事はない。


 なので、体育館倉庫につけられた窓の方へ向かった。体育館倉庫には小さな窓があり、柵が付いていた。換気目的なので、人が通り抜けできないようになっている。

 でも、声を出せば誰かが聞いてくれるかもしれない。俺が声を上げると、小日向さんも大きな声を出して、助けを呼んだ。しかし、誰も来ない。


「はぁはぁ、なんで誰も気が付かないんだ」

「そ、倉庫のある場所が、あまり人が来ない場所だからじゃない、かな」


 小日向さんの言う通りだった。倉庫のある場所はあまり人通りがない場所にあった。つまりいくら叫んだところで、助けが来る確率は低いということだった。


「(くそ、どうしたらいいんだ。どうやったら、助けを呼べるんだ?)」


 そんな時、俺はあることをひらめいた。


「そうだ! 小日向さん、スマホ持ってない? それで誰かを呼べば」

「! た、たしかに」


 小日向さんはポケットからスマホを取り出した。


「(よ、よかった、小日向さんがスマホを持っていて! 俺はバックのままに入れた状態だったからな。これで、助けを呼べる! ありがとう、文明の力!)」


「圏外になってる」


 俺は思わず床をスライディングしそうになった。今日はことごとく運が悪いと思った。

 

 一様小日向さんのスマホを確認させてもらうと、スマホの右上に圏外とかかれていた。


「こ、こうなったらいっそ、扉を蹴破るしか」

「小日向さんストップ! さすがにこの頑丈な扉を蹴破るのは無理だって!? それに足怪我しちゃうから!?」

「離して、多田くん!」


 俺は蹴破ろうと扉に向かって行く小日向さんを、慌てて後ろから掴んで抑えた。小日向さんはしばらく暴れていたが、観念したのかしゅんと大人しくなった。

「(小日向さんって、意外に男らしい考え方をするんだ)」


 小日向さんの新たな一面を見た気がした。

 俺は小日向さんから離れると、もう一度扉を引いたり、押したり、叩いたりした。しかし、扉はビクともしなかった。


「うーん、ビクともしない。これじゃあ、倉庫から出られそうにないな」

「無理そう?」

「あぁ、誰かが来るまで待つしかないみたいだ」


 とりあえず俺たちは、床に腰を下ろすことにした。本当はマットがよかったけど、マットは埃っぽくて、座ると汚れそうだったからだ。


「明日まで、閉じ込められたままなのかな」

「うーん、でも小日向さんの親御さんが、小日向さんが帰ってこないのに気がついて学校に連絡したりするかも」

「たしかに、そうかもしれない。あっでも、お母さん仕事があるから気がつくの夜かもしれない」

「なるほど」

「……」

「? どうかした?」


 なぜか小日向さんは俺をじっと見て、顔を赤く染めた。小日向さんの表情を見て、俺は今の状況を思い出していた。

 俺は脱出のことばかり考えていたけど、今は小日向さんと2人っきりで閉じ込められている。


「べ、別に!!」


 体育館倉庫に閉じごめられるなんてよくあるシチュエーション。そんなシチュエーションでは何かが起きることが決まりだった。


「(いやいや、あくまでアニメや漫画の話だし! そんなこと、現実で起きるわけないだろ!!)」


 でも、考えてしまう。何かが起きるんじゃないかって。

 そう考えてしまうのは、小日向さんが現在進行形で気になる女の子だからかもしれない。


「(今までの俺なら、こんな事なかったのに! くそっ心臓がバクバク鳴って仕方がない!)」


「暇だし、何か話そっか」

「そ、そうだね」


 とりあえず雑談をして、気を紛らわせることにした。雑談をしたら気も紛れるし、一石二鳥なんだけど……


「えっと、その」

「……」


 まったく話が思いつかなかった。


「(な、なんでなんだよ!? いつも2人で昼を食べる時には、こんなことならないのに!?)」


 体育館倉庫というシチュエーションがそうさせているのか、それとも俺は何かを期待してるのか?


 俺は無言で立ち上がると、扉の方に歩いていった。そして扉に向かって、頭を打ちつけた。


「多田くん!? どうしたの、いきなり!」

「ははっぼん脳を消そうと思ってね」

「ぼん悩?」

「……と、とにかく、頭も冷やせたし、よかったよ」

「?」


 俺は小日向さんの隣にくると、そのまま腰を下ろして座った。そして俺は何を話そうか考えていると、小日向さんが先に口を開いた。


「多田くん、多田くんは今日の予定大丈夫なの?」

「あっ」


 小日向さんに言われて気がついた。脱出のことばかり考えていたが、今日は夜とゲームをする約束をしていたことを思い出したのだ。スマホは扉の外、しかし扉の外には出られない。


「はぁー、どうしようかな」

「多田くん、今日用事あった?」

「うん、友だちとゲームする約束をしてたんだ」

「そうだったんだ」

「あぁ、どうしよう。それまでに、脱出できたらいいけど」

「……」

「? どうかした、小日向さん? そんなに俺の顔をジッと見て」

「あっいやその」

「?」

「多田くんが、放課後誰かと遊ぶの初めて聞いたからびっくりした。多田くん、放課後になるとさっさと1人で帰っちゃうから」

「あー、なるほどね」


 たしかに小日向さんの言う通りだった。俺は放課後になればサッサと泊まっているホテルに帰っていた。というのも、父親が放課後遊ぶことを禁止していたことと、優等生を維持するために勉強をしていたというのもある。

 友人はいるけど、基本外には遊びに行かない仲だった。だから、本当の友人といえるのか怪しいけど……。


「(よくよく考えたら、放課後に誰かと遊ぶのって、父さんの言いつけを破っていたんだ)」


 それが分かったからといって、夜との関係を切るつもりはない。というか、切らない。

 夜は唯一俺の事情を知り、そして信頼でき、一緒に居て楽しい間だからだ。親友に近いのかもしれない。そう考えれば今まで友人は居たけど、友だち以上になったのは初めてだった。


「多田くん、顔が嬉しそう」

「えっ」

「ほっぺが緩んでる、すごく嬉しい顔」


 隣にいる小日向さんが俺の頬に、人差し指を伸ばしてツンッと触ってきた。


「ここが、緩んでる」

「マジですか」

「マジ」


 どうやら夜と友人になれたことは、俺にとって嬉しい出来事だったみたいだ。


「多田くん、多田くんのお友だちってどんな子なの?」


 そう言われて、どう話そうか試行する。全てはさすがに話せない。というか、話してはいけない。小日向さんにそのことを話すと、全てを話さないといけなくなるからだ。


「うーん、どんな子か」


 俺はなんとか、言葉を絞り出した。


「とにかくミステリアスだったな……最初は」

「最初は?」

「実は最近、友だちのことを知る機会があったんだ。今まで一緒に居たけど、友だちのことをあまり知らなかったなって実感したよ」


 俺は天井を見上げながら、夜のことを思い出した。


「本当の友だちの性格は優しくって、人の背中を押すくらいお人よしなところもあって、あとめっちゃ寂しがり屋! SNS交換した途端、毎日大量のメッセージ来るしね」

「毎日来る?」

「あぁ、今日は何があったよっとか、何を食べたよっとか、他にも色々。けど、そんな内容のメールでもなんだか楽しくって、メッセージ来るのを待っている自分もいるんだ」


 なんだかメッセージが大量に来ないと逆に心配になっちゃうんだよねーっと小日向さんに話していると、小日向さんは頬をぷくりと膨らませた。


「……私も」

「ん?」

「私も大量にメッセージ送る!」

「えぇ!? どうして」

「だって羨ましいから。多田くんとメッセージ送り合えるなんて。私も送ってもいい?」

「いいけど、俺とのメッセージなんてつまらないかもしれないよ?」

「つまらなくなんかない! むしろご褒美」

「えぇ、そうかな」

「そうだよ! 多田くんと、私はもっと仲良くなりたい」

「……小日向さん、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど」

「あははっもっと照れていいよ。私、色んな多田くんを知りたい」

「小日向さんそれ以上は、ストップで!」


 小日向さんの言葉はストレート過ぎて、胸を突き刺してくる。あまり照れたくないのに、照れてしまう。小日向さんの前では、余裕ある俺でいたいのに……。


「でも、とっても気になる」

「?」

「多田くんの友だちが、どんな人なのかって。会ってみたい」

「えぇ!?」

「だって多田くんがすごく嬉しそうな顔で話していたから、とっても気になる。会いたい」


 小日向さんにそう言われて俺は迷っていた。夜を紹介するべきなのかって。


「あっでも、無理にとは言わないよ。ただ気になっただけだから」


 小日向さんはそう言って、手をブンブンと横に振った。

 俺はというと、小日向さんと夜を会わせるか考えていた。小日向さんの性格となら、夜は合うんじゃないかと思った。小日向さんってみんなと仲良くできるスキル持ちだし、それにストレートに想いをぶつけてくれるからきっと夜の心に響くのではないかと、俺みたいに。


「いいよ。小日向さんと、友だちの都合の良い日に会おうか」

「うん! ありがとう」


 小日向さんは嬉しそうに頬を緩めた。その姿はとっても可愛くて、キラキラして見えた。

 俺はなぜキラキラ見えるのか分からなくて、目を擦る。けど、キラキラは消えることはなかった。それと同時に胸も熱くなり、さらに心臓がバクバクと音を立てる。


「(なんだこれ?)」


 なんだこれとしか言いようがなかった。おそらく、小日向さんが気になる女の子だから笑顔がさらに可愛く見えたのだろう。


「(気になる女の子、いやもしかして俺は……)」


「多田くん」

「ひゃい!?」

「ひゃい?」

「な、何でもない。ちょっと噛んじゃっただけだよ」


 俺は自分の考えを認めるのが怖くて、頭を振って、忘れようとした。だが、頭の中から考えは消えてはくれない。


「(はぁ、まいったな)」

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