13 優等生は夜と"今日"から始める

 カーテンの隙間から外の光が入り込んでくる。

 柔らかなその光を受けながら、俺は目を開けた。目を開け、体が動かないことに気がつく。チラリと隣を見ると、俺の体を抱きしめながら寝ている夜の姿があった。


 俺はゆっくり夜から離れて、ベッドに座る。


 夜は気持ちよさそうに呼吸を繰り返しながら、目をつむっている。今まで夜は深夜のうちに帰っていたこともあって、夜の寝顔を見るのは初めてだった。悪いと思いつつも、俺は夜の寝顔を観察した。


 夜はいつもピンク色のメイクを中心につけていて(いわゆる地雷メイクというやつだ)、素顔を晒すことはあまりなかった。夜の場合、風呂に入ったとしても、完璧にメイクをしてから俺の前に来るからだ。だから、素顔を俺の前で晒したことに驚いていた。


 夜のメイクをとった素顔は、とても綺麗だった。元から美少女なことは分かっていたけど、俺的には素顔の夜の方が好きだった。なんというか、今までは化粧によって夜は自分を隠していたように思う。隠して、そして誰も気が付かないうちに1人で苦しんでいた。


「(少しは信頼してくれたってことかな)」


 けど、素顔を晒すということは信頼してくれたからだと俺は思った。だから、嬉しかったのだ。


 俺は無意識に、夜に手を伸ばしていた。手を伸ばし、夜の髪を優しく撫でる。夜の髪を堪能していると、夜の体がピクリと動いた。


「正人、くん?」

「おはよう、夜」

「うん、おはよう。ふふっ髪を撫でられるの気持ちいいね」


 夜は目を細めて、気持ちよさそうに擦り寄ってきた。その姿に、なんだか猫みたいだなっと俺は思った。

 俺はしばらく夜の髪を撫で続けた、夜はされるがままだった。しかし、ホテルの時間が迫ってきたということもあって、俺たちは退室しないといけなかった。


「夜、そろそろ起きないと、時間過ぎる」

「えー、もうそんな時間なんだ。幸せな時間ってあっという間だね」


 やれやれといった感じで、夜は起き上がった。

 夜が起き上がったことを合図に、帰る支度を済ました。ホテルから出ると、いつものように解散しなかった。俺は夜を引き止め、とりあえず「話さないか?」と言った。夜はコクリと頷き、夜の案内で近くの公園に行くことになった。

 公園に着くまで、俺たちは無言だった。俺の場合は、公園でどのように夜に伝えるか考えていたからだ。夜はそれを察してなのか、前をまっすぐ見て、時折俺を観察しながら歩いていた。


 やがて公園に着いた。公園には滑り台とブランコといった遊具しかない公園だったけど、敷地がとても大きかった。もしかすると、遊具で遊ぶ公園というよりは、野球やサッカー、ゲートボールをしやすい広さの公園なのかもしれない。公園にはまばらに人が居るくらいで、俺たちは人の少ないベンチに腰をかけた。


 そして、俺は一呼吸置いてから夜の方を見て言った。


「"夜、君とは友人という訳でもない、ただの知人だ。でも、君に俺は助けられたんだ。だから、君の助けになりたい、君の力になりたい" 昨日の夜に言ったことだけど、覚えてる?」

「うん、しっかりと覚えてるよ。だってその言葉を聞いて、とても嬉しかったからね」


 夜はそう言うと、ニコッと笑った。


「そっか。嬉しいって思っていてくれてよかったよ。……昨日言った通り、俺たちはただの知人だ」

「そうだね。でも、互いのことを知っちゃったから知人という訳にもいかないよね」

「あぁ、夜は俺とは知人のままでいたかったんだろう?」


 夜に問いかけると、夜はコクリと頷いた。その顔は、どこか哀愁を漂わせていた。


「うん、この関係は深くなっちゃいけないって思っていたんだ。深くなればなるほど、依存してしまう可能性があったからね。けど、昨日の時点でそれは崩れてしまったよ。私たちは、もう知人以上になってしまったからね」

「そうだな。だからこそ、これからの関係をハッキリとさせないといけない。普通ならここで、縁を切ってさよならだと思うんだ」

「そう、だね」


 俺たちは視線を公園の方に向けた。公園では、小さな男の子が一生懸命走り回り、父親がそれを追いかけていた。2人でその姿を見ていたこともあって、一瞬無言になる。が、俺はゆっくり口を開いた。


「……けど、俺は夜とは"友人"になりたいって思ってるんだ」


 俺がそう言うと、夜は驚いた顔を俺に向けた。


「いいの?」

「いいに決まっている。昨日も言ったけど、君の助けになりたい、君の力になりたいんだ。だからこそ、知人じゃなくて、友人としてこれからも付き合っていきたいんだ。ダメかな?」


 夜に問いかけると夜は目を潤ませ、それに気付いたのか慌てたように下を向いた。


「……ダメだなんて、そんなこと言う訳ないでしょ? うん、私は君と友人になりたい」

「じゃあ、今日から友人ということで」

「うん、友人だね」


 俺は夜に向き直って、右手を差し出した。夜はそれに気がついて、左手で俺の手を握った。


「これからよろしく、夜」

「こちらこそ」


 俺たちは友人としての道を歩むことに決めた。夜となら友人としてやっていけるだろう。


 だが、俺はこの時知らなかった。俺たちの運命が解けないほど絡み合っていたことを。



 夜と友人になった。といっても、別に何かが変わ……ったな、うん。日が沈めば夜と会い、フラフラと街の中を歩きながら話す。そして、話疲れればホテルに行き、一緒に眠る……眠るといっても行為はしない。というか行為はしなくなった。行為をする以上になんだか前よりも満たされる気持ちになっていた。

 もしかしたら互いの過去を知り、より相手を信頼できるようになったからなのかもしれない……俺たちは新たな一歩を確実に踏み出し始めていた。


「(今日も夜と朝まで話したなー。さて、今日も会う予定だから、なんか2人でゲームとかやってみたいな)」


 夜からは「今日もいつもの場所で(^^)」っとSNSでメッセージがきていた。友だちになったということもあり、互いのSNSのアカウントを教えあったのだ。


 俺は夜にメッセージを送った。


『了解! 今日はオセロ持っていこうと思うんだけどどうかな?』


 すると夜からすぐにメッセージが返ってきた。どうやら今は仕事の休憩中らしい。


『オセロやったことないから、教えてくれるとありがたいな』

『いいよ、初心者でも分かりやすいように教えるよ! ただし、手は抜かないからな!』

『正人くん教えるのスパルタそう(゚д゚lll)』

『ふっふっふ、こうみえても俺は優しい優等生で名が通っているんだ。優しく教えるよ!』

『なら、安心だね。お手柔らかにお願いします!』


 ということで、夜と今日はオセロをすることになった。さて、初心者の夜にどうやってオセロを教えよう。なんだかその時間が、とても楽しかった。思わず口元がニヤけていたのだろう。


「委員長、1人で笑い出してどうしたんだ?」

「へっ?」


 先生に指摘をされてしまった。授業中に。


「(えっ俺、ニヤけてた??)」


 慌てて口元を隠したが、クラスメイトたちからは笑われてしまった。


「委員長何想像してたんだよ! まさか、いやらしい想像?」

「ふふっきっと、誰かさんのことを考えてたんじゃない?」

「ひゅー、ラブラブですなー」


 どうやら俺は授業中に小日向さんのことを考えていたと勘違いされたみたいだ。当の小日向さんはというと、恥ずかしそうにうつむいている。

 なんだか申し訳ない気持ちが胸の中をうずき、俺は適当に愛想笑いを浮かべたのだった。


「……」




 授業が終わり、掃除の時間になった。

 今日は午後から先生たちの研修があるということで、午前で帰宅できることとなった。なので、掃除の時間もいつもよりも早かった。


 俺の掃除担当は体育館で、他のクラスメイトたちと体育館に向かった。手にはバックを持ってだ。掃除が終わり次第、そのまま帰っていいと先生に言われたからだ。


「早く終わらせて帰ろうぜー」

「だねー」


 俺たちは早く掃除を終わらせるべく、床を綺麗に磨いた。そしてそれが終わると、分担して窓や体育館倉庫なんかを掃除することになった。俺は体育館倉庫を掃除することになった。


「うっ」


 体育館倉庫に入ると、物が溢れ、埃っぽい匂いもしてきた。どうやらうちの学校の運動部はきっちりと整頓をしていないらしい。


 とりあえず簡単に物を整頓して、適当に床を拭くことにした。


 本当だったらマットを外に干したり、床をピカピカに磨きたいところだけど、今日は時間がない。


「(先生に話しておこうかな)」


 なんて考えていた時、いきなり体育館倉庫の扉が開いた音がした。


 びっくりしながら振り向くと、そこに居たのは小日向さんだった。


「(あれ? 小日向さん? 小日向さんってたしか別の掃除場所担当じゃないっけ?)」


 小日向さんは体育館倉庫に入ってくると、俺の隣に腰掛けた。そして、床に散らばるボールをカゴの中に戻していく。


「多田くん、手伝うよ」

「あれ、小日向さん。自分の担当は終わったの?」

「ばっちり。多田くんと帰りたかったから、こっちに来た」

「なるほど」

「迷惑?」

「迷惑じゃないよ。むしろ、ありがたいよ。この倉庫を1人で片付けるのには限界があったからさ」

「なら、よかった」


 小日向さんは嬉しそうに笑みを浮かべると、再びボールをカゴに戻していった。俺はというと、体育館倉庫の窓を開け、棚を整理していた。


 なぜ小日向さんは来たのだろう? と不思議に思いながら。


 黙々と俺たちは作業をしていて、時間があっという間に過ぎていった。あまりに集中し過ぎていたせいか、俺たちは気が付かなかった。


「あれ? 倉庫開けっぱなしじゃん。たく、委員長なにやってるんだよ」


 ガチャン。


 体育館の倉庫の扉が、閉まってしまったことを。

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