06 優等生は、真昼にときめく

 朝、いつものように教室に入ると楽しそうな声が聞こえてきた。

 声のした方を見てみると、黒板前で、女子たちが楽しそうに話しているのが見えた。その中には小日向さんもいて、楽しそうに笑っている。


「やっぱりピンクがいいと思うんだよね」

「えぇ、うちはブラウンがいいと思うなー」


 雑誌を囲みながら話す女子たちを横目に、窓際にある自分の席に着く。


「ほら、来たよ」


 ふと、なにか視線を感じるなっと思って目線を上げると、ニヤニヤと笑いながら女子たちが俺を見ていた。


「真昼。行って来なよ」

「うん」

「がんばれ、真昼!」


 小日向さんは女子の1人に軽く背中を押され、俺の元にゆっくりとした足取りで近づいて来た。その顔は緊張しているのか、とても強張っている。その手には女子たちが見ていた雑誌が握られていた。


「おはよう多田くん」

「おはよう小日向さん」


 小日向さんは俺の元にやって来ると俺の前に止まり、ジッと俺の顔を見つめてくる。


「……」

「……?」


 だが小日向さんは何も言わなかった。何も言わずに、ただ黙っているだけ。

 一体どうしたのだろうか? 不思議に思っていると、小日向さんはゆっくりと口を開いた。


「多田くん、が好み」

「えっ?」

「多田くんは、この中だとどれが好み?」


 差し出されたのはファッション雑誌だった。その中には可愛らしい服で着飾ったモデルさんが載っている。


「えっと」

「……」

「つまり、この中で好みの服を選べばいいってことかな」

「うん、そういうこと」


 小日向さんは横を向きながら、俺に持っている雑誌を渡してきた。


「選んでほしい」


 俺は小日向さんに言われるがまま、ファッション雑誌を見た。ファッション雑誌には2人のモデルさんがピンク色の服と、ブラウンの服を着ている。ピンクの服はヒラヒラがついているワンピースだった。ブラウンの服は、編み込みがあるセーター……どちらも可愛かった。

 俺は迷っていた。どう答えるのが正解なのか。正直俺の好みとしては、どちらの服も好ましく感じていた。ピンクかブラウンか……。


「うーん」

「そんなに悩まなくていいよ? 直感で決めていいから」

「直感か」

「うん」


 直感。直感だとピンク色の服だった。可愛らしい小日向さんには似合うと思ったから。


「ピンク色の服かな」

「どうして?」


 不思議そうに首を傾げながら俺を見る小日向さん。俺はさっき思ったことをそのまま伝える。


「そのっ小日向さんって可愛いからこういうピンク色の服は似合うって思ったんだ」

「……うぅ」

「小日向さん?」


 なぜか小日向さんは顔を手のひらで覆っている。耳を見ると真っ赤に染まっているからどうやら照れているようだった。なんで照れてるんだろ? 理解できなかった。


「きゃー! 甘酸っぱい」

「やるね、委員長!」


 どうやら俺たちの声を聞いていたのか、黒板前にいた女子たちがさわいでいる。女子たちの話を聞いていると、俺が小日向さんに可愛いっと言ったことを騒いでいるみたいだった。


 そこで俺はなぜ小日向さんが照れているのか、女子たちが騒いでいたのか理解した。

 

「(お、俺、サラっと何を言ってるんだ!?)」


 俺は慌てて小日向さんに弁明(?)をした。


「こ、ここ小日向さんごめん! その本音をそのまま話すつもりなかったんだ、つい喋ってしまって!」

「……うぅぅ」

「可愛いって思ったのも本音で! ご、ごめん小日向さんを恥ずかしめるつもりなんてなかったんだ!」

「多田くんストップ、分かったから!」


 小日向さんは慌てた様子で俺の口を押さえてきた。目は恥ずかしさからなのか涙で潤んでいて、顔は真っ赤だ。その姿はとても可愛らしくて、胸がキュンっと高鳴った。


「……その、ごめん」


 俺は胸が高鳴ってしまったことに戸惑いを隠せなかった。それを誤魔化すかのように、小日向さんに謝る。


「ううん、すごく、その嬉しかったから」


 しかし小日向さんは追い打ちをかけるように、そんなことを言ってきた。「嬉しかった」その言葉を言われて、じんわり体が熱くなる。


「あれれ? 委員長顔真っ赤」

「うっ!」

「ヒューヒュー、2人とも初々しいね!」

「っ〜〜!」


 周りの女子からさらにからかわれ、俺は恥ずかさと自分の優等生像がこのままだと壊れる気がして、慌てて雑誌を小日向さんに返した。


「小日向さんごめん、せっ先生に呼ばれてたから行くね!」

「う、うん」


「あっ委員長が逃げた」

「からかいすぎたかな?」

「よかったね、真昼」


 後ろから女子たちの声が聞こえてくるが、聞こえないふりをして足早に教室から出ていく。


「めっめちゃくちゃ恥ずかしかった!」


 朝礼まで残り時間が少ないが、どっかで顔の熱を冷まさないと。


 しかしなかなか熱は冷めてはくれず、気がつけば朝礼の時間になり、遅れて来た俺を先生は心配そうな顔で見つめた。


「多田が珍しいな、どうかしたのか?」

「す、すいません。うっかりしていて」


 そう言い訳する俺を、女子たちは生暖かい目で見ていたのは言うまでもない。


「(や、やめろ! そんな目でみるな!)」


 俺は生暖かい目で見つられているのを感じながら、委員長の仕事をなんとかこなしたのだった。



午前中の授業が終わり、気がつけばお昼の時間になっていた。いつものように教室から出る俺と小日向さんをクラスメイトたちがはやしたてる。


 俺たちは足早に教室を出て、いつもの空き教室に向かった。

 相変わらず俺たちの横を通る先輩や同級生、後輩たちは「あの2人、いつ付き合うの?」っとニヤニヤしていたが、いつの間にかその視線にも慣れきていた。


「小日向さんバック持つよ」

「いつもありがとう、多田くん。バックを持ってくれて」

「いやいや、こちらこそいつもお弁当を作ってもらってるからこのくらいはね」


 新校舎1階から外に出て、旧校舎に向かう。旧校舎に入り、2階まで上がり、端にあるいつもの空き教室へと向かった。

 空き教室へ入ると、窓際近くにある机に荷物をまとめて置いた。


「さぁ、食べようか」

「……」

「小日向さん?」

「う、ううん、なんでもない」


 なぜか小日向さんは不安そうな顔で俺を見つめながら、口を開いたり閉じたりしている。どうやら何か話したいんだけど、上手く言葉が見つからないみたいだ。


「(そうだ、こういう時は!)」


 俺は少ししゃがみ込み、小日向さんに視線を合わせる。小日向さんと目と目が合った。


「小日向さんどうしたの? 何か俺に喋りたいことがあるんじゃないの?」

「その」

「大丈夫だよ、言ってみて」


 俺は小日向さんを安心させるように笑いかけると、小日向さんはゆっくりと口を開いた。


「ごめん、多田くん。今朝嫌だったよね」

「えっ?」

「私が服の好みを聞いて……」


 どんどん小日向さんの言葉が尻すぼみになっていく。俺は聞き逃さないように、小日向さんに集中した。


「教室から逃げ出した多田くんを見て後悔したの、私のせいで嫌な思いをさせたかなって」



 どうやら小日向さんの言葉を拾うと、小日向さんは今朝俺が教室を飛び出したのを見て、嫌な思いをしたから逃げたのだと勘違いしているみたいだ。


「うーん、別に嫌な思いをしてないよ」

「でも、」

「あれは恥ずかしくて逃げたんだ。その、みんなの前で小日向さんのことを可愛いって言っちゃったから。あっ、可愛いって言ったこと後悔してるとかじゃないから! むしろ小日向さんに迷惑かけちゃったかなって思って!」

「う、うん」

「こほん、だ、だから気にしなくていいよ。別に俺は嫌な思いをしてる訳じゃないからね」


 そう言うと小日向さんは、少し安心したように口元を緩めた。


「ありがとう、多田くん。すごく嬉しい」

「いえいえ」

「あのそれともう一つ、ありがとう」

「うん?」

「私を安心させるために目線、合わせてくれたでしょ? 多田くん優しいね」

「あはは、そんなこと……」

「多田くんは、昔から優しい。だから、私多田くんのことが大好きなの」


 はっきりと告げられた言葉に、俺は目を丸くした。まさか「大好き」っとストレートにぶつけられるとは思わなかった。俺の顔が熱を帯びていく。俺は、慌てて話を変えることにした。


「昔からって、俺と小日向さんが会ったのは高校からじゃん」

「あれ? 覚えてない?」

「えっ?」

「中学の時、塾一緒だった」


 衝撃的な事実だった。


「そ、そうなの!?」

「うん、まぁ大きな塾だったし、覚えてないのも当然だよ」


 小日向さんはなんともなさげな顔で言った。どうやら覚えていないことはしょうがないと思っているみたいだ。

 俺はうーんと考え込んだ。たしかにそれだけの人が居たら全員を覚えるのは大変だ。けど、小日向さんみたいな学園2の美少女なら覚えてそうなんだけどな。


「ニ度だけね、多田くんと話したことがあるんだ」

「へっ?」

「多田くん、私がテストの点数が悪くて落ち込んでいた時、勉強を教えてくれた」


 それを聞いて、ピンとこなかった。たしかに勉強を教えたことはある。ただ、何人かの知り合いにも教えていたので覚えていないのかもしれない。


「(いやでも、小日向さんを忘れるか?)」


「えっと、マルモト塾だよね?」

「うん」

「ごめん、何人かに教えてた記憶はあるんだけど……小日向さんのことを覚えてないんだ」


 すると小日向さんはスマホを操作すると、俺の前にかかげた。


「昔と見た目が違うからね。覚えてない?」


 スマホに映っていたのは眼鏡をかけ、おさげをした女の子だった。よく見れば小日向さんなんだけど、今の小日向さんと見た目が違った。

 俺はその写真を見て思い出した。

 たしかに、この子に勉強を教えたことがあったのだ。


「えっと、もしかして中学3年の夏休みに教室で勉強を教えた子?」


 そう言うと小日向さんは、嬉しそうに笑った。


「そう、覚えていてくれたんだね。嬉しい」


 俺は小日向さんに言われて、中学3年の夏休みを思い出していた。

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