04 優等生、真昼にアタックされる
次の日。
「おはよう多田くん」
「……おはよう、小日向さん」
朝、偶然靴箱の前で小日向さんと出会った。小日向さんは相変わらずムスッとした顔をしていて、俺の隣に並びながら靴箱の中に靴を入れている。俺は気が気じゃなかった。
俺は靴箱に自分の靴を入れると、そそくさと教室に向かおうとした。
「ねぇ」
「!?」
「一緒に教室まで行こ」
が、小日向さんに先手を打たれてしまった。俺は"優等生"だ。同級生のことを無下にはできない。
「あぁ、いいよ」
俺は何ともない風を装いながら、小日向さんと一緒に廊下を歩いた。
「……」
「……」
しかし教室に行くまで互いに無言だった。俺は、どう切り出したらいいのか悩んでいたのだ。
「(雑談をすればいいんだろうけど、小日向さんがどんなことが好きなのかわからないからな)」
悩みながら考えていると、いつのまにか小日向さんとは話さずに教室前まで来てしまった。
「ねぇ、多田くん」
いきなり小日向さんが口を開く。
「!? な、なにかな小日向さん」
「…………多田くんの好きな食べ物ってなに」
「へっ?」
「だから、多田くんの好きな食べ物ってなに?」
まさかの質問に口をぽかーんと開けてしまった。
「えっと、ハンバーグ……かな?」
「ハンバーグ。分かった。あと、他に好きな食べ物ある?」
「特には」
「嫌いな食べ物は?」
「な、ないかな」
「……ありがとう、じゃっ」
そう言うと、小日向さんは先に教室の中に入っていってしまった。
「何がしたかったんだろう?」
小日向さんの質問の意図を知ったのは、次の日のことだった。
*
さらに次の日。
朝早くから登校し、気がつけばお昼の時間になっていた。
お昼の時間は基本1人で過ごすことが多かった。誰にもバレない空き教室で、1人で食べることが多い。そっちの方が気が楽でいいからな。
バックを持って教室から出て行こうとした時、目の前に見覚えのある少女が立っていた。
「多田くん、一緒にお昼ご飯食べよ」
そこにいたのは小日向さんだった。小日向さんは手にスクールバッグを持ち、俺の様子を伺っていた。俺はどう反応すればいいのか分からなかった。
優等生なら「いいよ」っと言うべきなのは分かっている。けれど、小日向さんは俺に好意を抱いている。簡単に承諾していいのだろうか?
今まで告白されたことなんてなかったから、分からないことだらけだ。
「えっと、その」
「いつもどこで食べているの?」
「きゅ、旧校舎の空き教室」
「なら、行こう」
そう言うと小日向さんは、俺の腕を掴んできた。通りかかった生徒たちがどよめくのが分かる。
「こ、小日向さん。誤解されちゃうよ」
「構わない。むしろもっと知れ渡ればいいと思う」
「えぇ」
俺の腕を引きながら小日向さんは、一切後ろを振り返らないで前に進んだ。
「多田くんは、私と誤解されるの嫌だ?」
「嫌ではないけど……」
「ならいいじゃん」
そう言われてしまえば、俺は何もいい返すことなんてできなかった。学園のナンバー2のマドンナに嫌だなんて言えるわけがない。というか、周りがいるのにそれを言ったらお終いだと思った。
「えっ多田、小日向さんと付き合ってるの!?」
「ち、違うから」
まぁ、知り合いからかけられた言葉には極力否定だけはしておいた。ただ、知らない人に関しては付き合ってるって噂が流れそうだと思った。
「(あまり目立ちすぎは、よくないんだけどな)」
空き教室に行くまで、とても長く感じた。部屋に入る頃には、ドッと疲れていたと思う。
「ここで合ってる?」
「あっあぁ、合ってるよ」
俺が空いた席に座ると、小日向さんは俺の前にある席に座り、後ろを振り返った。
「じゃあ、食べようか」
「そうだね」
小日向さんはバックを膝に乗せ、中からお弁当を取り出した。可愛いらしいピンク色の小さなお弁当箱だった。
俺はそれを見届けてから、自分のバックにしまっていた栄養が入ったゼリーとチョコレートバーを取り出す。
すると小日向さんの目が丸くなった。
「多田くん、お昼それだけなの?」
「あぁ、お昼はこれだけだよ」
「いつも?」
「いつも」
俺は基本的に食にあまり執着していなかった。母親が生きていた時はそんなんじゃなかったけど、父親と2人暮らしになってからは栄養食で足りるようになっていった。最近はおしるこ&緑茶を好んで飲んではいるけど、俺にとって食事は"楽しむもの"ではなく、"体に入れる必要なもの"に過ぎなかった。
俺は箱のパッケージの中に入った袋を破り、チョコレートバーを取り出す。
「小日向さん、俺はいつもこれだから気にしなくていいからね」
まぁ、他人からは不思議に思われてもしょうがない。俺は気にせずチョコレートバーを口の中に入れた。口の中に入れるとチョコレートバーが口の中の水分を吸い込み、モソモソとした感触になった。バックから水を取り出すと、口の中のものを喉に流し込む。そして、また口にチョコレートバーを入れる……それの繰り返しだった。
小日向さんは俺のことをジッと見て、お弁当を食べようとはしない。
「小日向さん、早くお弁当を食べないと昼休みが過ぎちゃうよ」
小日向さんを急かすように俺は言った。小日向さんは俺の言葉を聞き、こくりと頷くとバックの中から何かを取り出した。
「多田くん、これあげる」
「へっ?」
「受け取ってほしい」
可愛らしいうさぎがデザインされた巾着袋を、俺に渡してくる小日向さん。とても真剣な顔をしていた。あまりに真剣な顔をしているものだから、俺は巾着袋を受け取った。巾着袋はズッシリとしていて重い。
「これは?」
「開ければ分かる」
小日向さんに言われるがまま巾着袋を開けると、中に入っていたのは小日向さんが持ってきたお弁当と同じサイズの小さなお弁当箱だった。
「これってお弁当?」
「多田くんにあげる、味は保証できないけど」
そう言うと、小日向さんはプイッと顔を横にそらした。俺は意味が分からなかった。どうして彼女はお弁当をくれたのか?
「……多田くんに、手料理を振る舞いたかったの」
「えっ?」
「昨日ハンバーグが好きって聞いて、昨日たくさん練習して……多田くんとお昼食べる時に、食べてもらえたらいいなって思ったの」
小日向さんに言われてお弁当箱を開けると、中にはたくさんのハンバーグが詰められていた。
「よければどうぞ。嫌なら食べなくていいから」
小日向さんはそう言うと箸を取り出し、自分のお弁当をパクパクと食べ始めた。どうやら俺がハンバーグを食べる瞬間を見るのが恥ずかしいみたいだ。
「(自分の持ってきたもので足りるけど、さすがに要らないなんて言えないからな)」
俺はお弁当についていた箸を取り出すと、ハンバーグを箸で掴み、口に入れた。
小日向さんの作ったハンバーグは柔らかく味がしっかりとしていてとても美味しかった。ご飯が欲しくなる味だった。
「うん、美味しい」
口から思わず言葉が漏れた。それくらい美味しかったのだ。俺が美味しいというと、小日向さんの顔がぱあぁぁあっと明るくなった。
小日向さんはお弁当を置くと、口に入れていたおかずをごくんと飲み干す。
「ほ、本当に美味しい?」
「う、うん」
「よかった……マズイなんて言われたら、どうしようかと思った」
きっと緊張していたのだろう。さっきまで無愛想でだった小日向さんの顔がふにゃーと緩んだ。いつもみんなに見せている小日向さんの顔だった。笑顔を浮かべ、嬉しそうに体を揺らしている。初めて小日向さんが、俺の前で笑顔を見せた瞬間だった。だからだろう、俺はポロッと話してしまった。
「すごく美味しいよ。小日向さんありがとうね。久しぶりに家庭料理を食べたよ」
「えっ久しぶり?」
「あっその、うち母親が数年前に亡くなって。父親と2人暮らしだから、何年も家庭料理を食べてなくって」
「そうだったんだ」
「だから久しぶりに家庭料理を食べられて美味しかったよ」
話すつもりはなかった。だけどつい口から自分のことを話してしまった。誤魔化そうにもボロが出そうだったので、俺は本当のことを話すことにした。これくらいならいいだろうと思ったからだ。
「その、お父さんも多田くんと同じような食事をしているの?」
「いやっお父さんは外食してくるから別々なんだ。お金は貰うけど、俺はその、めんどくさくて」
「チョコレートバーばかり食べていると?」
「そんな感じだね」
小日向さんは一瞬何かを考えると、決心がついたのか口を開いた。
「だっだったら、これからお昼ご飯を作らせてもらえないかな?」
「えっ」
「たしかに栄養は摂れるかもだけど、それだけの食事じゃ心配」
「いや、さすがに悪いよ。それに手間もお金もかかる訳だし」
「私がしたいの! 多田くんのことが心配だもん!」
何度も断ったのだけど、小日向さんはまったく引かなかった。
「(困ったな)」
あまりクラスメイトとは深い関係になりたくなかった。だから、線引きをしてきた訳なのだけれど。けれど、こんなに言われてしまったら断ることなんてできなかった。
「……それじゃあ、お願いします。小日向さん。ただ、食事代はさすがに払わせてほしい」
「でも、私が無理を言ってお願いしてるから」
「いや、さすがに払わないと気が済まないんだ。それにこのお弁当にはお金を払う払う価値のあるものだって思うんだ。だから、払わせてほしい」
なんとか俺は小日向さんを説得した。無料で食べるのは気が引けるからだ。それに今言ったように、このお弁当はお金を払うだけの価値があるものだと思ったのだ。
さっきとは立場が逆になり、小日向さんの方が先に折れた。
「……分かった、じゃあお金受け取る」
「あぁ、ありがとう」
その後話し合い、毎日500円を小日向さんに渡すことになった。本当はもう少し払いたかったけど、小日向さんが引かなかったのだ。
「小日向さんって意外に強情だね」
「それは、多田くんも同じ」
「たしかに」
同じような性格の小日向さんに、少し気を許してしまう。笑顔がフッと出てしまった。
なぜかそんな俺を見て、小日向さんはにこーっと笑った。
「? どうして、笑ってるの?」
「嬉しいから」
「何が?」
「それは秘密」
結局何が嬉しかったのかは、教えてはくれなかった。
こうして俺と小日向さんは、この日をきっかけに、2人でお昼を食べることが増えていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます