03 優等生は"真昼"に好かれる
優等生とは、クラスの模範的な人物でなくてはいけない。
勉強もでき、運動もそれなりにできる。あまり目立ち過ぎず、先生やクラスメイトからも信頼される……といったところか。
これは俺の中の優等生像の理想の姿だった。
「委員長、この問題の解き方教えてほしいんだけど!」
「あぁ、いいよ。この問題はこうすれば解けるぞ」
ノートに公式をサラサラと書きながら、クラスメイトの女の子に教える。女の子は難しそうな顔をしていたが、俺から公式を教わるとみるみる顔が明るくなっていった。
「すごい! すごい! なるほど、こうやって解けばいいんだね! ありがとう委員長」
「ははっどういたしまして」
俺が女の子にそう言っていると、次は担任の先生が話しかけてきた。メガネをかけ、いつもヨボヨボの白衣を着ている男の先生だ。
「多田悪い! ノート運ぶの手伝ってもらえないか! 頼む!」
「はい、分かりました」
俺は先生に向かって頷くと、教壇の上に載せられたノートの束を持ち上げた。
「助かるよ多田〜。今から職員室でやらないといけないことがあってさ。化学準備室に運んで置いてくれないか?」
「いいですよ。ところで先生、化学準備室の机、ちゃんとキレイに保っていますか?」
「うっそれはだな、つ、つい忙しくって」
「はぁ、しょうがないですね。今日もキレイにしておきますから、今度はキレイに保っておいてくださいよ」
「あ、ありがとう! 多田! 先生、多田抜きじゃ生きていけないわ!!」
先生が泣きながら抱きしめてこようとしたが、俺はヒョイっと避けた。先生はすごく悲しげな顔をしていたが時計を見て「マズい! 職員会議に遅れる!」っと言って、慌てて教室から出ていった。周りからは「先生おっちょこちょい」「多田どんまい!」っと声をかけられた。
俺は笑顔を顔に貼り付けたまま教室から出て、そのまま化学準備室に向かった。化学準備室に行くまで、色んな人に話しかけられた。
同じ委員会に所属する先輩や後輩。去年同じクラスだったり、たまたま仲良くなった同級生。
俺は話しかけられるたびに笑顔を浮かべ、挨拶を返し、手を振った。そうしているうちに、気がつけば化学準備室の中にいた。
俺は笑顔を解くと、準備室の扉を閉めた。
たくさんの本や紙でぐちゃぐちゃになった机。その机の開いている場所に、集めたノートを載せる。そして机の上をキレイに整頓した。まぁ、どうせまた元通りになるんだろうけど……"優等生"ならこのくらいするよな。
『優等生でいなさい』
息子を家から追い出して、恋人といちゃつく父親の言葉が頭の中で反芻した。
俺は頭を片手で押さえ、はぁーっとため息を吐いた。
「(夜といる時が、1番楽だな)」
なんて考えたりして。まぁ、実際楽なんだからしょうがない。彼女の前では、自分らしく振る舞うことができたからだ。
「なに、1人で笑顔を浮かべてるの?」
「えっ?」
「何か面白いことでもあった?」
気がつけば後ろから声が聞こえた。
「(だ、誰だ?!)」
振り向くとそこには、同じクラスで副委員長をしてくれている小日向 真昼(こひなた まひる)がムスッとした顔で立っていた。
「何、じっと私を見て」
「いや……」
小日向真昼。学園で2番目にかわいい女の子だ。フワフワした柔らかな長い髪をシュシュで横にまとめ、目はタレ目で顔は小さく、背も150センチと小さい。周りからは「小動物みたい!」と可愛がられている。
俺以外といる時の小日向さんは名前の通り、日向がとても似合う女の子だ。
だが、なぜか小日向さんはいつも俺の前では、不機嫌そうな顔をするのだ。俺はどうやら彼女から嫌われているらしい。
「(油断した!)」
俺は慌てて後ろを振り向くと、ぎこちない笑顔を浮かべた。理由が理由なので、言いづらい。
「い、いや、昨日のテレビが面白くて」
「なんて、テレビ番組ですか?」
「ほら、あの人気のお笑い番組! てっぺんペン!」
俺は普段テレビなんて観ないが、友人たちとの話を思い出しながら、テレビ番組名を言った。ふぅー、なんとか誤魔化せただろう。
「てっぺんペンは、昨日他の番組がスペシャルの関係で休みだった」
「……ぁ」
「……理解した。私には話したくない」
さらに小日向さんの顔がムスッとする。眉間には皺がより、どうやら怒っているようだった。
「ごめん、そのなんて言ったらいいか分からなくて」
「……」
「は、恥ずかしい内容だからな」
俺は小日向さんに、素直に謝ることにした。さすがに優等生として、これ以上クラスメイトの小日向さんに嫌われたくなかったからだ。
「聞いた私が悪い。気にしないで」
小日向さんはそう言うと、くるりと背を向けた。
「ありがとう、小日向さん」
「いえ、別に」
小日向さんに俺はお礼を言う。
が何故か小日向さんがジッと俺の顔を見てくる。何か言いたげな顔をしていた。不思議に思って首を傾げると、小日向さんは口を開いた。
「ねぇ、多田くん。多田くんって付き合っている人居る?」
まさかそんな質問をされると思ってなくて、驚いてしまう。
「えっと居ないけど?」
「…………そっか」
なぜか顔を赤く染めて、体を横にユラユラ揺らす小日向さん。その質問と態度に、「えっ? 俺のこと好きなの?」っと勘違いした考えが浮かんできてしまう。
「(いやでも1年の頃からずっとこの態度だし、好かれるようなことなんて一切していないんだけどな。つまり、好きというのは俺の勘違いだ。うん)」
俺は頭を横に振ると、早くこの空間から出ていくことにした。
「えっとそろそろ教室に戻ろうか、授業始まっちゃうよ」
「……」
「じゃ、じゃあ、俺は先に」
小日向さんの横を通った瞬間、ツンと何かに引っ張られる感覚があった。振り向くと小日向さんが俺の制服の袖を引っ張っていた。
「こ、小日向さん?」
顔を下に下げ、うつむく小日向さん。なぜだか緊張した空気が流れていた。
「ねぇ、多田くん。私、多田くんのことが前から好きなの」
"好き"。
その言葉はまさに告白の言葉だった。
まさか自分なんかが、それも小日向さんか、告白されるとは思わなかった訳で、完璧な表情を浮かべることができなかったと思う。
けどすぐにいつものように笑みを浮かべると、俺は小日向さんに言った。答えは決まってる。
「ありがとう小日向さん。すごく嬉しいよ。でもごめん。俺、今誰とも付き合うつもりがないんだ」
そう言うと、俺は小日向さんに向かって頭を下げた。頭を下げ、顔を上げると小日向さんはムスッとした顔に戻っていた。
「ねぇ、多田くん」
「何かな、小日向さん」
「私、多田くんを諦めるつもりなんてない」
「えっ?」
小日向さんは人差し指を俺の鼻の前まで突き出すと、ハッキリした声で言った。
「今回告白したのは、私が多田くんのことが好きって知ってもらうため。きっと多田くんは、私のことなんて振ると思っていたから」
小日向さんの目は真剣そのものだった。小日向さんの瞳を見ていると、目を逸らすことなんてできなかった。
「これで分かった? 私があなたを好きなこと」
「あ、あぁ」
「絶対に好きになってもらうから、覚悟してよね!」
それだけ言うと、小日向さんは準備室から勢いよく走り去っていった。一瞬見えたけど、小日向さんの耳が赤く染まっていた。平気なふりをして言っていたが、どうやら恥ずかしかったらしい。
「……まいったなぁ」
授業を告げる鐘が鳴る。
俺ははぁーっとさっきよりも深いため息を吐きながら、頭を抱え込んで座った。まさか、告白をされるとは思ってもみなかった。しかも本人は口ぶりからして、俺を諦めるつもりがないのは目に見えていた。
「(どうすればいいんだろう)」
告白されたのは始めてだった。だからどう対処をすればいいのか検討もつかなかった。
「(飽きてくれるといいんだけどな)」
しかし、この時の俺の考えはいともたやすく打ち砕かれたのだった。
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