02 優等生は夜と繋がりを持った

 四方をピンク色に塗られた部屋。

 ピンク色の部屋にはテレビ用に備え付けられた台があり、その上にちぎられたメモ帳が一枚置かれているのに気がついた。


 メモ帳を見ると、そこにはこう書かれていた。


 "先に帰るね。お金、置いておくから"


 メモ帳の横には5千円札が置かれていた。俺は、5千円札を掴んだ。


「あれは、夢じゃなかったのか」


 一瞬昨日の出来事が夢であるかのように思えたけど、どうやら夢ではなかったらしい。現にベッドに残る血痕と、このメモや5千円札が夜は実在することを証明していた。


 俺は一旦メモと5千円札を台の上に載せると、部屋に備え付けられた風呂場に向かった。


 風呂場に入り、体から流れた汗を流していく。体から流れる水、沁みる傷だらけの背中、俺はゆっくりシャワーを浴びた。


「もう夜には会えないんだろうな」


 シャワーを浴びながら、唯一繋がりを持った少女のことを考えた。なぜだか分からないけど、そんな気がしたのだ。


 まぁ繋がったからといって、彼氏彼女になるわけではない。だから、繋がりが薄くて仕方がないのだ。


 けど彼女のおかげで悩みが解決できたので、良しとしようと思った。悩みの理由は分からないままだけど。


「……学校、行かなくちゃな」


 俺はシャワーのハンドルを閉め、お湯を止めた。真っ白いタオルで体を拭き、髪についた水分をとっていく。


 そして、風呂場から出ると乱雑に置かれた自分の服に着替え、夜が置いていった5千円札だけを持ち上げた。


 俺は夜の名残りを感じながら、ホテルの部屋から出たのだった。



 一夜の出会いを経て、もう2度と夜には出会えないと思っていた。


 あの日夜と別れた次の日、またいつものように眠れず、夜の繁華街を探索していた。


 模範的な優等生の俺がこんなことやってるって知られたらどうなるんだろうな。父親からはお金の供給が止まってしまうかもしれない。


 でも繁華街を歩くだけで、重かった心が軽くなっていくのを感じた。なぜだか、分からないままだけど……俺は繁華街を歩きながらその理由を探している。


 ふとこの間寄った自動販売機が目の前にあった。自動販売機の前まで行き、この前と同じようにおしるこ&お茶の缶を買う。あの後意外に飲んでみたらハマってしまったのだ。


「(それに寒くて敵わなかったしな)」


 それなら夜の繁華街を歩くなって話だけど。


 缶のプルタブに手をかけ、飲み口を開ける。そのまま片手で缶を持ち、口の中に流し込む。おしるこの甘さとお茶の苦味が合わさり、味わったことのない味を舌に感じた。あんこのつぶつぶ感もなかなかいいアクセントになっている。


「やっぱりうまいな」


 もう一口飲もう。そう思った時、視界が急に奪われた。誰かに目を隠されたようだった。


「だーれだ?」


 甘ったるい声、そして冷たい手の感触。後ろにあたる柔らかな感触……誰だかすぐに分かった。


「夜だろ」

「ピンポンピンポン正解! よく分かったね」


 あまり驚いていていない声で夜が笑う。どうやら俺が当てることを予想していたみたいだ。


 後ろを振り向く。そこには、この間と似た格好をした夜が立っていた。


 今度は黒を基調としたヒラヒラの服を着て、スカートは短め。厚底の靴をはき、靴下は短い。この冬の中よく履けるなって思った。


「もう、会えないと思ってた」

「なんで?」

「だって、一晩の関係だと思っていたからさ」


 俺がそういうと、夜は「チッチッチ」と言いながら人差し指を軽く振った。


「私はそうは思わなかったよ。君とは一晩の関係というよりも、長い付き合いになると思っていたからね」

「えっ?」

「ふふっ案の定、君を探していたら出会えたしね」


 夜はそう言うと、俺の手を両手で握りしめてきた。


「私、君の温かさが好きなの。昨日は会えなかったから、すごく心細かったんだ」

「また何時間も待っていたのか? 外で」

「そうだね、今日は2時間くらい外をフラフラしていたかな。今日も君に会って、君の温もりを感じたかったからね」

「そ、そりゃあどうも」

「ふふっ、照れてる、照れてる」


 夜は俺のほっぺたを人差し指で、突っついてきた。俺はされるがまま、ほっぺたを突っつかれた。


「ねぇ、正人くん。君はあの日探していたものをまだ見つけられてないんだね。私と繋がることでヒントを出したんだけどなー」

「……まぁ、たしかに夜と繋がったことで悩みは一時的に解除できた。けど、いまだに分からないんだ。俺の探しているものってなんなんだ? 分かるなら教えてくれないか?」

「うーん、教えたい気持ちはやまやまだけど。私からは何も言えないかな。だって、君が探しているものを伝えたところで、君はきっと否定をするとおもうんだ。違うって。だから、君自身が探し物を見つけて、受け入れてあげるのが正しいと思うんだよね」


 夜はほっぺたを突っつくのをやめて、俺のほっぺたを両手で包み込んだ。


「けど君の探し物を一時的に提供することは可能だよ、一昨日みたいにね。また眠れないんでしょ? それなら私と一緒に繋がろうよ。この間みたいにさ」

「……もしかして、俺の探し物って性欲なのか?」

「へっ? ぷっあはは違うよ。性欲は溜まっているかもしれないけど、君の探し物は性欲じゃないよ。それは断言できるよ」


 夜は腹を抱えて笑うと、目尻に溜まった涙わを拭いた。そしてゆっくり息を吸いながら、俺の顔を見ながら上目遣いをした。


「どうするの? する? しないの?」

「うーん」

「私は君としたいけどね。君ともっと触れ合いたいよ」


 笑みを浮かべ、目を細くして、こてんと首を横に俺に問いかける夜。

『また君としたい、君と触れ合いたい』

 そんなこと言われたことがなく、じんわりと体が熱くなっていく。


「(俺も夜ともう一度したいのかもしれな)」


 自分の中に浮かんできた答えに、俺は抗うことなんてできなかった。

 夜は俺の答えを聞くと、顔を少し赤くして笑った。


「じゃあ、行こっか」


 右手を差し出される。俺は自身の手を夜の手に重ねた。夜は俺の手に自分の手を絡めて恋人繋ぎをする。


「ふふっ嬉しいな。また、正人くんとこうして触れ合えて」

「そんな大げさな」

「大げさじゃないよ。本当に嬉しいんだよ」


 俺たちはそのままホテル街に向かった。ホテル街には、俺たちのように手を繋いだカップルらしき人たちがたくさんいた。


「(俺たちもカップルみたいに見えるのかな)」


 なんて思ったりして。


 それから俺たちはこの間と同じホテルに入り、繋がった。深夜になると今日は2人してホテルから出て、夜と別れた。


「今日もありがとう」

「本当に送らなくていいのか?」

「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね」

「あ、あぁ」

「じゃあ、また明日ね」


 ヒラヒラと軽く手を振る夜に、俺も振り返す。


 夜はこちらを振り向くこともなく、繁華街に消えていく。


 夜が繁華街に消えていくのをぼーっと眺めながら、夜が居なくなったのを確認するといつも泊まるホテルに戻った。そして、ベッドに倒れ込んで寝た。


 この間みたいに眠ることができた。やっぱり寝た日の朝は頭がすっきりとして、体調が良かった。


「夜のおかげだな、こうやって眠ることができるのは」


 それからというもの、俺は夜と出会った自動販売機前で待ち合わせをすることが多くなった。自動販売機まで行くと、そこに夜がちょこんと立っているのだ。

 

 夜は相変わらず冷たい手で、俺の手に自分の手を絡めると、2人して繁華街の中を歩いた。

 そして、ホテル街に行くと「繋がろうよ」と、俺の手を引いてくるのだ。


 俺は言われるがまま夜と繋がり続けた。なぜだか分からないけど、夜と繋がった日はよく眠ることができたのだ。


 「(いまだに探し物は分からないけどな)」



 ポケットに入れておいたおしるこ&緑茶の缶を開け、口の中に流し込む。夜と会う時は毎日のようにこのジュースを買い、繋がった後このジュースで喉を潤していた。


「よく飽きないよね、そのジュース」


 後ろから夜が顔を覗かせてきた。俺の手元を興味深そうに見ている。どうやら俺の飲んでいるジュースが気になるようだ。夜は黒い下着を着用したまま、俺の隣に空いた席に座った。

 俺は目線を横にずらした。

 正直あんなことをしておいて夜の下着姿に恥ずかしがるのも可笑しいが、どうも平常心のままではいられなかった。


「ふふっ、正人くんは相変わらず照れ屋さんなんだから」

「べ、別に照れてない」

「さらにツンデレと来たか。優等生にお人よし、えとせとら……君はどこまで属性を出せば気が済むの?」

「よっ夜だって同じだろ。ミステリアスだし、えっと」

「それで?」


 夜は楽しそうに、俺の顔を覗きこんだ。目を細め、俺がどんな答えを出すのか楽しみにしているようだ。

 夜については、あまり詳しく知らない。長い期間(2ヶ月くらい?)毎日一緒に居るのにな。


 夜はミステリアスな性格をしていて、まるで猫のような人物だった。夜な夜な現れては、夜のうちに消えていく……夜と朝を共にしたことなんて一度もなかった。


 唯一知っているのは行為中になると必ず泣くことだけ。声を上げずに、ポロポロと目から涙を溢すのだ。もしかして行為が痛いのかと思って聞いたが、


『むしろ逆』

『逆?』

『嬉しいの』


 とだけ言っていた。理由を聞いてもはぐらかされて、そこで終わりだった。自分の話はしない、甘えたい時に現れては消える、ほらなっ本当に猫みたいだろ?


「えいっ」

「あっ」


 いきなり夜が俺の手からジュースの缶を取り上げた。そして缶に口をつけると、ゴクリと中身を飲み込んだ。


「うん、美味しいかな」


 そう言った時、夜は舌をちろりと出して、顔を歪めていた。言葉と表情がまったく合っていなかった。夜の笑顔しかみたことなかったので、初めての表情に笑ってしまった。


「(夜はおしるこ&緑茶ジュースが苦手っと)」


 ミステリアスに見えるが、案外素は違うのかもしれないと思った。


 夜はこてんと首を横にして、笑ってる俺に不思議そうな顔をしていた。

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