第48話 心配して麻婆豆腐
仙台からの帰路。
海斗くんは、ずっと私のことを心配してくれた。
その狼狽っぷりは、かわいそうになるくらいだった。
一方の私も、平静に戻ったあとは彼のことを考えてばかりいた。
心のなかには、由実さんから託されたものが今も息づいている。
それは、遺言に近かった。
彼に、由実さんの想いを伝えなければならない。
そのためには、作るしかない。
ただ……問題は細部がわからないことだった。
◇
東京に帰ってから、海斗くんは今までにもまして、勉学に励むようになった。
見ているほうが怖くなるくらい、気持ちを入れて、集中している。
晩ごはんを食べに来ても、食事が終われば、すぐに参考書を開いた。
まるで、他のことは眼中にないかのように。
「……海斗くん、根詰めすぎじゃない?」
ある日の夕食後。
さすがに私は声をかけてしまった。
彼が麻婆豆腐から顔を上げる。
毎日のように私の夕食を食べているにも関わらず、彼は再び痩せ始めていた。
普通の生活を送った上で痩せていくのなら羨ましいのだが、彼の場合は恐らく、必要最低限のカロリーをとっていないだけである。
見た目も、痩せているというより、やつれているに近かった。
「朝とかお昼とか、ちゃんと食べてる?」
「……………………うん」
「絶対嘘でしょ」
私の返しに、彼は笑う。
明るくなってくれたのは大変嬉しい。
が、このままでは、今度は体のほうが壊れてしまうのは目に見えていた。
「ちゃんと食べないと倒れちゃうよ?」
「うん、わかってる……けど、最近ご飯食べてる時間が勿体ない気がして……」
「でも……」
「なんだか焦るんです、もっと頑張れるんじゃないかって。頑張るってお母さんと約束したから……」
海斗くんは、済まなそうに口にする。
お母さん。
仙台を後にしてから、由実さんのことを彼はそう呼ぶようになった。
それは、良いことだと思う。
思うけれど。
「……でも、体壊したら元も子もないよ?」
「うん」
「じゃあわかった。どうしても改めない場合、私がお昼作って学校まで持っていきます」
「ぅ……それは、恥ずかしいので……あの、ちゃんと食べます……」
一応、頷かせることは成功する。
しかし、心に刺さっていないのは明白だった。
本当に食べる保証はないし、一時的にまともな生活をさせても、すぐに元に戻ってしまうだろう。
私は腕を組んで悩んでしまった。
◇
「果たして……どうしたものか……」
海斗くん帰宅後。
私は、冷蔵庫に隠していた鍋を火にかけながら考えに耽っていた。
鍋には、特別な料理が仕込んである。
ただ、完成品ではない。
正解を求めて、試行錯誤する日々だ。
海斗くんの生活は、明らかに持続不可能に思えた。
やる気に溢れているという捉え方もできるけれど、過去に囚われて自分を壊しに行っているとも言える。
そんな状態を由実さんが望んでいないことは、今の私にはよくわかった。
形見のメモに触れた瞬間から、まるで彼女の感覚が私のなかに書き写されたようになっていたから。
こんな体験は初めてだったけれど、すごく自然に受け止められた。
彼女の海斗くんへの想いが溢れてくる。
鍋にある料理を器に移して味見する。
ふむ……この味でもないか……
私は首を傾げる。
もう何度目になるか。
味の成否は、心のなかの由実さんが答えてくれた。
しかし、なにが違うのかまではわからないので、あとは私の経験から近づけていく他ない。
少し焦っていた。
日を追うごとに由実さんの感覚が薄れていくのを感じる上、海斗くんは気が逸りすぎている。
早く食べさせてあげたい……
私はもう一度味見をしてから、別の改善策を練り始めた。
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