第47話 愛してオムライス(2)


 それを見せられたのは、お昼に海斗くんの失敗オムライスを食べて、いよいよ帰ろうとしたときだった。


「ねぇ、小町さん。ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど」

「え、私ですか……?」


 玄関先で引き止められた私に、千枝子さんが一枚の紙を見せてきた。

 クシャクシャになった、メモ用紙である。

 紙質とインクの劣化を見ると、最近のものではないとわかる。


「これ、由実が最期のときに持ってたものなんだけど」


 思いがけない言葉に、思わず胸を突かれる。

 遺品だ。

 メモには、性格を表すかのような勢いの良い字体で、食品が箇条書きされていた。

 トマト、玉ねぎ、バターなどなど。


「買い物のメモ……ですか?」

「そう。バカでしょう、こんな紙大事にしちゃって。でも、あの子が頑張って母親やってたんだなぁって思うと、捨てられなくてね」

「お気持ちは……わかります。それで私はなにを……?」


 促すと、千枝子さんは頬に手をやった。


「あの子がなにを作る気だったのか、なんだかずっと気になっててね。お料理上手な小町さんなら、なにかわかるかしらって」


 その問いに、私も頬に手をやってしまった。

 買い物メモから、料理を当てるのか……

 それはなかなか至難な技だった。

 ここに書かれた食品には買い置き分もあるかもしれないし、当然、家にある食材も使うだろう。

 悩んでいると。


「俺も……気になる……」


 海斗くんが横から顔を出して言った。


「あの日って、お手伝いさんが作り置きしてくれたからご飯沢山あったんだ。だから、なんでスーパーで買い物してたのか、誰もわかんなくて……」


 少し取っ掛かりが掴める。

 であれば、買い置きなどではなく、今日スポットで使う材料かもしれない。

 トマトとバターと来れば、お洒落なヤツかな。

 他の材料も合わせて考えると、ハヤシライス、ビーフストロガノフ、バターチキンカレー……

 いや、ちょっと択が多すぎるな……


「すいません……ちょっとこれだけだと色々ありすぎて……」

「そうよねぇ! ごめんなさいね、少しでもなにかわかればいいなぁって思ってただけだから」

「いえ……」


 ――チクッ。

 罪悪感が心に刺さる。

 実を言えば……出来ることはまだあった。

 私は、強い感情を持って触れられた物なら、その声をきき取れる。

 死に際に持っていたものなら、なおさらだ。

 なら、なぜ触れないのか。

 ……怖がっているだけだ。

 人の形見なんかに触れてしまったら、どんな衝撃を受けてしまうのか……

 自分の感じやすい心が、耐えられない可能性だってあった。

 それでも。

 私は目の前の由実さんのご両親、そして、海斗くんを見る。

 この人たちのためになるなら。

 呪いのような私の力が、人の役に立つのなら。


「少し、渡してもらってもいいですか……?」

「え? あぁ、どうぞ」


 千枝子さんが差し出したその遺品を、私は震える指で受け取る。

 その瞬間だった。


 ――ごめんね、海斗。


 始めてきく声が頭に響き、大量の感情が奔流となって押し寄せた。

 あまりの数と大きさが心に流れ込み、溺れそうになる。


 不安、恐怖、痛み……

 そのなかにただひとつ輝く、願いに似た感情――


 由実さんが唯一得意だったもの。

 得意になろうと頑張ったもの。

 そのために……


 気づいたときには、私は玄関に泣き崩れていた。


「お姉ちゃんっ⁉」


 海斗くんの腕に抱えられる。

 しかし、涙は止められない。

 足に力が入らない。


「ごめんね……少ししたら落ち着くから……ごめんね……」


 私はうわ言のように呟きながら、彼の不安げな顔を見上げた。


 あぁ……由実さんは、君に食べさせてあげたかったんだ……

 君が一度だけ褒めてくれた、あのご飯を……




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