第44話 辿ってどらやき(2)


 目的の住所の先にあったのは、田舎らしい大きな一軒家だった。

 私たちは、仙台駅から乗ってきたタクシーを降りる。

 手には仏花。

 駅前の花屋で買い求めたものである。

 海斗くんは、ここに着くまでずっと両手で抱えたまま、離さなかった。


 旧姓である『庄子』の表札が掲げられた、由実さんの実家。

 その庭は、とても丁寧に手入れされていた。

 海斗くんがチャイムを鳴らすと、ひとりのご婦人が玄関から顔を出す。

 私たちは、同時に緊張する。

 女性は、初めに私、次に海斗くんに視線を移してから、柔らかく微笑んだ。


「いらっしゃい、海斗くん」

「あ、ご無沙汰してます……」


 頭を下げる。

 奥さまは、


「開いてるから、上がって」


 と言って、首を引っ込める。

 海斗くんが一瞬不安げに私を見たので、私は励ますように頷いた。

 彼は覚悟を決めるようにドアノブを握った。



   ◇ 



「そんな固くならなくてもいいのよ」


 どらやきの載った盆を手に、奥さまが言う。

 特別なところもない、優しい田舎のおばさんという印象だ。

 由実さんの実のお母さま。

 千枝子さん。

 彼女からしたら、海斗くんはどういう存在になるだろう。

 亡くなった娘の再婚相手の息子。

 恐らく、適切な呼びかたさえ日本語にはないはずだ。


「は、はい……」


 海斗くんは正座を崩さない。

 千枝子さんは、そのガチガチな様子を見て、私に笑いかけた。

 私の存在は、彼の付き添いの保護者として伝えている。

 私も、彼女の意を汲むように笑い返す。

 内心は、恐れていたことが起こらず、ホッとしていた。

 彼女が絢辻家を憎んでいたら。

 拒絶するような声がきこえていたら。

 そのような可能性も、十分あり得たから……


「ごめんねぇ。今、お父さん畑行ってて。あと少ししたら帰ってくるから」


 お母さまは私たちの前にお茶を出しながら、時計の針を眺める。


「すいません、突然押しかけて」


 海斗くんが頭を下げていた。

 この短い時間に、彼はもう何度も謝罪の言葉を口にしている。

 いたたまれないのだろう。


「いいのよ、いつでも。海斗くんは、うちの孫だと思ってるから」


 千枝子さんの言葉に、海斗くんも私も、顔を上げた。

 海斗くんは戸惑ったように口にする。


「孫……でも、結婚式で始めて会ったくらいで、全然……全然、本当のでもないのに……」

「あの子が残したものだからね」


 千枝子さんの口調は、柔らかく、断固としていた。

 私たちにどらやきを勧めると、自分もお茶を啜って世間話でもするように言う。


「あの子、君のことをよく話してたのよ。中学生の息子ができて大変だって」

「ぁ……ぅ……」


 しぼんでしまう海斗くん。

 千枝子さんは微笑んで付け足す。


「かわいいかわいいって、言ってたわ」


 田舎の戸建ては居間が広くて、どこか閑散としていた。

 タンスや壁には、家族の写真も飾られている。

 柱には、子どもたちの身長を測った傷。

 由実さんは、ここで生まれ育ったのだろう。

 外から、車のエンジン音がきこえてくる。

 一台の乗用車が庭の駐車スペースに入ろうとしていた。


「あぁ、お父さん帰ってきた」


 千枝子さんは膝を手に立ち上がると、私たちに向けて言った。


「じゃあ、お参り行こうか」



   ◇ 



 お父さま――誠さんの運転する車に乗って十五分ほど。

 それは寺が管理する墓地だった。

 木桶に水を入れ、沢山の墓石が並んでいるなかを、由実さんのご両親に連れられて進む。

 敷地のちょうど真ん中の辺りで、二人は止まった。

 ――庄子家代々之墓。

 細長い墓石にはそう刻まれていた。


「由実。良かったねぇ、息子が来てくれたよ」


 千枝子さんが言葉にしてお墓に告げる。

 頻繁に訪れられているのだろう。御影石には雨汚れなども見られない。

 私たちは、花束を供えたあと、静かに手を合わせた。


(遅くなって……ごめんなさい……)


 隣の海斗くんから、息の詰まるような声がきこえる。

 長い祈りのあと、墓に水をかけ、掃除する。

 すべてが終わったあとも、海斗くんは、じっと継母の眠る場所を見つめていた。

 それは、見ているほうが苦しくなってくるような、切実な姿だった。




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