第27話 飛び出してヒレステーキ(4)
「今日は退職祝いなのでっ!」
帰り着いた自分の家で。
私はスーパーの袋から、とあるパックを天に捧げるように掲げる。
「シャトーブリアンです!」
「おぉ……っ!」
海斗くんが拍手する。
会社からの帰り道、このシャトーの買い物に付き合ってくれたのは、誰あろう彼である。
なので、これは紛れもなく茶番なのだが、彼はしっかり二度リアクションしてくれた。
無口だけど、ノリがいい子なので助かる。
数時間前、職場でぶちかました私は、約束通り海斗くんの元へ戻った。
彼は我がことのように喜んでくれて、
「これは、お祝いですね……」
と口にした。
そこからいつの間にか、私達二人は高級牛肉を手にしていたのだ。
一頭の牛から三パーセントしか取れないヒレ肉の更に一部分であり、一頭につき六〇〇グラムしか取れないという希少部位、シャトーブリアン。
そこからついたあだ名は『肉の女王様』だ。
貧乏OLからもうすぐニートにジョブチェンジしようという最下層貧困民が、肉の女王様を焼く……?
打ち首になりそうである。
また、希少なこの肉の値段は、当然ながら目が飛び出るような代物だった。
それを、二ブロックも買っているのである。
海斗くんの脳内は大変な騒ぎである。
「あと何分で……食べられますかね……」
高速道路で目的地までの時間を聞き続ける子供のようなことを言う海斗くんは、見た目でさえソワソワしていた。
心のなかは今にもよだれが落ちそう。
正直、買うときは、タワマン御曹司の彼が私に合わせてくれて喜んでくれているのだろうと思っていたけれど、彼の待ち切れなさそうな様子を見ると、本当に期待しているようだった。
恐らく、おいしいものなら彼の前に貴賤はないのだろう。
パックにかかったラップを剥がし、その丸太のように切られた赤身肉をまな板の上に降臨させる。
見た目は眩しいほど赤く、きめ細かで、その立ち姿だけで「我は女王であるぞ」と主張召されていた。
触ればお餅みたいに柔らかく、手に持っただけで幸福度が上がっていく音がする。
食べる前から人を幸せにしてしまうとは……
なんて恐ろしい食材なんだ……
今日は、これをステーキにするのだ。
罪深すぎてギロチン刑である。
ずっと隣に立っている海斗くんから視線を感じる。
(これはもう、肉のエアーズロックやぁ!)
彦麻呂だった。
早く焼いてくれという熱い視線を隣の彦麻呂から感じる。
鉄製のフライパンを用意し、にんにくと牛脂を強火でしっかりと温める。
そして、ついに、下味をつけたシャトーブリアン投下!
ジュワッと音を立てて、大きな塊肉が焼かれ始めた。
(お、おぉ……! これは勝った……!)
海斗くんが勝利していた。
ガッツポーズをしているのが目に浮かぶ。
そう言う私も、内心では拳を振り上げて雄叫びを上げている。
なんてことだ、シャトーブリアン……
焼くだけで絵面が凄まじい……!
流れ出す肉汁が黒い鉄板を滑り、真っ赤で良質な肉の断面が、火が通っていく様を見せつけてくる。
シャトーブリアンは、レア〜ミディアムレアで頂くのが鉄則であるが、そもそも分厚いので、表面に関しては焼き色がつくまでしっかり目に焼いていく。
ぐぅ。
隣でお腹が鳴っていた。
わかる……
でも、もう少しだけ待っておくれ……
しっかり焼けたシャトーブリアンを、アルミホイルに包んで二分休ませる。
これで肉汁が落ち着いて、ようやく最高の状態になるのだ。
キッチンタイマーが待ちに待った時間を告げる。
「よし、切るよ!」
「待ってました……」
もうヘロヘロになっているギャラリーを前に、肉を切り分ける。
中に赤みが残る、完璧な焼き加減である。
これで旨くないわけがないわ。
「食べましょう……食べましょう……」
海斗くんの語彙が消滅していた。
◇
海斗くんは、テーブルに並んだ御馳走に喉を鳴らす。
シャトーブリアンは、切り分けられた姿も気品に満ち溢れていた。
王族のお供として、海斗くんはライス、私はワインをつけている。
さすがにこれは、葡萄酒しかないでしょう。
この前の泥酔事件のようにならないようには気をつけたいところである。
「食べて……いいですか……!」
「どうぞ!」
「いただきます……」
彼はナイフとフォークを綺麗に使い、女王様を口に入れる。
その瞬間。
(ひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん……ッ!!!!!!♡♡♡♡♡♡♡♡)
彼の感情が波になって押し寄せてきた。
(し、しびれりゅ‼ 旨味が脳天を突き抜けていく‼ 俺は今、肉の雷に打たれている‼)
大変珍しいことに、彼の興奮は外見にまで滲み出ていた。
彼はわずかに目を見開いて、二切れ目に手を付ける。
(ナイフが要らないほどの柔らかさ。ふわっと溶けるような食感。そして、口内を通して全身に襲ってくる肉の圧倒的旨味。これはもはや旨い空気を食っているようなものだ。このシャトーブリアンとかいう空気旨い)
それは流石に言い過ぎだと思いながら、私も自分のステーキの味を確認する。
当然空気ではないものの、その極上の柔らかさは、赤身肉とは思えないほどだった。
(あぁ、肉が俺を祝福している。肉の鐘が鳴り響き、肉国の門が開いている。ここまでされては、丁重に平らげるしかない)
謎に居住まいを正して、食事を進めていく。
(しかしこれ、ちょっと旨すぎるな……やっぱりお姉ちゃんは天才だ……)
黙々と食べながら脳内で褒めてくる彼に、私はなんとなく、数ヶ月前の再会を思い出していた。
そのときはオムライスを作って、突然の食レポに驚いたものだ。
あれから結構な時間が経った。
まさか会社をやめることになるとは思わなかったけど。
こんなに強くなれたのは、こんなに楽しい時間が過ごせるようになったのは……全部君が来てくれたおかげだ。
「ありがと」
「……え?」
顔を上げる。
子犬みたいな目でキョトンとしている彼に、私は今の思いを告げた。
「これからも、うちにご飯食べに来てね。頑張っておいしいの作るからさ。君のために」
「あの……はい、勿論です……」
彼はポツリと呟くと、照れたように頬を染めて皿の上に視線を落とした。
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【大事なお願い】
ここまで読んでくださってありがとうございます……!
この作品は、カクヨムコン応募作品です。
受賞できるとは思っていません。
ただ一度でいいので、読者選考というものを抜けてみたくって……
もし少しでも、面白かった! もっと読みたい! 楽しかった!
と思っていただけましたら……
ぜひ、下にある【星☆評価】でエールをください……
現時点の評価で構いません。
1つ押していただけるだけで大変ありがたいです。
入れて頂けたら【子孫安全運転】の舞を舞わせていただきます……
(読者選考は2/8までなので、それまでに何卒……!)
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