第18話 呆れてビターチョコ
「一、一、〇っと」
画面越しの親友が、スマホで私を通報しようとしていた。
「警察呼ばないで……やましいことはなにもないから……」
「なぜ言い切れる? 記憶ないのに」
「うっ……でも、ないはず……」
タジタジになりながら、否定する。
美波とのオンライン定例会にて。
私が先日海斗くんにやらかした粗相について、半ば無理やり報告させられている最中であった。
今日の美波は、ビターチョコひとつでウィスキーを飲んでいた。
グラスには、氷山みたいな氷がひとつ。
座りかたやグラスの揺らしかたからして、貫禄のある母である。
ゴッドマザーだ。
「だって、私酔っちゃった〜したんでしょ?」
「言い方に悪意がある」
「そのままベタベタしてたんでしょ」
「それは……その……」
「ほら、絶対進捗してんじゃない」
「してない、はず……」
私の言葉は、尻すぼみになってしまう。
「あと、進捗っていうのやめて……」
正直に言えば、海斗くんが来る前あたりから、私には記憶が断片的にしかないのだった。
そして、その日からというもの、海斗くんの様子はなんだかぎこちないのだった。
本当は、美波の言う通り、なにかやらかしてしまったのではないか……
そんな心配が頭の片隅でくすぶっている。
「な〜んか煮えきらないのよねぇ。引っかかってることあるんじゃないの? 言ってみ?」
見抜いたことを言う美波。
「……通報しない?」
「しない。本当に悩んでるならね」
「私はなにもしてない自信あるんだけどさ。ただ、彼が最近、妙に気まずそうで……」
「はい。一、一、〇っと」
裏切りやがったな。
険しい顔をする私の前で、彼女はガハハと笑いながら背もたれによりかかる。
琥珀色の液体を揺らし、本当にどこぞのボスのようだ。
「声はきこえてこないんか? いつもの心の声は」
「あんまり。元々そんなに声させないから、あの子。感情の浮き沈みがあんまりないのかなって」
「ほーなんだ。感情が薄い系男子ね……そんな高校生いるのかしら……」
美波はチョコを口に放り込みながら首を傾げる。
「でも青葉さ、あんた大丈夫なの?」
「なにが?」
「その子、彼女とかいるんじゃないの」
その質問は良くない。
胸の奥をやすりがけされたような嫌な痛みを覚える。
「い、いないんじゃないかな……?」
「なぜそう言い切れる?」
「だって、そんな話はきいてないし……そんな雰囲気も……」
言いながら、自分で気づく。
これらすべて、特に根拠にはならない。
なんとなく、毎日のようにご飯を食べにやってくるから、いないものだと踏んでいただけで。
よく考えれば、彼女持ちであろうがなかろうが、高校生が毎日家に帰ってご飯を食べるのは当然であった。
同棲の選択肢がある社会人じゃないんだから。
しかも、私は彼より十歳も上の貧困年増である。
高校生からしたら、アウトオブ眼中すぎて彼女の有無を話すという発想さえ浮かばないだけでは?
彼にとって私は、過去にほんの少し関わりがあったというだけで世話を焼いてくる、ただの泥酔飯炊き女に過ぎないのでは……?
「あーあー」
画面の先の女は、憎たらしいニヤニヤ顔である。
私は虚勢を張った。
「て、ていうか、いても別になにも思わないし?」
「ほうかいほうかい。ま、ダチとしては相手が未成年でも恋してくれてるほうが喜ばしいけどね。そのほうが、普通の人間みたいだから」
「……」
ぐぅの音も出ない。
高校二年の特性獲得後から、私は普通の人間らしき人生を送れたことがあまりなかったから。
その様子をずっと見てきた彼女としては、それは至極素直な感想なのだろう。
迷惑をかけてきた過去を思って、申し訳なくなる。
「ところで、仕事は順調?」
美波がチョコをかじりながら水を向ける。
これが、本来のこの定例会の趣旨であった。
私が仕事の話をし、社会で壊れかけていないか確認する、健康観察の場として企画されたのだ。
決して未成年との恋バナ報告会ではないのだ。
「うん。一応、客先とやる飲み会は、上司に言って断れた」
「え、断れたの⁉ 今の青葉が⁉ いいねぇ、愛の力かおいおい!」
否めない。
「しかし、うまく行き過ぎてるな。そろそろ恋路を邪魔する女が出ないと」
「好きよね、美波。ああいう映画」
「全ての映画はインドに行って恋に仕事に充実してくれ」
カラカラと氷を鳴らして笑う。
私もつられて笑ってしまった。
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次回、黒酢酢豚です。
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