第12話 約定

 佐々木は話を続ける。

「では、他にありますか?」

 佐々木は双方の意見を公平に聞く姿勢を見せている。確かに中立の立場である。しかし、佐々木の意図に関わりなく、こういった場でルールや情報が増えることは何でもありの剣術側の手足を縛ることになり、剣道部に有利に働く。

 和之はもう少し踏み込むことにした。

「あの、一つよろしいですか。攻撃の優先劣後というのはあるんでしょうか?例えば、足への攻撃の直後に面打ちが入った場合、先に攻撃に成功したのは足打ち側でも、真剣での勝負であったならば直後の面打ちは致命傷です。この場合、どちらの勝利になるんでしょうか。」

「そうですね。私としては面打ちの方を勝者と判断します。面、胴、首、利き腕側の手から肩は、いずれも命中した時点で戦闘不能として評価します。これに対して、足などのその他の部位は一段階評価が下がると言わざるをえません。相打ちはもちろん、やや遅れて前者の部位への攻撃が命中した場合も、前者の部位への攻撃を加えた方を勝者と判断します。」

「分かりました。ありがとうございます。」

 和之は自分の質問が予想以上の結果を出したことに満足した。秘剣の検討の中で足打ちについては、熟練した技術で放たれた場合にどうなるか、という点で今一つ薄気味が悪い気がしていた。しかし、相打ちの場合に面を優先することが分かっているのであれば怖くない。足打ちには面の防御が疎かになるという弱点があるのだから、相打ちで面を打てばいいというだけである。

「他には何かありますか。」

 佐々木は当事者が満足するまでこのやり取りを繰り返すつもりかもしれない。

 和之は、竹刀の長さについて意見を言うべきか考えていた。もし、竹刀の長さを制限できるならば、大石進のような長剣や、伸びる袈裟掛け、つまりは剣道部が考える玄武の太刀の最有力候補を封じることができる。しかし、制限が認められるだろうか。流派によって剣の長さに違いがあることは自然なことのようにも思える。

 それよりも、剣の長さに触れることは、背月一刀流の構えとの組み合わせで剣が伸びるトリックについて、こちらが気づいていると明かすようなものではないだろうか。秘剣はタネが分かってしまえば秘剣ではなくなる。最早、玄武ではなくミドリガメである。気づいていないと思わせて、それを振らせ、そして破る。その方がよいのではないだろうか。

 和之が黙り込んだことで、剣道部側で意見を述べる者はいなくなった。剣術部側も同様である。

「それでは、ルールについては以上で確定ということにします。よろしいですね。」

 佐々木は満足そうに頷いた上で続ける。

「次に、勝敗の後のことについて確認します。事前に羽根田君から両者で同意済みだと聞いてはいますが、審判として改めて確認します。剣道部が勝利した場合には、剣術部は、現在、週に一回使用している道場の使用の権利を剣道部に譲渡し、剣術部自体は廃部する、間違いないですか?」

「その通りです!」

 羽根田が間髪入れずに応えた。この条件が大人気ないものであることは彼自身も分かっている。異論が述べられた場合には、佐々木は再考を促すかもしれない。羽根田としてはそれを阻止したかった。

 佐々木は軽く頷いた上で恵介の方を見た。

「剣道部側はああ言っていますが、剣術部側はどうですか?」

 恵介は、数秒の間、目を閉じて考えた。

 そもそも彼はこの勝負に乗り気ではなかった。剣道部の強化は悪いことではないし、校長ハゲの強引さは気に食わないが、きちんと話し合えば解決できる問題だと思った。それでも、彼がこの勝負を受けたのは、最近、美咲に元気がなく、美咲と直樹との間で何かがあったと思ったからだ。何があったかは分からないし、自分にはそこに踏み込んでいく資格もない。ただ、もしも直樹が美咲を傷付けたのであれば許せない。琴音は直樹に木刀をブチ込んでやると言っていたが、その役目を自分が代わりに引き受けた。この勝負はそういうものだ。

 恵介は、意を決したように目を見開いて応えた。

「その条件で試合を受けました。負けた場合はそれで構いません。ただ、勝った場合の条件を追加させてください。」

「なるほど、自分たちが勝った場合のメリットがなければ、賭けとしてアンフェアじゃないかというわけですね。一理あると思います。それで、剣術部が勝ったら何を望むのですか?」

 恵介と佐々木のやり取りを聞いて、羽根田は苦笑した。どうせ、剣道部も部の存続を賭けろと言うのだろう。万一のリスクが大きくなれば、こちらが降りるとでも思ったか?馬鹿め、降りるわけがないだろう。こちらの条件を認めた時点でお前ら剣術部は終わりだ。

 恵介が立ち上がり、直樹を指差して言う。

「渡辺先輩!この勝負に俺が勝ったら、土下座して謝って下さい!」

 皆が一瞬呆気に取られたが、大吾が立ち上がって言い返す。

「バッカ!北山!お前、何言ってんだよ、この勝負決めたのは校長ハゲで、渡辺先輩は何も悪くないだろうが!」

 それでも、恵介は全く動じないで直樹の反応を待っている。直樹が立ち上がって言う。

「北山、具体的には誰に何を謝ったらいい?」

 真正面から尋ねられて、恵介は戸惑った。美咲先輩に謝って下さい、とは言えない。皆も見ているし、そもそも自分は美咲にとって何者でもないのだから。 

「渡辺先輩、あなたが傷付けた人にです。」

「………、分かった。もし、この勝負に負けたら、北山が謝れと言う相手に、許してもらえるまで土下座して謝ろう。それでいいか?」

「ええ、それで問題ありません。」

「ただ、俺は負けるつもりはない。無意味な約定だと思うけどな。」

 仮に恵介が勝ったとして、直樹が美咲に土下座をしても何も解決しないかもしれない。そういう意味では、勝負の結果の如何に関わらず、無意味な約定になるかもしれない。それでも、恵介は自分にできることはこれくらいなのだと納得することにした。

 恵介たちのやり取りを黙って見守っていた佐々木が笑顔で言う。

「若者たちが話し合って決めたことです。この条件で決まりでよろしいですね。あと、そこの君、羽根田君のことをハゲと呼ぶのはやめて下さい。彼も頭髪のことは気にしているのです。」



 会議が終わって、恵介と琴音は二人で下校していた。演劇部が何かを叫んでいるのが校舎に反響して聞こえる。街路樹の緑の間を爽やかな風が通り抜けていく。

「恵介、よくやった。渡辺の野郎を美咲に土下座させようってわけだな。私の代わりにありがとな。あとはヤツを倒すだけだな。」

「そうですね。でも、大丈夫ですかね。玄武、剣道部の連中にバレてたりしてませんかね。」

「なあに、大丈夫だろ。あいつらが言ってたところは的外れだったじゃんか。剣術部の他のエンジョイ勢の連中だって玄武の正体を知らないし、バレっこないって。」

「ま、バレてようが、バレてまいが、普通にやったんじゃ歯が立たないですし、俺は玄武に賭けるしかないですけど。」

「ってかさ、恵介はあれでよかったのか?」

「え、どういうことです?」

「『渡辺!俺が勝ったら美咲を貰う!美咲を賭けて勝負だあ!!』みたいな?」

「琴音先輩、漫画の読み過ぎですよ。それに美咲先輩を賭けの対象にしちゃだめでしょう。」

「ま、賭けの対象にしたら流石に美咲も怒るだろうなあ。でも、美咲がイエスっていえばいいんだろ?な、恵介、お前さ、勝ったら美咲に告白しろよ。」

「え、いや、何言ってるんですか。そういうんじゃない、ですよ。」

 琴音は、ふうっ、と息を吐いた。

「びびってんのか?私は、お前が渡辺と比べて劣るとは思ってないけどな。ぶつかってみたら、案外、美咲だってお前を選ぶかもしれないぜ?」

「いや、本当にそういうんじゃないんですって。」

「お前は本当に分かりやすいヤツだなあ。ま、いいや、告白するもしないもお前の自由だもんな。でもさ、一個だけ約束してくれよ。もし勝ったら、周りに気を使ったりしないで、正直に、後悔しないように行動しろよ。いいな?」

「わかり、ました。」

「よろしい。にひひひひ。」

 琴音はことさらに白い歯を見せて笑った。


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