第10話 足打

「折角調べてくれたんだろう?それも見せてくれないか?」

 直樹は笑顔で促した。和之は大吾の方を一瞥してから、意を決したように話を始めた。

「最後に紹介する案ですが、実は最初に思いついた案なんです。さっきの案と同じく特別な剣客でなくとも結果を出している剣、幕末の江戸の剣術界で一時期流行した技術、それが足打ちです。」

 おおっ、と剣道部員たちから声が上がる。足打ちは今の剣道では認められていないが、薙刀やスポーツチャンバラでは一般的な攻撃方法だ。ルールを取り払って考えるならば有効な攻撃方法のはずである。直樹もふむふむと頷く。

「なるほどな。もちろん、剣道の試合で足打ちをされたことはないし、やりづらそうだ。石橋、片倉、今度は一本取ってやるとは言わないのか?」

「うーん、なんていったらいいんでしょう。足を打つ技は幕末の江戸で道場破りが使っていた実績があります。実際に剣術の様々な流派に足を打つ技があるので、薙刀限定の技ってわけでもないんですよね。まあ、まずはやってみた方が分かりやすいですかね。片倉君、お願いします。」

「そうだよな。よっと、渡辺先輩、よろしくお願いします。」

 イマイチ気合の入らない調子で大吾が立ち上がり、竹刀を中段に構える。直樹も中段に構えて対峙した。

「じゃあ行きますよ。」

 大吾は剣を揺らしてタイミングを探ってから、素早く踏み込みつつ直樹の右膝の外側へ打ち込もうとした。が、直樹は体を捌いて回避し、小手から面へと連続して竹刀を放ち反撃した。

 パパン!命中。直樹の勝利である。大吾が肩を竦めながら言う。

「まあ、こうなるんですよね。渡辺先輩、一応、もう一パターン検討してあるんで、もう一戦お願いします。」

「こちらこそ頼む。」

 再び中段で対峙する両者。

「行きますよ。」

 大吾は、何度か剣先を合わせ、直樹の竹刀を軽く上方向に払ってから、身体を沈み込ませながら直樹の左側へ大きく踏み込んだ。そこから身体を回転させつつ剣を水平に薙ぐようにして直樹の左膝の内側を狙う。が、直樹は右後方へ下がって回避し、改めて踏み込みつつ大吾の面を打った。

 バシッ。直樹の勝利である。

 大吾は、ふうっ、と息を吐いて面を取った。

「では、片倉君から解説をどうぞ。」

「足を打とうとすると剣が下に向かうんで、面とか小手とかが空くんですよね。で、立った状態で足を狙うと目標が遠いんで、回避されて、そのままやられてしまう、と。体を沈めて薙ぐ形なら、目標の遠さはマシになるんですけど、態勢がキツいんで下がる相手を追えない。あと、相手の面とか小手とかの方が早いんで。」

「渡辺先輩はどうです?」

「実感として、面や小手が空くから打ちやすい感じはしたな。」

「では、石橋からも補足します。予測していない相手に奇襲で仕掛ける分には受けづらいというメリットはあると思うのですが、攻撃側も隙が大きく、打つ場所が遠いというデメリットが大きいといわざるをえません。幕末に実戦で使用された例としては高低差がある場所での戦闘など、状況がデメリットを打ち消す場面であったようです。薙刀なら打つ場所の遠さを余り気にせずに済みますし、スポーツチャンバラなら剣が短く軽い上に相手の剣も同様に短いので、デメリットが小さく、主戦力となるわけですが、剣道対剣術、という場面には向かないかと。何より、剣術の技としては珍しくないので、『秘剣』というのと矛盾する気がします。」

「っていうか、これ思いついたの石橋ですよ。玄武といえば亀、亀といえば地面、地面といえば足打だあって。最初に思いついた案だったんで、俺、それなりに練習したんですけど、なんか勝手が違うっていうか、剣道の打ち方だと上手くいかないんですよね。北山のヤツも日頃からやってるならまだしも、袈裟懸けとは違うんで、厳しいんじゃないですかね。あと、練習してて思ったんですけど、足打と面で相打ちになったら、普通、面の方を取るんじゃないですかね?」

「なるほどな。その辺のルールはどうなるんだろうな。足打も気になるが、木刀の方も気になるな。袈裟懸けを木刀でやられたら竹刀では受けきれないと思うんだが。」




 その頃、北山恵介は、作戦会議という名目で大崎琴音にカフェに引っ張って来られていた。

「へっくしょいっ!あー、誰か俺の噂をしてるんですかね。さっきからくしゃみが止まらないんですけど。」

「可愛い女の子が噂してくれてたら嬉しいなあってか?おい、こんな美女とカフェに来て言うことはそれか?ってか、恵介、たるんでんじゃねえのか?」

「いやいや、琴音先輩、それは濡れ衣ですよ。こう見えて抜かりなく稽古してるんですから。昨日も道場で師範に相手してもらったんですよ。」

「ほう、そうかあ。感心、感心。」

 琴音はカプチーノをくるくるとかき混ぜた。ラテアートのくまが不思議な模様へと姿を変える。

「それで、玄武はいけそうか?」

「技としては一応は完成してますよ。高校入る前から何年も稽古してますしね。ただ、新聞部の記事に書かれちゃったから警戒されてるでしょうね。」

 恵介はグラスに口を付けてアイスコーヒーを一口飲んだ。ブラックの苦さが広がる。

「大丈夫、大丈夫。名前だけじゃ技の中身までは分からないって。何にせよ、普通にやったら渡辺には勝てないだろ?やるしかないんじゃね?」

「まあ、そうですけど、本当にやっちゃっていいんですかね?」

「そりゃ、お前、ダメってことはないだろ。今更、爺ちゃんだって秘剣だから使うなとか言わねえだろ。ってか、私が許す。ぶっ放してこい。」

「いや、師範は琴音先輩と同意見なんでいいんですけど、ルールの方が大丈夫かなって。」

「ああ、そっちか。何か爺ちゃんが、知り合いの武道家が審判やって調整してくれるって言ってた。ってことは問題ないんじゃねえの?」

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