第8話 二刀

「おい、石橋、何か趣旨変わってきてねえか?」

 石橋和之の妙な物言いを捉えて、剣道部員の一人が混ぜ返す。

「いやいやいや、これくらい真剣にやって初めて対策になるわけですよ。では、次は、史上最強の剣客といえば必ず名前が挙がる宮本武蔵。その代名詞である二刀流を検討してみましょう!」

 剣道部員の一人から質問が飛ぶ。

「おい、石橋!剣術部の流派は背月一刀流とかいうんだろ?二刀流ってことはないんじゃね?」

「いやあ、それは分からないでしょう。秘剣というくらいですから、一刀流と名乗っておいて実は二刀流というのもありうるのではないでしょうか。」

 他の剣道部員からも質問が出る。

「そもそも、あれって一刀流なのか?」

「あ、それ、いい質問ですね。いわゆる一刀流と名の付く流派は、その多くが戦国時代末に伊藤一刀斎が創始した一刀流を源流にしていて、そこから小野派一刀流とか中西派一刀流とか様々な形に派生したと考えられています。北辰一刀流も派生した流派の一つなので、現代剣道もいわば一刀流の一種といえるかもしれません。」

「そうそう、それだよ。でもさ、剣術部が練習してるとこ見たことあるけど、あれ全然違うだろ?」

 剣術部は体育館脇の庇の下で木刀の素振りをしていることがあり、この高校の生徒たちは誰もが一度は見たことがある。剣道部員たちはその姿を思い出した。

 剣術部の素振りは木刀を右肩に担ぐように背後まで振りかぶり、踏み出しながら袈裟懸けに振り下ろすものだ。流派名の「背月」は剣を背負う形を指したものであろう。しかし、その点も含めて剣道部のイメージする「一刀流」とはかけ離れているように思われる。刃筋の通し方も足の運び方も全く異なっており、源流を同じくするものとは到底思えない。

「ですよね。そんなわけで、あの『一刀流』という名前に捉われないほうがよいかと。」

 和之の言っていることは間違ってはいない。しかし、さらに疑問の声が上がる。

「『一刀流』じゃないからって、二刀流ってことにはならないんじゃね?」

「まあまあまあ、渡辺先輩、試合で二刀流と対戦したことあります?」

「いや、ないな。」

「でしょう?これはやっておく価値ありですよ。」

 和之は議論を強引に押し切った。そして、傍らの竹刀袋から取り出したのは普通の竹刀のように見える竹刀と、さっきの長竹刀とは対照的な短い竹刀。短い方の長さは普通の竹刀の6割くらいだろうか。

「宮本武蔵の二天一流は再現が難しいので、他の流派の二刀流で検討しようと思います。この短い竹刀を左手、そして残る一本を右手で遣います。実は、こっちの竹刀も少しだけ短いんです。片倉君、お願いします!」

「おう!渡辺先輩、今度こそ一本取らせてもらいますよ!」

 渡辺直樹と片倉大吾が再び剣道場の中央で対峙する。直樹は中段に構える。

 これに対して、大吾は左手に持った短竹刀を直樹に向け、右手に持った竹刀を真上に構えた。これだけでも異様な構えだが、剣道部員たちの注目を引いたのは足の位置である。剣道では、通常、右足を前、左足を後ろにして構えるのだが、大吾は逆に左足を前、右足を後ろ、そしてやや半身に構えた。

 向き合った直樹は戸惑った。

 大吾の面は右手で隠れており、半身のため胴が遠く、右手の小手は面の上に来ていて更に遠い。狙える部位が左手の小手くらいしかない。しかし、それは大吾の方でも分かっているだろう。短竹刀を持った左手がゆらゆらと揺れる。誘いをかけているのだろうか。真上に振り上げた右手の竹刀はいつでもこちらの面に振り下ろす準備が出来ている。迂闊に攻めてよいものか。二刀流は防御に優れた型だと聞いてはいた。しかし、こうも攻めづらいものだとは。

 大吾はカニのように左へ回り込みながら少しずつ間合いを詰めてくる。やや重い足の運びである。慣れないリズムの動きで、次の動きが読みづらい。

 ゆらり。

 囮のように動いていた大吾の短竹刀が徐ろに直樹の竹刀の上に覆い被さる。と、その瞬間、大吾は間合いを詰め、左手の短竹刀で直樹の竹刀を抑えて逸らしつつ、左手と交差するように右手の竹刀を面へと振り下ろした。

 直樹は反射的に竹刀を上げて受けようとしたが、竹刀は押さえ付けられており、上げる動作がやや遅れる。

「くっ!」

 しかし、大吾が振り下ろした竹刀は空を切った。直樹は無意識に体を捌いて回避していた。繰り返してきた受けの練習の賜物だろう。

 すぐさま、直樹は大吾に面を放った。大吾は咄嗟に短竹刀を上げる、しかし、受け切れず。

 バシッ!

 直樹の剣は大吾の面を捉えた。

「面あり!渡辺先輩の勝利!」

「ああっ、あと少しだったのに!ってか、石橋、お前はどっちの味方なんだよ!」

 大吾が和之に愚痴をこぼす。

「いやいや、これ秘剣検討会だから。渡辺先輩が二刀流を破れるようになれば目的達成だから。そんなわけで片倉君、二刀流どうでしょう?」

「正直、片手で竹刀を扱うのがキツい。振り下ろすのはなんとかなるけど、コントロールしづらい。あと、空振った後の隙がデカ過ぎる。弱点がばれる前なら奇襲でいけるんじゃないかなって思ったんだけどなあ。」

「とのことですが、渡辺先輩いかがでしょう?」

「どこを打てばいいのか戸惑ったし、竹刀を抑えながら面を打ってきたときはヒヤリとしたよ。今までにない経験だった。ただ、片倉も言ってたけど、左右どっちの剣も片手だから力強さが足りないと感じたかな。積極的に攻めれば崩せると思う。」

「では、石橋から少し補足しますが、二刀流を使いこなすにはかなりの握力と腕力が必要になるようです。宮本武蔵があれだけ有名になっても、二刀流の使い手が多くないのはその辺りに理由があるようです。歴史的に見ると、小太刀や十手などもっと短い武器での二刀流の流派もあるそうで、この場合には取り回しはよくなるかとは思いますが、リーチの差が開くことになります。」

 和之が再びドヤ顔で締める。

「俺だって毎日竹刀を振ってるし、北山のヤツが俺より握力や腕力が強いってのも想像できないんで、こう、バシバシッって攻めまくったら受け切れないんじゃないですかね?」

 大吾が改めて感想を言う。

「そうだな。俺もそう思う。二刀流は初見では危なかったかもしれない。石橋、片倉、ありがとう。」

 直樹が丁寧に礼を言うと、和之が遮った。

「いやいやいや、渡辺先輩、礼は早いです。次の秘剣候補こそ我々の本命。今度は一本取らせてもらいますよ。」


 

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