第7話 長剣
過去に「山坂藩安政御前試合」というものがあったらしい。
新聞部の調査報道により、剣術部の謎の昔話がどうやら実際にあった話のようだと分かると、剣道部としても捨て置けない話だと考えるようになった。
何しろ、その対戦では背月一刀流つまりは剣術部側が勝利したというのである。新聞部の記事によれば勝負のカギとなったのは「秘剣玄武の太刀」だという。「秘剣」というからには普通でない剣なのであろう。
普通に戦えば剣道部のエース渡辺が勝つことは疑いない。しかし、ゲームの裏技のような方法で普通でない勝負を仕掛けられたならば万が一のことがあるかもしれない。
記事が出た翌週の火曜日、剣道部では稽古の時間を割いて「秘剣」対策の検討会を行うことにした。
「それでは、この不肖石橋和之、渡辺先輩のために検討しました『秘剣』候補につきまして発表させていただきます!」
剣道場の中央、部員たちが車座になった中心で次期部長の二年生石橋和之が大声を張り上げる。
彼は剣の腕はイマイチだが、剣道部の様々な雑事を進んで引き受けるマメさと、明るく何にでも積極的な人柄から満場一致で次期部長に選ばれた男だ。
「まず、『秘剣』とは技なのか、そもそも剣そのものなのか、という観点から検討しました。」
一体何を言い出すのか、という者は剣道部のメンバーにはいない。和之がこういう細かなところを気にする性質なのは皆よく知っているのである。彼の学業成績がよいのもこの辺りに理由があるのかもしれない。
「仮に剣に秘密があるとした場合、どのような形が考えられるか。江戸時代末期、江戸中の剣術道場に他流試合を挑んでは勝利し続け、北辰一刀流の流祖である千葉周作とも引き分けた大石進の竹刀をここに再現しました!」
和之が説明とともに覆いを払って示したのは明らかに長い竹刀であった。さっきから、彼が棒状のものを傍らに置いていることに皆が気づいていたが、余りに長いので竹刀だとは思わず、槍術なり棒術なり他の武道の話をし始めるのではないかと思っていたくらいだった。
「通常の竹刀が三尺八寸あるいは大人用なら三尺九寸120センチ位なのに対して、この長竹刀は五尺三寸160センチほどもあります。」
そう言って和之が長竹刀の柄の先を床につくと、和之の身長程もあることが見て取れた。
「彼はこの長竹刀で正確かつ高速の突きを繰り出すことで名だたる剣豪たちを打ち負かし、今でも史上最強の剣客として彼の名前を挙げる人もいるくらいです。」
なるほど、相手の間合いの外からあの長竹刀で突きを放つのは合理的かつ分かりやすい強みである。
「そしてさらに!」
和之は鞄から直径20センチ以上もあろうかと思われる円盤を取り出した。と、鍋の蓋のように見えたそれを長竹刀に取り付けた。
「この鍔があることにより、小手や突きでの反撃も困難です。」
剣道部員たちはざわついた。この不思議な長竹刀は剣道のルール上は使えないが、剣道対剣術という今回の試合に使われるとしたらノーとは言えないのではないか。自分ならどう戦うか。非常にやり辛いことは間違いない。
「なんだこれ?どうやって戦うんだよ……。」
部員の一人がポツリと呟く。
「ちなみに、千葉周作は鍋の蓋を鍔にして同じような長竹刀を用意して引き分けたそうです。その後も大石進は他の剣客たちを相手に勝利しまくってますから、この作戦で引き分けに持ち込むのも簡単ではなさそうです。」
部員たちのざわめきが大きくなる。
「大石進の活躍後、江戸で大流行したこの長竹刀が実際のところどうなのか。渡辺先輩には、実際に戦って体験してもらいたいと思います!片倉君、よろしく!」
「渡辺先輩、悪いですけど、一本取らせてもらいますよ!」
立ち上がったのは、長身痩躯、身長185センチの二年生片倉大吾。突きが得意技の次期エースである。長竹刀を受け取り、防具を着けて剣道場の中央で直樹と対峙する。
「片倉、思いっきり頼む。」
礼をして、お互い中段に構える。
大吾は、剣先を揺らし、タイミングをうかがう。長竹刀の切っ先は相手の喉元付近へ真っ直ぐ伸びている。踏み込めば自分の突きは届く距離だが、相手の竹刀は届かない。しかも、相手から最も近い打突部位である小手は大きな鍔で防御されている。流石に渡辺先輩でもこれは対応できないのではないか。余裕を持って、一回、二回とフェイントを入れてから、大吾は突きを放った。
その瞬間、渡辺直樹は剣先で長竹刀を逸らしながら大きく踏み込んだ。大吾は剣を引き戻して防御の姿勢を取ろうとするが、長竹刀は重く、咄嗟に充分な態勢を取ることができない。直樹はそのまま突進し、鍔元を長竹刀の腹に当てて払い、面を打ちこんだ。
バシッ!剣道場に乾いた音が響く。
「おおー!!」
一呼吸遅れて部員たちの歓声が上がる。難物に思えた長竹刀を直樹が破ってみせたことで一同大盛り上がりである。
「待っ、待ってください。もう一度だけやらせてください!」
大吾が納得いかない様子で手を上げた。途中までは自分が優勢だったはずだ。長竹刀の重さを忘れて思い切り突いたのが失敗だった。しかし、回避された場合に長竹刀を引くことを考えながら慎重に戦えばもうちょっとやれるはずだ。
「と、言ってますが、渡辺先輩、どうでしょう?」
「ああ、折角だからもう一度やろう。俺も思いついたことがある。」
再度対峙する両者。今度は、大吾はフェイントを繰り返し、なかなか突きにいかない。
「片倉、今度はこっちから行くぞ。」
直樹は、長竹刀の剣先から10センチほどのところを左下へ払った。そうして大吾の長竹刀がやや逸れたところへ剣と剣とを滑らせるように間合いを詰め、鍔元と鍔元とをぶつけるような形で大吾を押し込んだ。そして、右後方に下がりながら面打ち。はっきりと分かる形での完勝である。
「参りました。」
大吾は今度は負けを認めた。自分から攻めていって負け、相手に攻められて負け、なのだから仕方がない。何より、長竹刀の欠点にも気付かされた。
「では、片倉くん、長竹刀の感想をどうぞ。」
「長竹刀は見た目よりもめちゃ重くて、突くことはできるけど、小手とか打つのは厳しい。小回りが利かない。間合いを詰められるとキツい。あと、剣先を払われると支えられない。」
「とのことですが、渡辺先輩いかがでしょう?」
「長竹刀の重さのせいか起こりが分かりやすいし、速い攻撃手段が突きに限られているせいで払って間合いに入るのもそこまで難しくない。長い竹刀の先を払うと重心が崩れやすいのは、片倉の言うとおりだと思う。」
「では、石橋から少し補足させてもらいますが、この長竹刀の流行が廃れてしまったことは、現在の剣道や幕末の時代劇でも見かけないことからも明らかですね。渡辺先輩と片倉君が指摘したように竹刀の重さなどのせいで扱いが難しかったのだと思われます。なお、大石進は身長210センチの大男で、剣術の他に槍術も修めていた上、左利きだったと伝わるので、長竹刀の長さや重さから来る難点を個人の能力でクリアしていたものと考えられます。」
和之がドヤ顔で話を区切る。
「うーん、身長185センチの俺でも使いこなせないとなると、北山のヤツには厳しいんじゃないですかね。あいつ、170センチくらいだったと思いますよ?」
大吾は実感を込めて直樹に進言する。
「そうだな、石橋、片倉、お前らのお蔭で長剣という線は対処出来そうだ。ありがとう。」
剣道場に起こる拍手。部員たちに勝利が近づいたと安堵が広がる。
「まだまだ!秘剣候補はまだありますよ!勝負はこれからです!」
和之がニヤリと笑いながら言った。
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