第4話 布告

「あれ、美咲先輩って今日も渡辺先輩と帰るんでしたっけ?」

「おいおい、恵介、私だけじゃ不満だってか?いい度胸してんなあ。」

「いや、そういうんじゃなくてですね、確認しただけですよ。」

 北山恵介、大崎琴音、桐谷美咲の三人は近所の幼馴染だ。琴音は、美咲と親友であり、恵介を子分扱いしているので、都合、三人で行動することが多かった。恵介の変に丁寧な言葉遣いは、琴音の子分に対する教育の賜物である。

 三人の関係に変化があったのは今年の初め、美咲が渡辺直樹と交際を開始したからだ。剣道部の練習がない日などは美咲は直樹と帰るので、都合、恵介は琴音と二人で帰ることになる。

 校門を出て、二人は並んで歩く。街路樹のハナミズキの白に夕陽が映える。

「恵介、あれってさあ、剣道場明け渡して、柔道場で稽古すればいいだけじゃないの?柔道部って、週3回しか練習してないっしょ?」

「そうですねえ、正直なところ、畳の方が練習も楽かもしれませんよねえ。」

「だいたいさあ、爺ちゃんは昔の話持ち出してたけど、そもそも幕末に剣道なんかあんの?」

 琴音も恵介も、幕末の御前試合の話は耳にタコが出来るほど聞かされていた。彼らの流派では、背月一刀流の「月」と北辰一刀流の北辰つまり北極星の「星」とを取って「月星の決闘」と呼んで語り草となっている。当事者視点での言い伝えなので、多少は都合の良い脚色を含んでいるだろう。

「北辰一刀流、って話でしたよね。剣道とは違うんじゃないかと思いますけど。」

「それにさ、北辰一刀流と戦った、って言ってもさ、あっちは免許皆伝でも目録でもなんでもなくって、何年か江戸に留学してただけの若造だったんだろ?それを当時の師範が秘剣で分からん殺しをしたって、北辰一刀流に勝ったことにはならないんじゃねえか?自慢できる話なんかなあ。」

「勝ちは勝ちなんでしょうけど、一体、何に勝ったってことになるんでしょうかね。」

「なんかエキサイトして、剣術対剣道で決闘だ!とか言い出しかねない勢いだったなあ。まったく、小学生かよ。ははは。」

「テニス対卓球みたいなもんだもんなあ。どっちが強いとかって話じゃないですよね。」

「あ、でも、ちょっと待て。剣術部対剣道部ってことは恵介対渡辺だろ?お前、これチャンスだぜ?美咲を賭けて俺と勝負しろ!ってさ。」

「琴音先輩、やめてくださいよ、そういうんじゃないんですって。」

 渡辺直樹は剣道部のエースで、顔も良く、背も高く、女子たちに人気があり、一方で性格もさっぱりしていて、男子の中にも悪口を言う者はいない。但し嫉妬は除く。きっと美咲先輩にも優しいだろう、と恵介は思う。自分の出る幕はない。彼らの邪魔になりたくはない。

「なははは、そういうことにしといてやるよ。まあ、正直、別の競技だし、いくら爺ちゃんと校長ハゲがエキサイトしたって、そんな馬鹿な話にはならねえよなあ。」

「ですよねえ。」


 それから数日が過ぎ、翌週の火曜日の朝。

 登校した恵介は、昇降口そばの掲示板に生徒たちが集まって騒いでいるのに遭遇した。恵介が近づくと人垣が割れた。まるで掲示板の前へ誘うように。

 周囲の皆が固唾を飲んで注目している中、恵介は掲示板のある張り紙を読んで、そのまま固まった。

 その張り紙には、校長名義の通達として、剣道部と剣術部との他流試合を行う旨が書かれていた。そして、その勝敗に剣道場の利用権と剣術部の存続とが賭けられる旨も。

「なあ、北山、これ本当にやんの?」

 同じ組の男子生徒が尋ねてくる。

「やるわけないだろ。なんの冗談だよ?」

「でも、お前の名前が書いてあるんだけど?」

「は?」

 恵介はもう一度、張り紙をよく読んでみた。

 確かに、剣術部の代表選手として恵介の名前が書かれている。剣道部の方は渡辺直樹だ。

「いやいやいや、こんなの聞いてないって。」

 恵介は目眩がした。校長ハゲが勝手に決めたことなのか?琴音先輩なら何か知ってるだろうか?始業のチャイムが鳴る。放課後に聞いてみよう、と思った。


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