イルミネーション
ライブが終わるとある者はすぐに会場を去り、ある者は残って一緒に来た友達や出演者と談笑を交わしていた。
圭太も出演者たちに挨拶くらいしていこうかと思ったのだが、忙しそうなので止めた。明とはいつだって会える。
そう決めて春奈に話しかけようとした矢先に、まさかの本日の主役が真っ直ぐにこちらへとやってきた。
「よう」
春奈はすぐに笑顔で反応した。
「里香~すごく良かったよ。私感動しちゃった」
「春奈には色々心配もかけたからな」
「それもあるけど、その……ありがとう」
「どういたしまして」
そのやり取りの意味が掴めず圭太は首を傾げた。しかし、よく考える間もなく里香が声をかけてくる。
「近藤も、ありがとな」
「楽しいライブだったよ、元気もらった」
「それは何よりだ」
ライブの余韻に浸りたい圭太は、そこから里香との会話を続けようとしたが、さすがに今日の彼女が放っておかれるはずもない。
「鮎川さん、ライブめっちゃ良かったよ~」
「かっこ良かった!」
主に同じ高校の女子を中心に人が集まり始めた。その後ろには話しかけたそうにちらちらと様子を窺っている男子たちの姿もある。
圭太と春奈は互いに顔を見合わせると、首を縦に振った。
「じゃあ私たち、もう帰るから」
「おう、気を付けてな。近藤、ちゃんと送っていけよ」
「わかってる」
客として来ているからか、今日の里香は圭太に対して寛大なようだ。まさかあちらから春奈を送るように言われるとは。
元々敵対する理由はこちらにはないので当然と言えば当然なのだが。
「行こうか」
「うん」
声をかけて踵を返し、春奈と一緒にホールを出ようとした際、離れたところで友達と談笑していた明と目が合う。
笑顔で親指を立てて来たので、同じアクションを返しておいた。
街はすっかり宵闇に包まれている。
下弦の月が輝く空の下を歩けば、手袋をしていない肌がひんやりとした空気を撫でた。ライブを観て熱くなっていた圭太にはそれが何とも心地良い。
「どんどん寒くなるね」
だが、そう言って笑う春奈にはどこか元気がなかった。
ライブを観て疲れたのだろうか。本当ならこの後、一緒に夕飯を食べて帰る予定だったのだが、この様子ならすぐに帰ってもらった方がいいのかもしれない。
圭太はあれこれ悩んだ末、聞くことにした。
「ライブ観て疲れちゃった?」
春奈が目を見開く。驚いたというよりは、意外な質問をされた、という表情な気がした。
「どうして?」
「いや、何かちょっと元気ないみたいだったから」
「そんなことないよ」
「そう? ならいいんだけど」
先日も寄ったファストフード店に行くため、今は大通りからは離れた場所を歩いている。
道行く人の数は、時間帯もあってそこまで多くはない。たまにすれ違う誰かもこちらを気にする様子はなく、圭太は二人を取り巻く空気だけが周囲から隔絶されているかのような錯覚があった。
足がふわふわして、寒いのにあまり寒さを感じない。いや、そうではなく、五感が他のもので埋まっていて、寒さを感じるスペースがないのだ。
「……」
「……」
しばらく無言の時間が続く。
別にそれはいいのだが、やはり春奈の様子がおかしいのが気になった。とはいえ本人が元気だと言っているのだからあまりしつこく聞くわけにもいかない。
だから、圭太はひとまず話題を振ってみることにした。
「ライブ、楽しかったね」
「うん。里香から一杯勇気もらっちゃった」
「勇気……あの、背中を後押し出来たら嬉しい、とか、迷うな、ってやつ?」
「そう」
「何か迷ってることがあったの?」
「あったけど、もう決めた」
「そっか」
残念だ。何か悩みがあるのなら相談に乗りたかったし、出来ることなら力になりたかった。
いや、悩みが解決したのならいいことではないか。そこは喜ぶべきだ。
圭太は自分を納得させて前を向いた。しかし、何か違和感がある。
後ろを振り向けば、今まで横並びで歩いていた春奈が立ち止まっていた。
「杉崎さん、どうしたの?」
春奈は神妙な面持ちで、こちらを見つめる瞳は儚く揺れている。鞄を持った両手を後ろに回していて、すっと息を吸ってから言った。
「近藤君」
「なに?」
「好きです。私と、付き合ってください」
「……………………え?」
圭太は一瞬どころか数秒の間、何が起きたのかがわからなかった。
人間、本当に驚いた時は言葉など出なくなるのだなあ。
三周ほど回って客観的に自分を見つめつつある圭太は、ぼんやりとそんなことを考えてしまう。
しかし目の前で、泣きそうな表情をしながら返事を待つ春奈を見て我に返った。
そうだ、今、自分は告白されたのだ。一体何がどうなってそうなったのかはわからないが、もちろん返事は決まっている。恥ずかしいがあの日のように、もう一度勇気を振り絞って言わなければならない。
圭太は拳を強く握りしめてから言った。
「俺も好きです。ずっと好きでした」
「……!」
春奈が目を見開いた。
「だからその、よろしくお願いします」
「あ、えと、こちらこそ……」
ここから後をどのようにすればいいのかわからず、圭太はただ視線を下に向けるばかりで何も出来ない。春奈も同様らしい。
「じゃあ俺たち、これで彼氏彼女ってことでいいのかな?」
「うん、いいと思う」
「そっか」
「……」
「……」
何ともむずがゆい空気が流れる。
しばらく余韻に浸っていたい圭太だったが、外は冷える。正直寒さなどどうでもよくなっているが、春奈はそうではないかもしれない。
「とりあえず、ご飯でも食べに行こっか」
その提案に春奈は即座にうなずいた。
「うん」
二人は止めていた歩みを再開する。
街の灯りに遮られて夜空に星は見えないが、確かにそこに存在する。ぽつりと浮かぶ月のように今も自分たちを照らしているだろうと、そんな当たり前のことを、圭太はふと思った。
こうして今宵、また一つの恋が新たなスタートを切るのであった。
〇 〇 〇
「まじで?」
「ああ。うまくいけば今頃手でも繋いでるかもな」
ライブが終わった後の、控室での会話だ。明は椅子に腰かけて、里香は側にあるソファーにどっかりと座り込んでいる。
すでに会場からはほとんどの客が引き上げていて、挨拶を済ませた明が片付けのために控室に入ると、そこには何とも言えない表情の里香がいた。
話を聞いてみれば、何と今日春奈が圭太に告白するつもりだと言う。
圭太から春奈の様子がおかしかったことを聞いて、二人がうまくいくことを確信し、一緒にライブを観に来るよう助言をした明だったが、さすがにそこまでは予想していなかった。
「杉崎さんって強い人なんだな」
「当たり前だろ。あたしの親友だぞ」
「いや、でもすぐに告白するなんて思わないだろ」
「そこはまああれだな、えーと誰だっけ、あのいかにもな女。あいつの影響だ」
「いかにもな女って誰だよ」
苦笑しつつ考える明だったが、他に最近圭太の身近にいた女子となれば一人しかいない。
「もしかして遠藤さんのことか?」
「そうそう、多分それ。そいつが近くにいたから自分の気持ちに気付けたし、近藤を取られる前に告白しないとってなったんだとよ」
「圭太は遠藤さんに全く興味なさそうだったけど」
「近藤がどう思ってるかは春奈にとって問題じゃない」
「それもそうだ」
人の心は理屈ではどうにもならない。
好きな人の側に自分以外の女子がいて、それが最近親交を深めているとなれば、どうやったって焦るものだ。
「で。何で里香はそんな顔をしてるんだ?」
落ちて込んでいるわけでもなければ、元気というわけでもない。
真剣で、何かに悩んでいるような。けれど、真っ直ぐに前を見て、何かと向き合っているような。感動しているような、そんな表情だ。
「春奈があんなにはっきりと何かを決めるとこは初めて見た。だからきっと、近藤を選ぶことがあいつにとっての幸せなんだと思う。なら、あたしはそれを応援しなきゃなんねえ」
「でも?」
明が合いの手を入れると、里香は両手で頭を抱えてうな垂れてしまう。
「複雑だよなあ~……」
「でもさ、里香はそんな複雑な気持ちを抱えてたのに、今日のライブを全力でやりきったよな。偉いよ」
「当たり前だろ」
「当たり前じゃない。だって、あの曲を、MCを、本気でやりきったんだからさ」
「……それも、当たり前だ」
最後に演奏した曲を作ったのは里香だ。
特に本人から何を聞いたわけでもないが、歌詞やMCを聴いていれば、そこに込められたメッセージは理解出来る。
「やっぱりお前は偉いよ」
「はあ~~~~春奈があたし以外の誰かのものになっちゃう~~」
「元々お前のものってわけじゃないだろ」
思わず苦笑する明だが、気持ちはわかっていた。
圭太が春奈と付き合えば嬉しいし、歓迎する。とはいえ、これから圭太と遊ぶ時間が減ると思えば少し寂しい。それを、もっと相手に対する依存度を高めていけば里香のようになるのだろう。
「わかってるけどさ~~」
里香は自分の頭を両手でわしゃわしゃとしてから顔をあげ、明を見た。自暴自棄になっているので、睨むような眼光の鋭さだ。
「おい明、飯行くぞ」
「ああ、今日はとことん付き合ってやるよ」
「絶対だからな。途中で帰るなよ」
「任せろって」
その後、中打ちという、ライブハウスの中での打ち上げが一時間ほど催されたのだが、それが終わるなり明と里香は夜の街に消えていった。
後日圭太が聞いた話によれば、明は里香にファストフード店で夜遅くまで付き合わされ、帰り道で補導されないか冷や冷やしたという。
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