メッセージ
その後二番手三番手と、ライブはつつがなく進行していった。
どのバンドもMCで「今日はお客さんが一杯ですね」としきりに驚いていたので、一番集客したのは明たちのバンドのようだ。
それはそうだろうな、と圭太は思った。周囲には見たことのある顔しかいない。明たちの出番が最後なのもそこに起因しているのだろう。
今日の出演は四組。三番手のバンドが演奏している途中で、里香は控室へと消えていった。
他のメンバーも自分が呼んだ友達への挨拶周りをしていて忙しそうだったので、圭太は受付で会って以来、明と会話を交わしていない。
気付けば、地下空間は満員かという勢いの人で埋め尽くされている。先程出演していたバンドがオリジナル曲の音源を売り込むため、物販席に出て来て大声でアピールを始めた。
長時間立ちっぱなしなので春奈が疲れていないか心配になるが、そこは里香がしきりに「座るか?」と聞いていたので問題はなさそうだ。
最後のバンドのセッティングが始まり、メンバーがステージへと上がる。
里香は発声しながら足元のスピーカーを気にしている。聞いた話によれば、あれは「モニター」もしくは「返し」と呼ばれるもので、自分たちが出している音を確認するためのもののようだ。
つまり、あのスピーカーから出ているのは、自分たちの音ということらしい。
基本的にはリハーサルの段階で音量の調整は終えているが、お客さんが入ることで音の響き方が変わったり、機材の調子に変化があったりで、たまに本番前のこのタイミングで再調整をすることもあるそうだ。
既に準備を終えたらしい里香が春奈に向かって手を振っている。春奈も少し照れながらそれに応じた。
控室に引き上げる里香の背中を目で追いながら、春奈がつぶやく。
「里香、今日はずっと楽しそうだった」
「鮎川さんって中学の時もバンドやってたの?」
バンドをやりたくてたまらない、という雰囲気があったので、何となくライブは初めてなのかと思ったが、今日の里香を見ているとそうは思えない。微妙に慣れているし、何より自信に溢れている。
春奈から告げられたのは、予想とはやや違った回答だった。
「バンドはやってなかったよ」
「ってことは一人で?」
「うん、メンバーを集めようとしたんだけど、中々人が集まらなくて」
「音楽やってる人、少なかったんだ?」
「そういうわけでもないんだけど……」
濁された先の言葉が、圭太にはわかる気がした。
里香は決して悪いやつではない。しかし、それを誰しもが理解できるとは限らないのだ。良く知らなければ、男勝りで尖った性格をしている怖い人だな、と思うのも無理はないと思う。
単純に音楽の趣味嗜好の問題だってあるだろう。
「私も小っちゃい頃にピアノやってたから、二人でやってみようってなったんだけど、初めての練習が終わった後に微妙な雰囲気になっちゃって。『春奈とは友達でいたいからバンドはやらない』って、結局一人で頑張ってた」
「一人ってことはギターの弾き語りかな」
「そうそう、駅前で路上ライブとかしてて、結構好評だったんだよ」
里香は男子よりは女子にモテそうなタイプだし、ギターが似合いそうだ。路上ライブをするなら絵になるだろうと圭太は思った。
「だから、バンドをやれてる今はすごく楽しいんだと思うし、南君にはすごく感謝してるみたい」
「メンバーは明が集めたってのは聞いてるけど、そんなことがあったんだね」
「それで、何で南君に声かけたの? って聞いたら見栄えが良くて人が良さそうでギターやってそうだから、だって」
「身も蓋もなさすぎ」
「でも、里香らしいよね」
「うん」
会話が途切れる頃にちょうど照明が落ちた。
そして圭太も知っているバンドの曲が流れる。摩耶が明から教えてもらった、とか言って聴いていたものだ。春奈が顔を寄せてきて、「里香が好きなバンドの曲なんだよ」と教えてくれた。
暗闇の中、ステージ上に主役たちが登場する。いつの間にか客席の最前列は圭太たちの高校の生徒で埋め尽くされていた。
里香が合図をして曲が止まると、その瞬間にステージがライトアップされ、メンバーが一斉にそれぞれの楽器を鳴らす。
「最高の夜を始めようぜ!」
そんな里香の言葉が終わると同時にドラムのカウントから曲が始まる。
アップテンポでストレートな爽快感のある曲で、ギターロックだとかパワーポップだとかそんな風に呼ばれるジャンルのものだ。
里香以外は初ライブのはずなのだが、特に明にあまり緊張しているような雰囲気はない。しかし、圭太にはわかる。あれはかなり緊張していて、それを悟られないように振る舞っているのだ。
イントロが終わってボーカルのパートが始まる。里香が大きく、一瞬で息を吸って歌い始めた。
圭太はこの時、銃で全身を撃ち抜かれたかのような衝撃を受けた。
力強いハスキーな歌声に、圧巻のパフォーマンス。圭太の歌を聴いて逃げ出してしまったボーカリストはどこにもいない。まるで十年前からステージの上にいたかのような貫禄。
この非日常な地下空間も、ステージを照らす照明も、客席を埋め尽くすオーディエンスたちも、全てが彼女を彩る装飾品のようだ。
明の前まで行って黄色い声援をあげていた女子たちも、いつしか里香のパフォーマンスを息を呑んで見つめていた。
明はそんな客席を満足気な表情で眺めている。「どうだ、うちのボーカルは」という心の声が圭太には聞こえる気がした。
一曲目が終わるのはあっと言う間だった。演奏終了と同時に、ライブハウスが爆発してしまいそうなほどの歓声に包まれる。
「ありがとな!」
そう言って客席に向かって手を振る里香は、恐らくこの瞬間、世界の誰よりも輝いていた。
このライブハウスは今夜、間違いなく世界で一番熱い場所になっている。
そんな大げさな表現が似合うほどに、明たちのバンドは、ボルテージを常に最高の状態で維持したままのようなライブを展開していた。
次が最後の一曲であることが告げられる。客席からはお約束などではなく、心の底からの残念そうな声があがった。しかし、ここまでMCは必要最低限にとどめて、ひたすら曲をやり続けていた里香が静かに、熱く語り始める。
「今日のライブ、どうだった? 楽しかったか?」
大きな歓声があがった。里香はそんな客席を見て柔らかく微笑む。
その笑顔には満足などではなく、オーディエンスが楽しんでくれて良かったという、安心や喜びが垣間見えていた。
「人間生きてると迷うことってあると思うんだよ。あたしらもう高校生だし、中学の時とは違って、これから色んなことを決めていかなきゃいけない。それにまあ、そんな人生に関わる話じゃなくてもさ。日常生活の中でちょっと勇気のいるような決断を前に迷うことだってあると思う」
場内は静まり返っている。皆、里香の言葉に聞き入っているのだ。
「だから、今日のあたしらがそれを少しでも後押し出来たら嬉しい」
また歓声があがる。
しかし里香は次の言葉を前に、拳を真っ直ぐ、そして力強く、圭太と春奈がいる方へ向かって突き出した。
「迷うな、自分を信じで突き進め! 最後の曲だ!」
その言葉にはどんな意味合いがあるのだろうか。そして、誰に向けたものだったのだろうか。
最後の曲は、イントロはしっとりしたバラード調ながらも、Bメロでストレートなロックに転じ、そのままサビでボルテージが最高潮に達するというものだった。後から聞いた話によれば、今日はこの最後の曲だけがオリジナルだったらしい。
隣に視線をやれば、春奈はこれまでにも増して食い入るようにステージを、その上で熱く歌う里香を見つめていた。
ライブは熱狂の渦の中で、派手に幕を閉じた。
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