ライブ当日

 それから数日が経ち、週末を迎えた。

 特にライブに一緒に行く約束をしてから、圭太が必要以上に春奈を意識してしまったせいか、何だか会話をしていてもぎくしゃくしている。

 だから今日は道案内をばっちり決めて、頼りになるところを見せつつより親睦を深めよう、と決意をする圭太であった。


 土曜日の夕方ということもあり、繁華街は人で溢れかえっている。

 すでに寒さが増しつつあることもあって、コートなどの厚着をしている人も見られるが、反対にまだまだ薄手で頑張っている人もいた。おしゃれは我慢と言うが、我慢は身体に毒とも言う。

 そんなことを、圭太は待ち合わせ場所で道行く人を眺めながら考えていた。あまりにも早く来すぎてしまったので他にすることがないのだ。他意はなく、単純に気合が入り過ぎて、待ち合わせの一時間近く前に到着している。


 これだけの人がいて、春奈を見付けることが出来るだろうか、と圭太は少し心配になった。しかし、それは杞憂に終わる。

 本来の待ち合わせ時間が近づいてきた頃、通りのかなり向こうから、早足でこちらに向かってくる春奈を見付けた。こちらに気付くと手をあげてくれたので、それに応じる。

 春奈の私服姿は今日も神々しい。こんな尊いものと一緒に歩くのなら、常日頃からファッションに気を配っていればよかった、と思う。今度バイトでもして服を買い揃えるか。

 気付けば女神は目前まで迫っていた。


「ごめんね、遅くなっちゃって」

「全然時間通りじゃない? 俺も今来たとこだし」

「そう? ならよかった」


 安堵の息を漏らす春奈。

 圭太が嘘をついたのは気を遣ったからではない。気合が入り過ぎて早く来てしまった、と正直に言うと気持ち悪がられそうだからだ。


「じゃあ行こうか」


 そう言って二人で歩き出した。

 ライブハウスに行く前に本屋に向かう。春奈が今週出た新刊を買っていきたいということで、あらかじめ決められていた予定だ。

 いつもの本屋に入ると、春奈がライトノベル新刊のコーナーで立ち止まる。圭太も何か買って行こうかと、一人でその奥へと歩みを進めた。


 今日はランキングではなく、適当に見繕って表紙やあらすじが気に入ったものを買うことにする。音楽でいうところの「ジャケ買い」のようなものだ。

 そうなると、ほとんどを背表紙で埋め尽くされた本棚よりも、その下に面陳で並べられたタイトルたちに目が行く。それらを追っていると、その中に「精霊術師の成り上がり」があった。

 そう言えば、と一巻を読み終えたものの、まだ続きを買っていなかったことを思い出した圭太は、二巻を手に取ってみる。

 表紙にはまだ見たことのないキャラが描かれているが、この巻で話の中心になるのだろうか。

 更に裏返してあらすじを確認しようとしたところで、横から声がかかる。


「『精霊術師』買うの?」


 春奈だ。新刊コーナーにあった本を数冊手に持っていて、会計はまだらしい。


「一巻が面白かったから、二巻も買おうかなって」

「近藤君が気に入ってくれて、嬉しいな」


 そう言って柔らかく微笑みながら、適当な一冊を拾い上げて眺める。


「一緒に本屋に来たあの日って、もう一か月も前のことなんだね」


 その横顔は、遠い日々の思い出を懐かしみ、感傷に浸っているようだ。

 圭太も時が過ぎるのは早いものだな、と思う。だが同時に彼女にとって「一緒に本屋に来たあの日」がどんな思い出なのかが気になっていた。


 結局、圭太は一冊、春奈は二冊を買って書店を後にした。

 出入り口から出る時、ふと店内を振り返ってみる。以前新刊コーナーにあったクルちゃんの姿はなく、別の作品を売り込むためのポップが掲示されていた。




 ライブハウスというのは案外身近な場所にある、というのは明の言葉だ。

 買い物、通勤、通学などで誰もが普段通るような場所にあるのだが、その大半が地下にあって、地上にはただ階段の入り口があるだけだったりするので、関係者以外が存在に気付きづらいのである。

 もちろん雑居ビルの上階や独立した建物など、地上にあるライブハウスもあるがそれらは全体の三割ほどという印象だ。


 だから、あらかじめ地図を確認し、周辺の建物との位置関係なども把握していた圭太が、それでもライブハウスの入り口を見付けられなかったというのは、そんなに不思議な話ではないのである。


「もしかしてこれ、かな?」

「これ、だと思う」


 圭太の言葉に、春奈が自信なさげに相槌を打った。

 二人は何の変哲もない階段の入り口に立っている。だが、よく見ればその横に立て看板が置いてあり、今日開催されるイベントを紹介していた。


 春奈を案内するんだと意気揚々と先頭に立った圭太だが、あるべき場所にライブハウスが見当たらず、周辺を徘徊したあげくにようやくこれを発見したのだ。


「看板にライブハウスの名前書いてあるし」

「あ、里香たちのバンドの名前だ」


 ようやく発見できたことに胸を撫でおろしつつ、圭太が先に階段を下る。


「ごめん、ちょっと迷っちゃって」

「ううん、私だけだったら絶対に見つけられなかったから、ありがとう」


 春奈の優しさが染みる圭太であった。

 階下に到着するとすぐ正面に受付があって、右手にはいくつかの小部屋と、左手には奥の空間へと続く扉がある。

 受付には大学生ぐらいの年頃と見える女性が立っていた。背は低く、茶色い髪にやや個性的なメガネをかけている。

 彼女はこちらを見るなりすぐに声をかけてきた。


「こんばんは~今日はどのバンドを観に来ましたか?」

「えっと」


 圭太は明たちのバンド名を告げた。ちなみに「Los Angels Gunner」と言うのだが、何となく口にするのが恥ずかしかった。


「チケットはありますか?」


 二人はそれぞれチケットを取り出して渡した。

 店員はチケットを確認すると、一部を切り取り、また別のチケットのようなものを添えて返す。


「はい。ではこちらがドリンクチケットです。あちらの扉から入ると左手にドリンクカウンターがあるので、そちらで注文してくださいね」

「ありがとうございます」


 これが明の言っていたドリンクチケットか、と圭太は小さい四角の紙片を見ながら思った。

 普段はチケット代とは別にドリンク代を払って入場するのだが、今回は明が店側と直接話し合って、バンド側がドリンク代を含めたチケット代を全て負担する形を取っているらしい。

 つまり、メンバーからチケットをもらった上で明たちのバンドを観に来た客は、無料で入場できるということだ。

 ちなみに、ライブハウスに出演するバンドは一部の例外を除いて、基本的にチケットノルマというものを課せられているらしい。端的に言えば、これだけのチケットを売ってくださいね、出来なかったらそちらでチケットを買い取ってくださいねというものだ。

 相場としてはメンバーが三人以上のバンドなら二千円×二十枚とのこと。今回のチケット代は五百円なので、五百円×三十枚といったところだろうか。

 そもそもバンド側がお金を払ってライブハウスに出演しているという事実も知らなかった圭太としては中々に興味深い話だった。


 案内の通り左手に進むと、ちょうど扉が向こうから開いて人が出てくる。


「おっす。ありがとな」

「よう」


 明だった。ライブがあるからか、いつもより服装に気合が入っている。


「杉崎さんも、来てくれてありがとう」

「ライブ、楽しみにしてる」

「任せてよ。里香のやつもかなり張り切ってるし」

「電話でも『明日はやったるぜー』って言ってた」

「あいつらしいな」


 それから二言三言交わした後、準備があるからと言って明は去ったのだが。

 去り際、明は圭太の肩に軽く手を置いてから言った。


「圭太、頑張れよ」


 そして扉の中へと戻っていく。

 何を期待されているのかはわからないが、春奈ともっと仲良くなる、ということなら望むところだ。

 圭太は去っていく幼馴染の背中に向かって親指を立てた。

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