僕たちは恋愛に興味がない

 最後の質問は一体何だったのだろうか、そしてあの反応は。自分は嫌われてしまったのか。

 悩みすぎた故の精神的な疲れと、嫌われてしまったかもしれないという心配が重なり、圭太はふらふらになっていた。まるでゾンビのように街を歩き、気が付けば自宅の前にいたという有様だ。


「ただいま」


 玄関を開けるなり挨拶をするが特に返事はない。

 階段を上がって行けば、いつも通りの場所、いつも通りのタイミングで太郎が出迎えてくれる。しかし何も言わず、じっと圭太を見つめていた。


「今日はまた一段とお疲れのようですね」

「そうなんだよ……」


 あまり階段のところで会話をしていては摩耶に聞こえるし不審がられてしまう。圭太は手招きをして一度自室へと入った。

 鞄をベッドの上に放り投げ、その縁に腰かける。太郎もローテーブルの傍らに香箱座りをしたところで、人生相談所が営業を開始する。


「実は」


 圭太は今日あったことをそのまま太郎に話した。

 人気者だよね、と言われたこと。雫と連絡先を交換したかと聞かれ、正直に答えたらよくわからない反応をされたこと。


「……」

「どう思う?」

「私は猫ですのでよくわかりません」

「何で急に猫になるんだよ」

「猫ですから」

「いや、そうだけどそういうことじゃねえ」

「にゃー」

「その声で猫の真似すんのやめろ」


 急に猫ガチ勢のスタンスを取り始めた太郎に、圭太は困惑するしかない。

 その時、部屋の外でとんとんと足音がした。こちらに近付いてくる。圭太は慌てて鞄から携帯を取り出して握りしめる。

 こんこん、とノックされたので返事をすると、扉が開いて妹がひょこっと顔を覗かせた。


「何興奮してんの?」


 思わず大きな声を出してしまったので、部屋の外に漏れていたらしい。


「ちょっと友達と会話が盛り上がってさ」


 あらかじめ用意しておいた返答をすると、摩耶は指を顎に当て、首を傾げながら眉をひそめた。


「お兄ちゃんにそんな友達いたっけ? 明君なら明君って言うよね?」

「真剣に悩むな」

「まあいいや。太郎来てるでしょ」

「お前本当太郎好きだよな」

「だって可愛いもん、お兄ちゃんと違って」

「可愛い兄ってそれはそれでどうなんだよ」


 すると、珍しく太郎の方から摩耶の足下へとすり寄っていく。


「えー、太郎の方から来てくれた! 嬉しい!」


 ひょいっと飼い猫を抱きかかえ、満足気に微笑む摩耶。


「私たち、仲良しだもんね~」

「……」


 気のせいだろうか、太郎が「シメシメ」という顔をしているように見える。

 理由は不明だが、さっきの相談には応じたくなさそうだったし、そこでタイミング良くやってきた摩耶を使って逃げるつもりなのでは。

 しかし、ここで止めることは出来ない。ならばと、圭太は相談相手を切り替えることにした。


「なあ摩耶、ちょっと相談があるんだけど」

「え、なになに? もしかして春奈ちゃんのこと?」


 圭太は、目をきらきらさせる摩耶に今日あったことを話した。内容は先程太郎にしたものとほぼ同じだ。

 同じ女子だし必ず有効なコメントが得られるものだと踏んでいたのだが。


「……」

「どう思う?」

「私、まだ子供だからよくわかんない」

「ええ!?」


 今度は摩耶が子供ガチ勢のスタンスを取り始めてしまう。あれだけ輝いていた瞳からも光が消え失せているようだ。


「お前、ついさっきまでこの手の話に興味深々ですって顔してたじゃん」

「春奈ちゃんは好きだけど、恋愛のこととかよくわかんないし?」

「記憶喪失にでもなったくらいの人格の変わりようだな」

「私、テニス一筋だし。あ、そう言えば明日も朝練あるからもう寝なきゃ」

「いや、だからお前からそんな殊勝な言葉初めて聞いたって」


 この調子では明日本当に朝練があるのかどうかも怪しい。


「じゃあお休み~」


 ぱたん、と扉は閉まり、またも一人取り残されてしまった。

 摩耶と太郎でこれということは、明に相談しても同じだろう。一体何が起きているというのか。


「……」


 わからない。

 元々落ち込んでいる上に家族にまで見放された気分になった圭太は、気を紛らわすためにライトノベルでも読むことにした。

 本棚には買ったまま放置された、いわゆる積み本が何冊もある。文芸部の活動のため、そして春奈との話題作りのために書店でランキング上位のタイトルを買ったものの、何となく読む気になれなかったのだ。

 その内の一冊を、特に何も考えずに手に取った。


 タイトルは「鈍感過ぎてパーティーを追放されてしまいました~昔告白してフラれた女の子が最近俺のことを好きになってくれたらしいんだけど、そんなの知りませんやん~」だ。

 圭太は口の端を吊り上げて、フッ、とニヒルに笑った。


「そんなこと、実際にあるわけないよな」


 そうつぶやいてから勉強机に腰かけ、そのまま本を読み始める。窓の外から、あおーん、というどこかもの悲しい犬の遠吠えが聞こえていた。




 次の日、圭太はろくに眠れず、クマの出来た目で登校するはめになった。

 しかし、一晩春奈の態度について考え抜いた結果、ひとまず嫌われてはいないという結論が出たので精神的には安定してきている。

 他の女子と連絡先を交換して怒るなんて、まるで圭太のことが気になっているようで、さすがにそんなことはないだろうというのがその根拠だ。恐らくは考えすぎなだけ。今日会えば普通に会話ができるはず。

 圭太はそんな一縷の望みを糧にして教室があるフロアまでの階段を昇った。


 教室に入ると、クラスメイトの生み出す喧騒の中に、一人ぽつんと座る春奈の姿がある。圭太が自分の席まで行って椅子を引くと驚いたのか、その肩がびくっと跳ねた気がした。

 椅子に座り、一呼吸してから声をかけてみる。


「おはよう」

「お、おはよう」


 気のせいだろうか。どこか春奈がぎこちないようだが。表情も強張っているし、やはり昨日のことは圭太の考え過ぎではなかったということか。


「今日はいい天気だね」


 会話に集中出来ていなかったので、思わずあまり仲良くない人と会話をする時の話題の振り方をしてしまった。しかも、外はどんよりとした雲が空を覆っていて、お世辞にも天気がいいとは言えない。


「そうだね」


 めっちゃ曇っとるやないかい、と自分で振っておきながら心の中でツッコミを入れつつ、無難な話題に舵を切っていく。


「小説の方はどう?」

「もう少しで完成って感じかな。文化祭には間に合うと思う」

「完成したら読ませてよ」

「近藤君はだめ」

「何で?」

「だって恥ずかしいし」

「もう一回読んでるじゃん」

「そういう問題じゃないのっ」

「そういう問題じゃないんだ……」


 もうあまり深く考えず、純粋に会話を楽しむことにしたのであった。


 そして、全ての授業とショートホームルームが終わって放課後になる。


「じゃあ、もしまた早めに終わったら顔出すから」

「うん。実行委員、頑張ってね」


 結局、いつも通りに会話をしている内に色々といつも通りになった。やはり気にし過ぎだったのだと、一安心な圭太である。

 春奈と挨拶を交わして席を立ち、教室の後方から出ようとすると背後から声がかかった。


「近藤君~実行委員会に行くの?」


 雫だった。友達の輪から外れ、こちらに小走りで寄ってくる。


「そうだけど」

「じゃあ一緒に行こうよ」


 そして隣に並ぶ。最近仲良くなってきたせいか妙に距離感が近く、意識せざるを得ないのでもう少し離れて欲しい、と圭太は常日頃から思っているのだが、言えるはずもなかった。

 何となく後ろめたい気持ちになって春奈の方に視線をやると、向こうもこちらを見ていたのか、目が合ってしまう。しかし、すぐに顔ごと逸らされた。


 今のは何だったのか、何か用事を思い出したのだろうか。

 引き返して声をかけるべきか悩むが、それを雫の声に遮られる。


「近藤君、どうしたの?」


 そして、圭太が一瞬向けた視線の先にあるものを確認して、にやにやしながら小声でささやきかけてきた。


「杉崎さん見てたの? 本当に好きだねえ」

「なっ、いやいや違うって」


 恥ずかしくて顔が熱くなってくる。

 ここでこういった話をするのは本当にやめてくれと、慌てて注意をしながら教室を後にした。

 扉を閉めた音は、放課後の喧騒に吸い込まれて響くことはなかった。

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