文化祭
「じゃあ、文化祭実行委員は近藤君と遠藤さんで」
学級委員の声が教室の奥まで実に良く響いて聞こえた。
とある日のロングホームルーム。文化祭に向けて、各クラスから男女一名ずつ文化祭実行委員を選出するのだが、誰も立候補しないためにくじ引きとなり、見事圭太が当選した、いや、してしまったのだ。
最初は何とも思っていなかった。正直、面倒と言えば面倒だが、たまにはこういうことをしてみるのも悪くはない。
しかし、次の学級委員の言葉でその考えは一変する。
「二人とも、今日から放課後は実行委員会に出てもらうことになるから」
今日から? 放課後?
圭太は思わず、座ったまま教壇へ質問を飛ばす。
「それって毎日?」
「学校ある日は毎回だと思う」
迷うことなく回答が出される。
ということは、これから文化祭が終わるまでは、文芸部の活動には顔を出しにくくなってしまうのではないか。
横をちらりと見た。何故かこちらを見ていた春奈と目が合ってしまい、互いに勢いよく顔を逸らす。
たまたま合ってしまっただけで特に意味などないのだろうが、それでもどぎまぎしてしまうのは仕方がない。
ロングホームルームが終わると、ショートホームルームを挟んで放課後になる。圭太は隣にいる春奈に声をかけた。
「ごめん、今日から文芸部の方はあまり顔出せなくなるかも」
「わかった。実行委員、頑張ってね」
「ありがとう」
一抹の寂しさを感じながらも、席を立ち、実行委員会に出るべく教室を出ようとすると背後から名前を呼ばれた。
「近藤君! 委員会に行くの?」
振り返れば、そこには同じく実行委員に選出された女子、遠藤雫がいた。
癖のある長い黒髪に、ゆったりとした喋り方も相まって、おっとりしたマイペースな人物に見えるが、周囲には絶えず派手めなグループの人間しかいない。
会話をするたびに男としての資質を試されているような気分になるので、率直に言って、圭太は雫のことが苦手だった。
「そうだけど」
「じゃあ一緒に行こうよ」
そう言われては断ることも出来ない。首を縦に振ると、雫は「また後でね!」とつい今しがたまで談笑していた仲間たちに別れを告げ、圭太に合流する。
クラスメイトとはいえ、普段接点のない人と会話をするのは難しい。会場となる予備教室に向かいながら無言を貫いていると、雫が会話を切り出した。
「文化祭楽しみだねー、近藤君は何やるの?」
「俺は道具係。遠藤さんは役者だよね」
「そうなの~初めてだから緊張するかも」
文化祭では各クラスごとに催し物をする。先程のロングホームルームではそれについても話し合われたのだが、圭太のクラスは演劇をやることに決まった。雫は主演とはいかないまでも、そこそこ台詞の多い役だったはずだ。
ちなみに、春奈は衣装係に入っている。
会場にはすでに人が集まりつつあった。
長方形に並べられた長机に備わった椅子に、それぞれが適当に腰かけるという形式のようだ。圭太の方は特に見知った顔はいないが、雫はそうでもないらしく、声をかけたりかけられたりしている。
それが落ち着くと雫も、早々に着席していた圭太の隣に座った。
しばらくは携帯をいじったりして過ごしていたが、それも飽きたのか、圭太に話しかけてくる。
「近藤君って、普段家で何してるの?」
「ゲームしたり音楽聴いたり、サッカーの試合を観たり?」
「へえ~サッカーとか観るんだ」
「小さい頃から、友達の影響でね」
「その友達って南君のこと?」
「まあ、そんな感じ」
「そうなんだ~」
そこで雫は周囲を気にする素振りを見せた後、ぐいっと圭太の方に身体を寄せ、口元に手を当てながら抑えめの音量で言った。
「ねえねえ。杉崎さんに告白したって本当なの?」
「いっ」
思わず変な声が出てしまう。
いきなりの突っ込んだ話題に加え、雫のこの距離だ。いくら苦手とはいえ、見目麗しい女子を相手に意識をしないのは難しい。
圭太は少し後退し、顔を逸らして呼吸を整える。その間、雫は返事を急かすことなく待っていた。
「本当だよ」
「え~そうなんだ~」
ぱんっと手を合わせて、周りで花が咲き乱れそうな笑みを、雫は浮かべた。
「勇気あるんだね~うん、すごいよ」
「そうかな」
「私、自分から告白とか恥ずかしくて無理だもん」
「そんな、勇気がどうとかじゃないよ。気持ちを抑えきれなかっただけで」
「うんうん。杉崎さん可愛いもんね~女子から見ても可愛いって思うもん」
この時圭太は、この人、最初に周囲を気にしてた割にはグイグイくるな……と心の中でツッコミを入れていた。この手の話が好きなのだろう。
それなりに声を抑えてくれてはいるが、それでも周りに聞こえていないという保証はない。
どうにかしてこれ以上この話題を掘り下げられることは避けたいと、打開策をぐるぐると頭の中で練っている内に、部屋の前方、いわゆるお誕生日席に位置する人物からの声が会話を遮った。
「えー、それでは第一回文化祭実行委員会を始めたいと思います」
ぱちぱち、とまばらに拍手が沸き起こる。
雫も手を叩いていたが、やがてそれを止めると、またぐいっと近付いてきて、こうささやいた。
「また話聞きたいから、良かったら連絡先、教えてね」
期せずして、また新たな女子の連絡先をゲットしてしまう圭太であった。
本日の議題は主に文化祭実行委員会の業務内容の説明と、明日の会議でスローガンを決めるので各自で考えてきて欲しい、という通達で終わった。
教室に戻ると、早速各班に分かれてクラスの催し物である演劇に関しての話合いが進められていた。圭太も担当の道具係に混ざってはみたが、実行委員ということもあってそこまで負担のある役割は当てられず、することは少なそうだ。
道具班の会議の最中、暇なのでぼんやりと教室の風景を眺めていたら春奈の姿が目に入った。
お互い文化祭期間中は忙しくなりそうなので、文芸部で話す機会は思いの外少なくなる。そう考えると自然とため息が漏れてしまう。
「杉崎さんと話せなくて寂しい?」
「うわっ」
いきなり背後からささやかれて、圭太は思わず大きな声を出してしまった。振り向けば、そこには役者同士の話し合いをしているはずの雫がいる。
何事かと視線を送る道具班の人たちに謝るとすぐに会議が再開された。
「何で遠藤さんがいるの?」
「まだ台本もないし、やることないんだもん」
言われてみれば、すでに役者たちの姿はまばらになっている。ならばどうして他の友達のところに行かないのだろうか。
「ていうか~『うわっ』とかひどくない?」
「今のは誰でもびっくりするでしょ」
「普通に話しかけただけじゃん」
不満げに唇を尖らせていた雫だが、すぐに笑顔になって話題を切り替える。
「でさ~、文化祭の日は杉崎さんと回ったりしないの?」
「そんな約束はしてないけど」
「じゃあさ、二人の休憩時間が同じになるようにセッティングしてあげよっか」
「いやいやそういうのはいいから」
「遠慮しなくていいよ~友達じゃん」
これだけ会話をしたのは今日が初めてだというのに、友達の定義が広すぎる。そもそも、面白がって世話を焼きたいために言っているだけだろう。
そんなことは言えはずもなく、圭太は苦笑しながら断りを入れる。
「気持ちだけで嬉しいし、本当に大丈夫だから」
「え~つまんな~い」
その時、ちょうどいいタイミングで他の友達に呼ばれ、雫は「またね~」と言って去って行った。
クラス内でも影響力の強い彼女なので扱いが難しい。それに、例え気にされないとしても、クラス内で別の女子と仲良くしているところを、なるべく春奈に見られたくはないものだ。
嵐が去ってほっと一息をつきつつ、何となく教室を見渡すと、ふと春奈と目が合ってドキッとした。
そう言えば、また小説について話す約束をしていたのに、果たせるか怪しくなってきたな、と思う圭太であった。
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