計画的犯行

 パーティーゲームが終了した後はレースゲームに移行した。

 しかし、先のゲームが盛り上がりすぎたのもあってか、全体的に緩やかな雰囲気で場が進行していく。

 現在ゲームをプレイしているのは圭太と春奈のみで、摩耶は春奈の膝枕でお行儀悪く観戦、凛はまた飲み物をちびちびと飲みながら静かに観戦していた。


「お兄ちゃんうますぎ~。春奈ちゃんが勝てないじゃん」


 圭太はそこそここのゲームのプレイ経験があるようで、春奈とコンピューター達に連戦連勝を続けている。一方、春奈は経験者を自称してはいるがライトユーザーらしく、いわゆるガチャプレイに近い形だった。

 主は器用な人間ではないし、そもそもばれないようにうまく手加減して負けるなど、プロにだって出来るかどうか怪しい。

 圭太はどこか気まずそうに野次に答える。


「でも勝負の世界だからなあ。手加減するってのも……」

「そうだよ手加減してよ~」

「それでいいんだ!?」


 要望に応えて本当に手加減してみたところ、春奈は見事総合一位に輝いた。


「やった~」

「春奈ちゃんおめでと~いえ~い」

「いえ~い」


 無邪気に両手をあげて喜ぶ春奈に、摩耶が両手を合わせてハイタッチ。傍らでその様子を見守る凛の瞳はどこか潤んでいるようにも見える。

 圭太もどこか優しい眼差しでそれらを見守っていた。さすがに勝ち過ぎて気まずかったから、皆が楽しそうにしてくれて良かった、というところだろうか。


 レースゲームもそこそこの時間をプレイした。次は何が始まるのだろうかと太郎が思案していると、摩耶が突然に立ち上がる。


「それじゃ、ちょっとだけ出かけてくるね」

「どこに行くんだよ」


 圭太の問いに、摩耶はしれっと答える。


「お母さんに買い物頼まれてるんだよね」


 太郎は知っている。買い物を頼まれているのは事実だが、このタイミングで行く必要はないし、そもそも何か買っておくものはないかと、自ら母親に聞いていたことを。

 これは兄と春奈を二人きりにするための、妹なりの計らいなのだ。

 そして摩耶がちらっと目だけで視線をやると、何と凛までもが立ち上がった。


「そういうことなら私も追加の飲み物を買って来ようかしら」


 見れば、確かに大きなペットボトルが一本と、小さなペットボトルが数本空になっている。

 お菓子はこれだけの量があるにも関わらず、飲み物がこれだけしかないというのはどうしてだろうと思ってはいた。しかも、それを少しずつ、しかし確実に消費し続けていたのは他ならぬ凛だ。


「じゃあ私も行くよ」

「俺も、荷物持ちが要るだろ」


 案の定な二人の行動を、凛は手で制した。


「必要ないわ。それより、杉崎さんは近藤君の卒業アルバムを見て、おすすめの写真を見繕っておいてもらえるかしら」

「おすすめの写真ってどんな写真!?」

「あ、それ面白そう。任せて」


 卒業アルバムとはまた面白いものをチョイスしてくるが、春奈の心を掴むことには成功したようだ。一旦浮きかけた腰をまた落ち着かせている。

 圭太もそれ以上ついて行こうとすることはなかった。妹の計らいに気付いているかどうかは微妙だが、春奈とは一緒に居たいだろう。


「それじゃあ行ってくるね、なるべく早めに戻ってくるから」


 先陣を切って部屋を出て行こうとする摩耶。それに凛と太郎も続いた。


「行ってらっしゃい……って太郎も行くのかよ」

「あはは。可愛い」

「太郎は私と仲良しだから」


 そう言ってまた抱き上げられる。

 別に猫が一匹居たところで影響はないだろうが、何となく盗み見、盗み聞きをしているようで罪悪感があるのだ。


「後は若いお二人でごゆっくり」


 エールを送ったが、圭太はこれに反応出来ない。

 そのまま二人と一匹で部屋を出て扉が閉められると、凛が声をかけてくる。


「この猫、中々やるわね」

「でしょ? きっと太郎も気を遣ったんですよ。ねー?」


 太郎に向けて首を傾げる摩耶だが、すぐに視線を凛の方に向けた。


「水樹先輩も協力してくださってありがとうございます」

「いえ、私も計画していたことだから。ただ……」

「ただ?」


 凛は変わらぬ無表情にどこか、あまり良くない感情をにじませつつ、眼鏡を押し上げながら言った。


「こういうことは初めてしたのだけど、その、本人たちの気持ちを置き去りにしているような気がして、少し後悔もしているの」

「そう言われてみれば、そうかも」

「今後はもうちょっとやり方を考えないといけないわね」


 やめる気はないんかい、と思わずツッコミたくなる太郎。

 だが、凛の言う通りだ。突然二人きりにされれば、特に春奈の方は気まずさは感じるだろうし、どうしたらいいのかと戸惑いもするだろう。

 ある特定の状況下を覗けば、普段は無表情なので考えを読みづらいが、眼鏡の下の彼女の素顔はかなり繊細で、優しいのかもしれないと、太郎は思った。

 摩耶も同様に感じたらしく、新しい宝物をみつけたような瞳を凛に向ける。


「水樹先輩って、優しいんですね」

「どうして?」

「だって、私は二人がくっつけば楽しいなって、それしか考えてなかったから。そこで二人の気持ちにまで配慮が出来るのは、水樹先輩が優しいからだと思います」

「そんなこと……」

「ほら、太郎もそう言ってますよ」

「そうなの?」


 ぐいっと差し出された太郎を受け取り、抱き上げて頭を撫でながら、凛は穏やかに微笑んだ。


「自分ではそうは思わないけれど……でも、ありがとう」


 笑顔の摩耶に見つめられるのが凛は、そこでぱっと無表情に戻ると、一つ咳ばらいをしながらも耳を赤く染めながら言った。


「それと、私のことは杉崎さんみたいに下の名前で呼んでくれて構わないから」


 摩耶がきょとん、とした表情で首を傾げる。


「凛ちゃん、ってことですか?」

「敬語も必要ないわ。私、そういうの気にしないから」


 そっぽを向きながらの発言に、摩耶は花を咲かせたように笑顔になり、太郎ごと包むように凛に抱きついた。


「ありがとう! 凛ちゃん、よろしくね」

「ど、動悸が……」


 なるほど、そういうことか。

 二人に挟まれながら、凛の突然病気を発症したような挙動について、ある一定の理解を得られた気がする太郎であった。

 その後、仲良しになった二人は意気揚々と買い出しに向かう。太郎はいつものお気に入りスポットでその帰還を待つことにする。

 ぽかぽか陽気は更にその勢いを増して、太郎の意識を溶かそうとしていた。

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