悩める少年

「う~ん」


 とある平日の晩のことである。圭太はベッドの上であぐらをかきながら、腕を組んで唸り声をあげていた。

 最初はそっとしておいた太郎だがさすがに見かねて、部屋の中央、ローテーブルの傍らから香箱座りをした状態で声をかける。


「何かお悩みですか?」

「悩みと言えば悩みなんだけど、最近人に相談し過ぎかなと思ってさ」

「それは何も悪いことではありません。人は互いに支え合って生きていくものだと私は思います」

「そっか。じゃあ、せっかくだし聞いてくれるか?」

「喜んで」


 太郎もベッドの上に移動して向かい合うと、圭太は意を決して語り始めた。


「この前、杉崎さんと一緒に本屋に買い物行っただろ」

「行きましたね」


 その話に関しては圭太本人から逐一報告を受けていた。

 本屋から帰ってきた際にも感想を聞いたのだが、緊張したけど楽しかった、春奈おすすめのタイトルを教えてもらった、というのが主なものだった。

 それはつまるところ、デートは成功したという風に太郎としては捉えたのだが、違ったのだろうか。


「あれって杉崎さんの方から誘ってくれたんだよ」

「そのように伺っております」

「だったら、俺から遊びに誘っても問題ないのかなって」

「なるほど、そういうことですか」


 圭太は春奈を遊びに誘うタイミングをうかがっていた。

 しかし、まだ告白に失敗して日が浅い内はそれは慎重に考えるべきだろうと思っていたところ、まさかの向こうから誘ってくれた。なら、自分から誘っても問題ない時期に来ているのでは? ということなのだろう。


「このままひたすら受け身で遊びに誘われるのを待ち続けるって手もあるけど、それは嫌なんだよな」

「慎重を期すならそれも悪くないかと思いますが」


 ただ、問題は春奈の人気である。

 聞くところによると春奈はモテるらしい。本人も大人しめで、友達もそういう系統の人が多くて目立たないそうだが、それでも人気があるとのこと。ならば、ある日突然イケメンにかっさらわれたとしても何もおかしくはない。

 しかし前世の記憶がないとはいえ、自身が恋愛巧者ではない気がしている太郎は自らの見解だけで意見を言うのは圭太のためにならない気がした。


「明さんは何と仰っておられるのですか?」

「明は……最初は慎重に様子を見ろって言ってたけど、本屋に誘われたって言ったらちょっとだけ驚いてたな。それだと話は変わってくるかもって」

「やはりそうですか」


 太郎の目から見ても圭太と春奈の関係は順調に進展しているように思われる。後は春奈が圭太を異性として意識してくれれば、というところなのだが。

 太郎はどうするべきか、少しだけ思案してから口を開いた。


「遊びには誘うべきですが、例えば二人きりだとか、そういう露骨な誘い方は避けた方が良いかもしれませんね」

「皆で遊びに行く、的な?」

「そうですね。私としては、摩耶さんが会いたがっているし、うちでゲームでもしないかという誘い方が良いかと思うのですが」

「お前天才か」

「摩耶さんを利用するのは心苦しいですが、杉崎さんと遊べるとなればむしろ喜ぶでしょう」

「まあ、実際あれからずっと杉崎さんと遊びたいってうるさいしな」


 圭太はそこでやる気のみなぎった表情になって、膝を勢いよく叩いた。


「よし、そうと決まれば早速行動だ」


 早速ベッドから降りてテーブルの上に置いてあった携帯を手に取り、無料通話アプリを開く圭太。

 どうやらチャットで春奈を誘う気のようだ。


「メールで誘うのですか?」


 太郎は無料通話アプリのチャット機能だろうとメッセージだろうと、全てをひっくるめてメールと呼んでいる。

 何でメールなんだよ、と最初は圭太に注意をされたが、無意識にメールメールと連呼していたら次第に何も言われなくなった。


「そうだけど、何で?」

「いえ、こういうことは直接面と向かって言った方がいいのかなと」

「チャットとかの方が本当に嫌だった時に断りやすいだろ」

「なるほど」


 それも一理ある。少しネガティブな考え方ではあるが、その配慮は圭太らしいと思った。

 しかし、圭太の手がそこでぴたりと止まる。


「どうかしましたか?」

「いや、せっかくだし水樹さんも誘った方がいいのかなって」

「水樹さん、と仰いますと、確かもう一人の文芸部員の方でしたよね」

「うん。杉崎さんとも仲良いみたいだし、この際親睦を深めるのもいいかなーと思ったんだけど」

「良いアイディアかと」

「そうなると、アカウント知らないから直接誘わないとだめだな」


 携帯をテーブルの上に置き、圭太はそのままベッドに仰向けに寝転がった。


「アカウント聞いとけばよかったなー。まあ、そこまで仲が良いかって言われるとそうでもないんだけど」

「今回のお誘いがうまくいって、水樹さんとも仲良くなれればいいですね」

「同じ部活のよしみだしな」


 その時、部屋の扉がノックされた。

 返事を待たずにそれが開いて、ひょこっと摩耶が顔を出す。


「お兄ちゃん、太郎来てる?」

「いるよ」

「あー、いた」


 摩耶は部屋にずいっと入って来て、太郎の両前足を持ってぷらんと持ち上げた。


「もうーすぐお兄ちゃんに浮気するんだから」


 口調はあれだが別に怒っているわけではなさそうだ。

 そのまま太郎を腕の中に収めて、摩耶が部屋を出て行こうとする。


「じゃあ太郎連れてくから」

「あ、そうだ摩耶」


 摩耶は扉の前でぴたりと足を止めて振り返った。


「何?」

「今度の土日、空いてるか?」

「空いててもお兄ちゃんとは遊ばないけど」

「そうか。ならいい」


 さよなら、とばかりに手をひらひらする圭太だが、摩耶は納得のいかなそうな顔で食いついた。


「ちょっと何? 気になるじゃん」

「杉崎さんと、あと文芸部の水樹さんを家に呼ぼうかと思ってさ。お前、杉崎さんと遊びたがってただろ」

「え!? 何それ、お兄ちゃんが呼ぶの!?」

「そう言ってるだろ」

「何か最近お兄ちゃん、急に積極的になったよね。何かあったの?」

「いや別に」

「でも、前から行動力はあったし、そんなにおかしくもないのかな?」


 首を傾げて、摩耶は一人で納得したようなしてないような、そんな雰囲気だ。

 摩耶の言う通り圭太には行動力がある。だがそれがたまにきずでもある。こういうことをしたい、と思うと中々我慢がきかずにそのまま突っ走ってしまうのだ。


「でも春奈ちゃんと遊ぶの楽しみだなあ」

「まだ決まったわけじゃないし、水樹さんもいるぞ」

「いいじゃん別に。私はそんなに気にしないし」


 実際、摩耶なら初対面でもうまくやりそうだな、と思う太郎である。


「てかお前な、先輩なんだから春奈さん、だろ」

「えー運動部通ってないお兄ちゃんにそういうの言われたくないし。それに本人がそう呼んでくれって言ってたからいいんだよー」

「はいはいそうですか」

「じゃあちゃんと決まったら教えてね」

「わかった」


 そうして摩耶は部屋から出て行った。

 太郎を抱き上げたまま、摩耶はゆっくりと自室へと続く廊下を歩いていく。


「春奈ちゃんが来るんだって。太郎も会うのは初めてだね」

「そうですね」


 太郎の声はただの鳴き声に変換されているようなので伝わらないはずだが、無視するのもあれなので律儀に返事をしている。

 自室に到着するなり、摩耶は太郎を床に降ろすと、勉強机の上に置いてあった携帯を手に取り、ベッドの縁に座ってチャットを打ち始めた。


「夏彦君に報告しなきゃ」


 摩耶は文字を打つのが異常なほどに早い。フリック入力を使いこなせばこんなものらしいのだが、太郎が人間だった時でもここまで出来た気はしない。


「太郎も見る?」


 太郎は携帯の画面を覗き見るのが好きな猫だと思われている。実際、摩耶が事件に巻き込まれたりしていないか見守るために、出来るだけチェックをしたいので間違いではなかった。

 ベッドの上に飛び乗り、摩耶の横から画面を見る。


『やっほー』

『おす』

『お兄ちゃんが春奈ちゃんを家に呼ぶんだって』

『姉ちゃんは何も言ってなかったけど』

『文芸部の人も一緒らしいから、明日部活の時に声をかけるんじゃないかな』

『そうか。姉ちゃんをよろしくな』

『春奈ちゃんと一緒に遊ぶの楽しみ~(猫が目をきらきらさせながらワクワク! と言っているスタンプ)』


 主要なやり取りはこのようなものだった。

 これ以上観察するのはあまり意味がないと判断し、その場で香箱座りをしていると、やり取りを終えた摩耶が太郎を抱き上げる。


「皆でどんなことして遊ぶのか、考えておかないとね。でも、春奈ちゃんもゲーム好きらしいから、やっぱりゲームになるのかな」

「複数人でも同時に遊べますから、パーティーゲームなどがよろしいかと」

「やっぱり太郎もそう思う?」


 摩耶はそう言って、太郎の優しく頭を撫でた。


「でも、うまいこと二人っきりにもしてあげないとね」


 圭太本人に対してはあまり見せない家族への思いやりに感銘を受けつつ、太郎は摩耶の腕から逃れ、部屋の隅で仮眠をきめこむことにした。

 りんりんと、窓の外で響く鈴虫たちの合唱が耳に心地よい夜だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る