24 勿怪(もっけ)
それから3ヶ月経った。
波留も安定期に入り、お腹も目立って来た。
そして彼女は昨日付で占いの仕事を終わりにした。
「そうか、あの人と結婚するのか。」
部屋を片付けた後、年配の警備員が帰り際波留に言った。
「そうなの、心配をかけたけど。
色々とありがとうございました。」
「まあ、最初は騙されちゃいかんと思ったけど、
良い人だったんだな。」
「はい。」
警備員はははと笑った。
「おめでとう、体にも気を付けろよ。」
と彼は波留に手を振った。
そして彼女は帰りにモンちゃんにも寄った。
「そうかい、今日で仕事は辞めたのか。」
「ええ、でも落ち着いたらまた仕事します。」
モンちゃんは手早くお好みを焼いている。
「そうだね、女も仕事しないとだめだよ。
あたしもずっとお好みを焼いてるけど
仕事していて色々と助かったからね。」
「モンちゃんってお子さんは?」
「三人産んだけどさ、旦那は浮気ばかりでさあ……。」
モンちゃんは波留の前に焼き上がったお好みを置いた。
「だから追い出してやったよ。お好み屋をやっていたから
あたしの方が稼いでいたからね。
仕事しててよかったよ。」
波留が笑う。
モンちゃんは波留を見て自分の子ども達を思い出していた。
男女男と三人いるが皆自分に似たのか独立心の強い子ばかりで、
今では別々に住んでいる。
そしてそのような子は反抗心も強いのだ。
特に真中の娘は口もきいてくれなかった。
夫と離婚し男のように笑いビールを飲んでお好みを焼く母が
恥ずかしかったのかもしれない。
それでもいつの間にか彼氏を作り結婚した。
娘は式も挙げなかったが本人がそれで良いならと
口出しもしなかった。
だが結婚して数年した頃、突然娘が戻って来た。
夫が浮気をしたらしい。
しかも娘は妊娠をしていた。
少し前の波留のようにつわりが酷く物も食べていなかった。
体調が悪くふらふらの娘に彼女は波留にしたように
白粥の上に梅干しを乗せたものを出した。
それを娘は泣きながら食べた。
何日かすると娘の夫がやって来た。
その時初めてモンちゃんは彼を見た。
彼はへらへらとごまかすように笑っている。
モンちゃんは頭に血が上った。
「うちの大事な子をこんな目に遭わせやがって!
どう言う了見だ!」
と彼の目の前でまな板の上に包丁を刺した。
まさか刺さると思わなかったが、
包丁は音を立ててしっかりと彼の目の前で刺さったのだ。
娘の夫は真っ青な顔になった。
だがモンちゃんは結構良いまな板だったのにと
心のどこかでもったいない気がした。
結局二人は離婚した。
モンちゃんは自分の因果が子に返ったようで娘に頭を下げた。
だが娘は笑った。
「お母さん、大事な子と言ったし。」
娘は子どもを産み、しばらくここで子育てしながら
モンちゃんと一緒にお好みを焼いていた。
そして地味だが真面目そうな客の一人と仲良くなった。
しばらくして二人は結婚した。
その後子どもが2人生まれてここから少し離れた所で暮らしている。
時々家族5人でモンちゃんに食べに来る。
一番上の子は父親は違うが、
新しい父親は全く気にしていないようだった。
ここに来ると皆でげらげら笑っている。
他の二人の息子も家庭を持っている。
程ほどの付き合いだ。
嫁と姑で揉めたくないのだ。
それでも時々ここにやって来る。
色々あったが今では心に重荷はない。
ふらふらになってモンちゃんに運ばれた波留は
彼女にはあの時の娘のように見えた。
築ノ宮との関係がどうなるかと言う時は
顔には出さなかったが、
悪い方に向いたら築ノ宮が来たらまた包丁を刺すつもりだった。
だがそれはもうしなくていいのだ。
「あんたも強い母さんになって、
何かあったら築ちゃんを蹴飛ばしてやんな。
あの手の男は女から蹴られた事なんて無いから
びっくりするよ。」
「でも私よりあの人の方がしっかりしてるから。」
「まあ、あの人なら大丈夫だろう。丸く収まって良かったよ。」
波留がお好みを一口食べる。
「美味しい。」
モンちゃんがにやりと笑った。
「モンちゃんがいなかったらこうならなかったと思います。」
「そうかい?」
「前にモンちゃんが築ノ宮さんにお好みを持たせてくれたでしょ?」
「あ、ああ、あったね、そんな事。」
彼女はその時の事を思い出す。
「じゃあ、あたしが縁結びか。」
「そうです。」
彼女が豪快に笑う。
「さあ、しっかり食べるんだよ。
つわりも収まったんだろ?これから大変だからな。」
「はい。」
モンちゃんは優しい顔をして波留を見ていた。
店を出る時にモンちゃんは彼女に言った。
「またおいでよ。築ちゃんも連れてな。
目の保養をしたいからさ。」
「目の保養?」
「腕時計、腕時計だよ。あたしは時計が好きでね。
築ちゃんの時計はヴァシュロンでさ、
高い車一台ぐらいするんだよ。
いつもちろちろ見てたんだ。格好良いんだよなあ。」
波留が笑いながら言った。
「はい。また来ます。」
そしてモンちゃんは彼女に手を振った。
波留が家に帰りスマホを見ると築ノ宮からの電話が来た。
しばらく話をして彼女はにっこりと笑う。
「今日は早く終わったから今から行くよ、だって。
パパが来るわよ。」
とお腹に手を当てて彼女は言った。
彼女の胸元にはローズクォーツのブローチがついている。
もう彼女の守り神だ。
築ノ宮の加護と彼の父の博倫の
ついこの前までは毎日が憂鬱だった。
だがもう二人の間に隠したものは何一つないのだ。
そして気持ちが安定するとつわりも驚く程軽くなった。
波留は今までにないぐらい幸せを感じていた。
仕事は辞めたが落ち着いたらまた始めるつもりだ。
子どもを産んだ後は大変だろうが築ノ宮がいる。
そして何よりその彼が子どもが出来た事を
心から喜んでいるのが本当に嬉しかった。
波留は自分の両親を思い浮かべる。
彼女は母親の顔を知らない。
そうだろうと思うのは父親の心の中にあった姿だ。
普通の人はそんなものは見られない。
だが彼女には力があった。
だからこそ母だろう人の姿を知ることが出来たのだ。
そしてそれがあったから築ノ宮と出会ったのだ。
全ては運命だ。
それが一つとなり今がある。
父の記憶の母の顔はいつも穏やかだった。
今の自分も同じ顔をしているかもしれない。
ふと波留は玄関を見た。
ドアノブが動いている
波留は築ノ宮が帰って来たのかと思い鍵を開けた。
ドアが開く。
そこにいたのは数人の人影だ。
波留ははっとする。
そして彼女の目の前が真っ暗になった。
波留の隣に住む藤原が部屋で子供を寝かしつけていた。
夕方だ。
黄昏泣きかもしれない。
先程から妙に子どもの機嫌が悪かった。
この時間に子どもが眠ると夜が遅くなるかもと
少しばかり寝させるのは嫌だったが、
まだ眠りのサイクルが安定していないのだ。
仕方なくベッドに寝かせて
軽く体を叩いて落ち着かせていた時だ。
隣でどおんと音がした。
奇妙な音だ。振動はないが音だけが響いた。
「中島さんの所?」
不思議に思い彼女はそっとチェーンをかけたまま扉を開けた。
するとそこに数人の男が立っていた。
藤原はぎょっとする。とても危険なものを感じたのだ。
まずいと思った時だ。
「築ノ宮が来てる。」
「急げ、エレベーターに乗ったぞ。」
「こいつはどうする。」
「ほっとけ、どっちにしても記憶は消える。」
と男達はすぐに姿を消した。
そして藤原はどうしてここにいたのか分からなかった。
ぼんやりとチェーンを外し外に出た。
するとエレベーターから一人の男が走って来た。
背の高い見た目の良い男だ。
彼女は何となく管理会社の人だと思った。
彼は慌てた様子で藤原に話しかけた。
「あの……、」
「管理会社の方かしら?」
彼女がそう言うと彼ははっとした顔になった。
それがなぜか彼女には分からなかった。
「いや、その、」
「お隣にご用かしら。」
「お隣?」
「ずっと空き家だから……、」
すると部屋から子どもの泣き声がした。
「あ、ごめんなさい、子どもが泣いているから。」
と言うと彼女は家に入って行った。
彼女は扉を閉めちらりと外を見た。
「カッコいい人。」
と彼女はにやりと笑った。
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