25 大禍時 1




黄昏時、街中には光が溢れ出す。

その中で築ノ宮は車を走らせていた。


波留がいるマンションに向かっているのだ。


彼女の体も落ち着いて来た。

これから色々と生活を変えなくてはいけない。

一番初めにするのは、


「プロポーズだろうな。」


築ノ宮は呟いた。

子どもが生まれる前に入籍をしたかった。

そして今日由美子から話があった。




「どうも皆さま仕方がないと諦められたようです。

と言うか築ノ宮様の仕事ぶりに文句のつけようがないようですね。」

「そうなんですか?」

「それに万年青おもと様が動いたみたいですよ。

そうなったら誰も何も言えません。怖いから。」


由美子がぶるぶると震える仕草をする。


「だから今のうちにとっとと結婚しろ。」


由美子が低い声で脅すように言った。


「怖いなあ、万年青様より渡辺さんの方が怖い。」


築ノ宮が笑う。


「婚姻届けは24時間オッケーだそうです。

保証人は誰でもいいみたいですが、」


由美子が築ノ宮を見た。


「私が書きたいんだけど。」


築ノ宮がははと笑った。


「そうですね、私も渡辺さんにお願いしたいです。

ぜひ。」


その後彼は車を役所に走らせた。

そこで書類を貰って来る。

車に戻ると波留に電話をかけた。


「今から行くよ。」

『分かったわ、早かったのね。』

「うん、それで今日はモンちゃんに行かないか?」

『えっ、昨日モンちゃんに行っちゃったよ。』

「もしかして夕ご飯は作っちゃったの?」

『作ったけど良いよ、明日食べるから。

連続だけどモンちゃんに行きたい。

モンちゃんと約束した事があるの。』

「約束?」

『モンちゃんは時計マニアなんだって。

だからハルが着けている時計が見たいって。』


築ノ宮が自分の腕時計を見た。


「モンちゃんは時計マニアか。」


と彼は笑った。


「じゃあ、すぐ着くからね。」


と電話を切り、彼は車を走らせた。

役所からマンションまでは近い。

彼は背広の内ポケットに入れた書類を服の上から触れた。


「保証人は渡辺さんとモンちゃん?

式は、まあ二人で考えようか。」


と彼はぶつぶつと呟きながら車を駐車場に停めた。


その時だ。


地響きのような音を彼は感じた。

頭がぐらりとする。

地震かと思い彼は思わずハンドルにしがみついた。

いきなり冷や汗が体中に吹き出した。


だが、それは地震ではなかった。

周りは何事もない。

だがいきなり恐ろしい程の不安が彼の体に湧いた。


何かが起きたのだ。

波留の気配が無くなっていた。


彼は慌てて車から降りて部屋に向かった。

酷い胸騒ぎがする。

そして周りに漂う気配だ。

何人かの物の怪のものだ。


彼がエレベーターを降りると廊下に藤原が立っていた。

焦った顔で築ノ宮が近寄る。


「あの……、」


藤原は彼を見て頭を下げた。


「管理会社の方かしら?」


藤原は言う。

築ノ宮ははっとした。

彼女とは数回話をした事はあった。

だが今は初めて会ったような顔をしている。


「いや、その、」

「お隣にご用かしら。」


彼女は不思議そうな顔をする。


「お隣?」


彼は表札を見た。そこには名前は無かった。


「ずっと空き家だから……、」


すると藤原の部屋から子どもの泣き声がした。


「あ、ごめんなさい、子どもが泣いているから。」


と言うと彼女は家に入って行った。


築ノ宮はしばらく呆然としている。

やがて震える手でドアノブを回した。

鍵はかかっていなかった。

そして室内に入ると、そこには何もなかった。


壁一面にあったカプセルトイも、家具も何もかもない。

カーテンもなく窓からは夜景が見えた。


ただの空き家だ。


築ノ宮は頭の中が真っ白になった。


どれほどそこにいたのだろうか。

部屋の中は真っ暗になった。

そして彼はふと窓際に目を向ける。


そこには光るものが落ちていた。


彼はのろのろとそれに近寄り見た。

そこには銀色の小さな歪んだ金属の塊があった。

彼はそれを拾ってよく見ると

微かな光に照らされた花びらがあった。


それはあのローズクォーツのブローチだった。


すっかり形が歪み、石は無くなっていた。

それでも所々に桜の様な花びらの形は残っていた。


そして彼は以前素鼠老が言っていた事を思い出した。


人と共に街に住む物の怪が姿を消しているという話を。


彼はブローチを強く握りしめると膝を突き

その場でうずくまった。


彼は全く動かない。


遠くの光が微かに影を作った。






それから築ノ宮は二日間姿を消していた。


居場所の分からない首領を皆は探したが

どこにいるのか全く分からなかった。

ただ市内のあちらこちらで巨大な火柱が何か所も立った。

それは普通の人には見えない火だ。

だがそれを感じる者はいる。


そしてある高級マンションのペントハウスには

蚊柱のようなものが立っていた。

そこが見えないぐらい何かが渦巻いている。

そしてそれも普通の人は見えないものだ。


街中のあちらこちらに呪術的なものが渦巻いていた。


「また火柱が立ったのう。」


定休日のヒナトリ・アンティーク奥で

素鼠すねろうがお茶を啜りながら言った。


「ああ。」


ヒナトリが万年青から送られて来た宝飾品を

整理しながら言った。


「彬史さんですよね。」


アクセサリーについている書付を更紗が見る。


「そうじゃのう。

何をそんなに怒っているのか分からんが。」


ヒナトリがため息をついた。


「さっき渡辺さんに電話したよ。

一昨日から彬史と連絡がつかないらしい。

あっちも大騒ぎみたいだ。

あいつになにかとんでもない事が起こったらしい。」


ヒナトリの顔が暗くなる。


「わしも気配しか分からんが、

どうも結構な数の物の怪を祓っているようだ。」

「一人でやっているみたいだな。」

「そうじゃ。

そして多分祓われているのは前に話したと思うが、

築ノ宮殿が作った聖域に反発している物の怪の様じゃ。」


ヒナトリがはっとする。


「彬史が自分の意見に沿わない者を消しているのか?

いや、あいつはそんな事はしない。

そんな事をするのはただの暴君だ

まずあいつは話し合うはずだ。」

「わしもそう思う。

ただその物の怪達は人と慣れ親しんでいる物の怪を

何百人と消した。

だから築ノ宮殿が動いているのかもしれんが……。」

「それを彬史さんが一人でしているのは変です。

あの人はよほどでない限り一人では動きませんよね。」

「そうじゃ。必ず術師を呼ぶ。

一人でもし失敗したら大変な事になるかもしれんからな。

そんな築ノ宮殿が一人で動いている。

何かに突き動かされるように……。」


素鼠老がくうを見た。


「わしはその反発する物の怪の事を築ノ宮殿に相談した。

その時はこうなる感じではなかった。

だがそれも良くなかったのかもしれんと……。」


ヒナトリが素鼠老を見た。


「いや、それは関係ないだろう。

どちらにしても相談しなきゃならなかったんだろう?」

「まあそうなんじゃが。」


ヒナトリが外を見た。

またどこかで音もなく見えない火柱が立った気配がした。


「あいつは物凄く怒っている。

あいつのこんな怒りを俺は見た事がない。

何かあったんだ。許せない何かが。」






「俺は橈米どうまいリスト通り言われたままにしただけだ。」

「それは誰から貰ったのですか。」

「橈米と付き合っている女だよ!」


古い廃屋で一人の男が座り込み叫んでいた。

その前には築ノ宮が無表情で立っている。


彼が軽く指を振ると座り込んでいた男が燃えだした。

そしてすぐに凄まじい火柱が立つ。

その火の中を築ノ宮は何事も無いように歩いていた。


そしてその先にはもう一人男がいた。


彼には長い耳があった。

人ではない、そしてその瞳には光が走っている。

逃げようとしてもがいているが、

足が床に張り付いたように動かない。


彼は物の怪なのだ。


そして先程築ノ宮が炎に包んだ男の姿はない。

薄く床に消し炭のような跡だけが残っていた。


「や、止めろ、おい、」


だが何も聞こえていない様に築ノ宮は彼のそばに寄る。

物の怪は足が震えて背中を壁に付けてやっと立っていた。

築ノ宮が彼を瞬きもせず覗き込むように顔を寄せた。

物の怪の顔が恐怖で歪む。


「それで消した者達はどこにいるのですか?」

「知らねぇよ!ふっと消えるんだよ!

誰かが喰うんだってよ!」


築ノ宮が無言のままじっと男を見た。


「7人です。」

「……7人って。」


男がぶるぶると震えながら言った。


「残りはあと7人ですよ。

あなたを消すとあと6人です。」


と築ノ宮が言うと指を振った。

あっという間に物の怪が炎に包まれ火柱は高く高く伸びた。

まるで見せびらかすようだった。


炎の中で彼は立ち上る柱を見た。

そして何かを探るとすぐにそちらに歩き出した。


その柱は何かに見せつけているのだ。

それは何者かの恐怖を産んでいる。


それを築ノ宮は探しているのだ。

それは人知を超えた力だった。


今築ノ宮は己の力の全てを使って何かをしようとしていた。






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