16 イタチ




真夜中、三五さんごビルの近くの植え込みにイタチが潜んでいた。


街中にイタチがいても今はおかしくない。

タヌキやハクビシン、アライグマなども街に出没する。

イタチはそれらの動物より小さいので隠れやすい。

そして肉食獣のエサになる生き物も

街は森などよりとても多く見つけやすい。

そしてそのような生き物を狩らなくても、

彼らが食べるものはどこにでも落ちているのだ。


イタチはふんふんと鼻を鳴らした。

何かを探しているようだ。

だがビルには近寄らなかった。


そして何かの匂いに気が付くとそれを辿り始めたのか、

ぴょんぴょんと跳ねながら走り出した。

やがてそれは鈍い光の玉となり素早く飛んだ。


そして光の玉はある一軒の大きな家の近くに来た。

だが家は離れた所から見ているようだ。

そしてまたそこから光は走る。


しばらくするとその光は住宅街にある一軒のマンションに着いた。

近くに大きなショッピングモールがある。

光はそこに近づくと壁を登り出した。

10階に着くとそこで光はイタチに戻った。


「ここには結界はないね。

他の所は結界があったから近寄れなかったけど。」


イタチはふんふんと匂いを嗅ぐ。


「ものすごく臭うね。

会社とか家も臭ったけどここが一番臭い。

ここが本命かねぇ。」


イタチは扉に近づき中の気配を探った。


「女が一人、ん、違う、なんだろうな、

それでこの女は半人半妖だ。珍しい。」


イタチはにやりと笑った。


「なんだいそんな女と寝てるのか。」


イタチは表札を見る。


「中島ね。」


と言うとまた光となり、マンションの植え込みに姿を隠した。


夜が明け朝になる。

波留が出勤のために階下に降りて来た。

どことなく元気がない。


植え込みの陰には二つの小さな光があった。

それは波留をじっと見ている。

そしてイタチは光になるとそっと彼女の背に付いた。




波留はいつも通りに占いの小部屋に行った。

だがどうしても冷や汗が止まらず、

気持ちが悪くて仕方がなかった。

とてもじゃないがこれでは仕事は出来ないと思った時だ。

突然体が楽になる。


どうしてなのか彼女には分からなかった。

だがしばらく様子を見て駄目なら今日は休もうと思った時だ。


小部屋のカーテンが開く。

そして一人の女性が入って来た。派手な美女だ。


「いいかしら。」


彼女は波留を見た。

その途端引いたはずの調子の悪さが戻って来た。

冷や汗が出る。


「あ、はい、どうぞ。」


お客様だ。

断る事は出来ない。

女性はにやにやと笑いながら波留の前に座った。

妙な臭いがする。


「恋占いでしょ?」

「ええ、トランプで占います。」


女はにやりと笑った。

赤い唇がぬらぬらと光る。

舌先がちらりと口の中に見えた。


「なら企業の御曹司と貧乏な女の恋の行方は?」


波留はぎくりとする。

向かいの彼女から突然強い悪意が漂って来た。

この美女から感じられる気配は普通ではない。

女はくくと笑い出した。


「あんた、自分が何者か分かってる?」

「何者、って……、」


女は彼女のトランプを持った。


「あたしには分かるわよ。

あんたの占う力は人じゃないからよ。」


彼女からは何かしらが立ち上って来た。

それは恨みだ。

その中にはびっしりと恨みの目があり波留をぎろぎろと見ていた。

その目は波留は覚えがあった。


築ノ宮の中にあるあの闇だ。


「あんたの好きな人は

あたしの良い人を殺したのよ。」


気が付くと女の姿はなかった。

まるで通り魔が一瞬現れた感じだった。

波留はしばらく身動きが出来なかった。

呼吸も停まっている気がした。


だがやっと息を吐き出した。

手がぶるぶると震える。

彼女は自分のトランプに触れたが

ぱちりと音がして指先に痛みが走った。


爪が割れていた。

そしてそのトランプが汚れてしまったのを感じた。

あの女が触ったからだろう。


彼女は白い顔のままトランプを布で包んだ。


商売道具が使えなくなったのだ。

家には予備はあるが、もう今日は仕事が出来ないと彼女は感じた。

トランプがないからだが、あの女性は言った。


― あんたの好きな人は

― あたしの良い人を殺したのよ


それはどう言う事なのだろうか。

そして何かを殺めたのは築ノ宮だろうか。


ずっと感じていた彼女の疑問の数々が

少しずつ結びついて行く。


波留が感じていた築ノ宮の闇は

通り魔のような彼女が言った事と関係があるのかもしれない。


そして占いの力を持つ自分。

人の心も見えてしまう。


あの女が言った別の言葉も思い出す。


― 人じゃないから


父親は自分の生まれを全く教えてくれなかった。

それはどうしてなのだろう。

それを語らぬまま父親は死んだ。

だから波留はそれを知る事は既に諦めていた。


波留の不思議な力。

どうしてそれを自分は持っているのか。

それは人でないと言われれば納得できる気がした。


波留は顔を手で押さえた。

全てが分からなくなった。








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