17 復讐




高層マンションのペントハウスに橈米どうまい愛雷あいらがいた。


窓からは明るい街並みが見下ろせる。

だが室内は淀んだ空気に満ちていた。


どうちん、あきふみが付き合ってる女、見つけたわよ。」

「なに!」


橈米の上から愛雷が言う。

息を切らせている橈米が驚いて起き上がった。

だが彼がはっとすると愛雷はベッドの横で服を着て、

シャンパンを持って立っていた。


「お前、いつの間に服を着たんだ。」


愛雷はにやりと笑うとシャンパンを口に含み、

全裸の橈米の横に来た。

そして顔に触れて唇を橈米と重ねると、

彼の口の中にはぴりぴりと生ぬるいシャンパンが入って来た。


しばらく二人は粘るように重なっていたが、

ぱっと愛雷が身を離した。


「だからぁ、あきふみの彼女よ。」

「あ、ああ、そうか。」


彼はのろのろとベッドから降りてバスローブを羽織った。

いつからベッドにいたのか覚えがない。

窓の光が眩しかった。

彼は近くのソファーに寄り疲れ切ったようにどっかりと座った。


「それでなんだ、彬史の女?」

「そう。」


愛雷はにやにやと笑いながら彼の隣に座った。


「大きなモールのそばのマンションにいるのよ。

それでねぇ、そのモールで占い師をしてるの。中島波留って名前。」

「占い師、なにやらきな臭いな。

俺達の仕事を考えるとスパイとかなんかじゃないか?」

「そうよねぇ、橈ちんは物の怪を退治する仕事なんでしょ?」


橈米がふんと鼻を鳴らす。


「そうだ、お前に話しただろ、俺はな物の怪退治のプロなんだ。

日本を守ってるんだぞ。

それなのに彬史の野郎、俺を追い出しやがった。」

「そんな人に占い師なんてすごく怪しくない?」

「ああ、怪しい。彬史は知らないのか?教えてやらんと。」


愛雷がグラスを持って来てシャンパンを注いだ。

それを橈米に勧める。


「教えても良いけどさあ、

これって蹴落とすチャンスじゃない?」


橈米がぐっとシャンパンを飲む。


「うーむ、そうかも……。でもなあ。」


少しばかり彼の勢いが小さくなる。


「もう一つすごい話があるんだけどなあ。」


橈米が愛雷をちらりと見てその体に抱きついた。


「なんだよ、じらすなよ。」

「もうやだぁ。」


と彼女は大きな胸に彼の顔を押し付けた。

彼からは彼女の顔は見えない。

だがその時の彼女の顔は夜叉のように

目がつり上がり赤い口が開いた。

激しい怒りの表情だ。

だがそれを知らず橈米は頭をぐりぐりと押し付けている。


「その女ね、半分人なんだけど半分物の怪なのよ。」

「なんだって!」


橈米が慌てて顔を上げた。

愛雷の顔は既に元に戻っている。

美しい顔がにこりと笑った。


「そんなのがあきふみさま、に近づいているって

どう思う?」

「物の怪なんだろ?そりゃ絶対にスパイだ。

騙されてるんだ、あいつは世間知らずのボンボンだからな。」


愛雷がそっと彼の頬に手を添える。


「橈ちん、優しいぃ。

でもね、やっぱりチャンスじゃなぁい?」


愛雷は妖艶な表情を浮かべて彼の顔に寄る。


「今、たちの悪い物の怪を消してるでしょ。」

「あ、ああ、しばらくして消えた事が発覚したら、

俺が彬史に知らせて解決する計画だろ?

手柄を立ててそれで三五に戻るんだ。」

「橈ちんが追い出された時に持ち出したリストを元に

何人か消してある所に送ったわよね。」

おおばくぬし様の所だ。俺が話を付けたからな。

とりあえず眠らせているんだろ?

俺が三五に戻ったら全部祓ってやる。」

「そうよね、悪い物の怪は退治しなきゃ。

だからあきふみには教えてやるんじゃなくて、

あきふみは三五を調べに来たスパイの物の怪の女と通じてる、

悪い物の怪は橈ちんが全部捕まえたって周りに言ってやれば良いじゃん。

あきふみはもう偉そうにしてられないわよ。

そうなると直系の跡取りは橈ちんだけじゃない。

あきふみなんて消えりゃいいのよ。」


橈米はにやにやと笑った。


「そうだな、やるなら徹底的にやらにゃ。

敵は徹底的に撃てってな、敵と的だぞ、分かるか。」


橈米はげらげらと笑いながら愛雷に覆いかぶさった。

そして息が激しくなる。


だが愛雷はその横に立っていた。

ソファーでは橈米が目を閉じて一人で息を切らせている。

彼女は冷ややかな目で彼を見下ろした。


「下衆が。」


橈米は再び夢を見出したのだ。


彼女はそこから踵を返して別の部屋に行く。

するとそこには薄ぼんやりとした光が現れた。

彼女はそのそばに寄った。


「ええ、計画通りよ。

私が渡したリストは役に立ってるでしょ?

それで築ノ宮が一番大事にしてるものを見つけたわ。

女よ。

築ノ宮と寝てるの。」


光が少しゆらゆらとする。


「当然よ。人の仲間よ。

あんた達が消している物の怪と一緒。

それであの女を消せば築ノ宮にはものすごい打撃のはずよ。

早くあいつに喰わせちゃいなさいよ。

そして聖域なんてぶっ壊したら。」


そして光は消えた。


愛雷は背中に橈米の激しい息遣いを聞きながら

うっすらと笑った。


もうすぐ復讐が完結する。

沢山の物の怪達を祓う仕事をしている橈米と築ノ宮。

その物の怪の一人に彼女が愛した者がいた。


愛雷の目にうっすらと涙が浮く。

だがそれは流れない。

それを流す時は全てが終わった時だ。


愛雷は波留を思い出す。


彼女には築ノ宮の気配が濃厚に残っていた。

愛されている証拠だ。

そしてもう一つの気配。

彼女の体に宿っている小さな命。


愛雷は自分の腹に触れた。

彼女にも子どもがいたのだ。

だが術師に襲われた時に流れてしまった。

そしてその時にあの人も……。


「絶対に許さない。」


彼女の目がぎらぎらと光る。

そして橈米からは相変わらず激しい呼吸音しか聞こえなかった。







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