15 赤いライン




築ノ宮は相変わらず忙しかったが、

仕事を調整して休みも増えていた。


そして築ノ宮はカプセルトイを買わなくなった。


「宮様は、その、なんだ、もうカプセルトイは買わないのか?」


築ノ宮の休日に事務方が秘書室に来て由美子に言った。


「はい、そうです。」

「飽きられたのかな?」

「そうかもしれませんね。」


由美子は築ノ宮がどこにいるか知っている。

だがそれを言う必要もない。


「うちの娘がなあ、カプセルトイはもう無いの?と言うんだよ。」


由美子が少し笑う。


「ご自分が買って差し上げれば良いじゃないですか。」

「まあそうだけど、難しい年ごろでなあ。

私が買った物は駄目みたいで。

宮様の残りだと喜んでいたけどなあ。」


由美子は少し驚いた。


「築ノ宮様の残りはご本人がいらないと思った物なのですが、

それが良かったのですか?」

「多分そうだろう。」


由美子は笑い出した。


「あれはご本人の趣味じゃないものばかりなんですよ。

被ったものもありますけど。

ご本人は小さくて可愛い物が好きらしいんですけど、

そうじゃないものがお嬢様がお好きとなると……、」

「宮様のセンスは……、微妙……。」


二人は顔をそらして笑いをこらえていた。


「段ボールに入っていたものを思い出して

よく似たものを差し上げれば良いんじゃないですか。

それともお嬢様をデートに誘ってみては?」

「デートか?来てくれるかな?」

「奥様とみんなでお出かけになった時に

一つ買ってあげれば良いですよ。

何にしてもご本人がいる時に買うのが一番無難です。」


そうかなあと呟きながら事務方は帰って行った。

由美子は父親の複雑な気持ちを考えると

気の毒に思いつつ少しばかり面白かった。


「築ノ宮様のご趣味も人を助けていたのね。」


と彼女は呟いた。


最近の三五さんご商社の雰囲気は妙に良かった。

大きな事件もなく商社としての仕事も順調だった。

それはもしかするとトップの築ノ宮が

安定しているからかもと由美子は考えていた。


「上司がウキウキ気分だと伝染するのね。」


不思議なものだ。

だがそれはいつまでも続かないだろう。

これからどうなるのかは彼女には分からない。


「でも築ノ宮様はどうするのかしらね。

彼女が出来て結婚するなら早くした方が良いと思うのよ。」


築ノ宮の家系はなかなか難しい所があった。

物の怪と関わる血筋だ。


築ノ宮は直系のただ一人の跡取りだ。

力も強く仕事も立派にこなしている。

今付き合っている女性がどのような人なのかは分からない。

たちの悪い女性なら別だが、

普通の人なら築ノ宮が結婚すると言えば誰も逆らえないはずだ。


築ノ宮は何度も見合いをしている。

家柄的には全く問題ない女性ばかりだったが

いつも上手く行かない。

それは由美子にはやっぱりと言う気持ちしかなかった。


だが今回は築ノ宮自身が見つけたのだ。

どのように出会ったのか分からないが彼が本気なのは分かった。

そして彼から立ち上る雰囲気は明るい。

彼女の影響かもと由美子は思った。

多分二人の相性はとても良いのだ。


「築ノ宮、結婚しちまえよ。」


由美子が小さく呟いた。

気分は年の離れた弟を見守る姉だ。






真夜中、電気の消えた部屋で二人は抱き合っていた。

波は引いて行く。

築ノ宮が彼女の背中に唇を這わせた。

波留がそっと振り向き、顔を合わせ深い深いキスをする。


二人は満ち足りている、

はずだった。


築ノ宮はどう思っているのか分からない。

だが波留はあの闇を忘れることが出来なかった。

彼に抱かれるたびにどこかであの目が自分を見ている気がした。


そしてもう一つ、彼女には気がかりな事があった。


翌日の早朝築ノ宮は帰って行く。

今度はいつ会えるのかそれは分からなかった。


彼が帰った後彼女は先日薬局で買った物を出した。


そしてそれを使った後に彼女は確認をする。

小窓には赤いラインがはっきりと出ていた。

それは妊娠検査薬の結果だ。

彼女は妊娠していた。


彼女は頭の中が真っ白になった。

しばらく立ち竦んでいたがのろのろとキッチンに向かい、

椅子に座るとそれを見て大きくため息をついた。

気を付けてはいたが妊娠してもおかしくはない間柄だ。

絶対はないのだ。


いまだに彼の素性は分からない所がある。

それでもこのような現実で、

築ノ宮が知らぬ顔でいなくなる事はない確信はあった。

責任感のある男だ。

だが子どもを産むかどうかは別の話だ。


彼女はちらりとカードの入ったポーチを見た。

そのカードは人の迷いを読み結果を出す。

それを外したことはない。


だが自分は?

自分の未来は?


占えば楽になるかもしれない。

だが良いのか悪いのかその結果は今は分からない。

未来に悲劇的な事が起こるかもしれないのだ。

そのような結果が出るのが恐ろしかった。


人の未来を読む自分でも

自分の未来は、かもしれない、なのだ。


彼女はゆっくりと立ち上がった。

体全体が重い。

食欲も無くいつも熱っぽい。

体が変わり始めている。


本当なら喜ばしい話だ。

だが彼と離れたくないばかりに色々な事を

聞き出すのが怖かった自分を今は責めていた。


そしてあの闇を知る必要があったのに

見て見ぬふりをしていた事も彼女は後悔していた。


それは彼と出会った一番最初から感じていたのだ。

彼に惹かれながら怖さを波留はずっと感じていたのだ。






ここしばらく築ノ宮は気持ちが晴れなかった。


モンちゃんに行った後自分は酔って彼女を抱こうとした。

その時に彼女は自分を拒否したのだ。

強くではない、

だが彼女にしてはいけない事をしてしまった気がした。


それでも何度も彼女とは愛し合った。

だがどこかに上の空のような様子が彼女にはあった。

何かを考えているのか、彼にはよく分からなかった。


波留と会ったばかりの頃、

何度も自分は彼女から拒絶された。

それを思い出す。


彼女は我慢する性質だ。

何かしらの不満がたまっていたのだろうか、と考えると

気持ちが塞ぐ。


「あの、築ノ宮様。」


由美子がテーブルに肘をつき手を組んで難しい顔をしている

築ノ宮を見た。


「今日のスケジュールはご理解いただけましたか?」

「あ、あ、すみません。

もう一度お願い出来ますか。」


珍しい事だ。

築ノ宮がぼんやりとして人の話を聞かないのは。

何かあったのだろうかと由美子は思ったが、

彼女はそのままもう一度説明した。


「では10分後にお迎えに上がります。」


と由美子は執務室を出た。


「彼女と喧嘩でもしたのかしらね。」


由美子は築ノ宮の最近の様子を思い出す。

どんよりとした感じだった。

この前までの幸せオーラは出ていなかった。


「ポーカーフェイスかと思ったけど、

本当にこう言う事は隠せない方なのね……。」


由美子はため息をつく。

このところ社内の雰囲気はとても良かったが、

こう言うものは伝染するのだ。

あまり続くようならさりげなく聞いた方が良いかもと

彼女は思った。


築ノ宮は由美子が出て行った扉を見ながら

引き出しからスマホを出した。


あの時から彼女から連絡が来ることはなかった。

だがこちらから連絡すれば返事は来る。

完全に拒否されている様ではないが、

彼はすっきりとしなかった。


築ノ宮は大きなため息をついた。







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