第2話ドーベルその1
ある日曜日、海岸に着くとKさんはいつものように釣りを始めた。
この日散歩に連れてきたのは、ドーベルの方だった。
ドーベルは、海岸で折りたたみ椅子に座って釣りをしているKさんの横にチョコンとお座りをして、一緒に波間に漂う浮きを眺めていた。
フィルムに収めて映画のワンシーンにしたくなるような、なんとも長閑な微笑ましい光景である。
やがてKさんの竿がピクリと振動を伝えるのと同時に、ドーベルの尖った耳がピクリと動く。
ドーベルは猛然と波打ち際までダッシュして,Kさんが釣り上げようとした鯵に喰らいついた。
「あっ!!バカーーッ!何やってんだよーーっ!」
別に生魚を食べるわけではない。
砂浜に落ちた鯵を、前足で転がして遊んでいるのだ。
「あ~あ、もう食えねぇや。ったく!」
愚痴を言うKさんに特に悪びれるでもないドーベルは、ひとしきり鯵を弄ぶと、少し離れた砂浜で鼻をクンクンさせながらあたりを物色し始めている。
「今度やったら、海にぶん投げるぞ!」
針に新しい餌をつけながらドーベルにそう言い放つと、Kさんは再び海に向かった。
しかし、今日は潮の流れが悪いらしい。その後はさっぱりと釣れる気配がなかった。
仕方なくKさんは諦めて,釣竿をしまい折りたたみ椅子を持って帰り支度を始めた。
「結局あれ一匹だけかよ。あのバカ犬が!」
そのバカ犬は、そんな事全く気にも留めていない様子だった。
「おい!帰るぞ!」
そう言ってKさんがドーベルの方を見ると、ドーベルは何やら懸命に砂浜をほじくり返していた。
どうやら、何かを見つけたらしい。
昔話であれば犬が“ここ掘れワンワン”となれば、大判小判がザックザクとなるのだが、この犬はろくなものを見つけない。
以前にも、ここの砂浜をほじくり返したと思ったら、出てきたのはなんと、”人間の白骨死体だった!
おかげでここいら一帯が大騒ぎになって、Kさんは警察から一時間あまり事情聴取に付き合わされるハメになってしまった。
「今度は何を見つけたんだ、ん~?」
ドーベルが砂浜の中から掘り出したものは、今まで見たことのないラグビーボールのような形をした金属製の塊だった。
「なんだこりゃあ?」
見たところ、かなり古い物らしく所々が錆びていたその金属製の塊を、Kさんは不思議そうな表情でいろんな角度からしばらく眺めていた。
いったいこの物体は何なのか
何に使われていた物なのか、Kさんには全く見当がつかなかった。
「う~ん、とりあえず家に持って帰るか」
もしかしたら、歴史的に価値のあるお宝の可能性だってある。
そう考えると、これをこのまま置いて帰るという選択肢はKさんには取れなかった。
用途不明の金属の塊を抱えながら釣竿を持ち、なおかつドーベルのリードも持つというかなり手一杯な格好で家に帰ってきたKさんは家に入るなり直ぐに風呂場へと向かった。
とりあえず、この物体をキレイに洗ってやりたいと思ったからだ。
ずいぶん長い間砂浜に埋まっていただけあって、その物体はかなり汚れていた。
これがなにか歴史的に価値のあるものだった場合、むやみに洗う事はかえって逆効果になる事も考えられるが、Kさんは性格的にも汚れたものをそのまま放置出来ない人だった。
「待ってろよ、今きれいにしてやるからな♪」
そう言って、Kさんはその物体を風呂場に運び込み、シャワーで水をかけながら鼻歌交じりにブラシでゴシゴシと洗い始めた。
Kさんの家には、Kさんの他にKさんの奥さん、そして齢七十を過ぎたKさんの親父さんが一緒に暮らしていた。
「あれ?」
Kさんの家では、朝から風呂に入ったりシャンプーするようなオシャレな習慣を持つ人間などいないはずだった。
それなのに、この時間に風呂場からシャワーの音が聞こえてくることに違和感を感じたKさんの親父さんは風呂場の戸越しに声をかけた。
「おい!誰か風呂に入ってるのか?」
風呂の中で例の物体を洗っていたKさんは、この物体について親父さんなら何か知っているかもしれないと思い尋ねてみた。
「なぁ親父、これ何だか知ってるか?」
風呂場から問いかけるKさんの言葉を聞いて、親父さんは風呂場の戸を開けた。そして、シャワーの水をかけて洗っているその金属製の塊を見ると、目が飛び出さんばかりに驚いて声を上げた‼
「こ、これはっ!」
「ン、親父知ってんの?さすがは”年の功”だね」
「バカ、笑ってる場合かっ!こんなもんどこから持ってきたんだ!
こりゃあ戦時中の不発弾だぞっ!」
「え?・・・・・・」
お宝なんて、とんでもない!第二次大戦中、米軍のB29はこの辺りにも空爆にやってきたらしい。その不発弾が60年以上経った今、Kさんのバカ犬によって掘り起こされたのだった。
戦時中に生まれた親父さんだからこそ、この金属製の塊の正体に気が付いたともいえる。
「馬鹿野郎ーーっ!爆発したらどうすんだよっ!」
「でもよう、こうやって水かけてるから大丈夫なんじゃねぇの?」
そういう問題ではないと思う。そもそも、不発弾を目の前にしてよくそんなに冷静でいられるものだ。
そのKさんの理論を打ち消すように、Kさんの手の下にある不発弾から、次第に何やら白い煙のようなものが立ち込めてきた。
「ヤバイ!!爆発するっ!!」
Kさんと親父さんは、台所で食事の用意をしていた奥さんを連れて猛ダッシュで家の外に飛び出した。
「何、何?どうしたの?」
何も知らない奥さんは、笑顔でKさんに問いかけた。
「何でもいいから早く表に出ろーー!」
靴もまともに履かずに慌てて外に飛び出した三人だったが、それから五分以上が経っても家が吹き飛ぶようなことはなかった。
「爆発しねえな…」
三人は顔を見合わせて、ほっと胸をなでおろした。
しかし、だからと言って再び家の中に戻る気にはとてもなれない。
仕方がないので、Kさんは隣の家で電話を借り、110番通報をした。
『はい、○○署です。事件ですか、それとも事故ですか?』
「あのさぁ、不発弾があるもんで、なんとかしてもらいたいんだけど」
具体的な状況の説明を大きく省いたKさんの通報にいまいち事態が掴めない電話の相手は、更なる説明をKさんに求めた。
『あの、状況がよくわからないんですが不発弾がどうしました?』
「だからさ、不発弾があるんだよ!もう爆発しそうなの!」
イライラしながらKさんは、もうそんなに猶予が無い事を強調する。
『本当ですか!それは大変だ!詳しい場所はわかりますか?』
「俺んち」
『はい?・・・・・』
けたたましいサイレンの音が、穏やかだった日曜日の朝を突如として緊張の様相に一変させた。
県警のパトカーが5台…
消防車が6台
そして、自衛隊の装甲車に乗った”爆発物処理班”御一行様…
Kさんの家の周りにはロープが張られ、その周囲100メートルの住人には避難勧告が発令された。
不発弾が無事処理されたのは、それから三時間以上が経過した後だった。
当然の事ながら、Kさんは警官からこっぴどくお説教を受けることになったのだが、その時事情聴取で警官の『いったい誰が最初に不発弾を発見したのか?』という問いかけにKさんは、こう答えた。
「アイツだよ!あのバカ犬!」
Kさんに指さされたそのバカ犬は、人間たちの冷たい視線を一斉に浴びながら… まるで何事もなかったかのように、他の二匹の仲間と一緒に仲良く餌を食べていた。
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